ぼくのはなしをします。
 ぼくはおとこです。おかあさんといっしょにすんでいます。
 おかあさんはぼくのことがキライです。いつも、ぼくをたたきます。とってもいたいです。でも、それはぼくがわるい子だからだそうです。おかあさんがいっていたので、まちがいないとおもいます。
 わるい子にも、おともだちはいます。
「よお」
「…………」
 こえをかけてくれたのが、ぼくのともだちです。でも、かれがいうには、ぼくらはともだちじゃなくて、しんせきだそうです。
 どういういみかきいたけど、かれもしらないそうです。
「お前、いっつも一人だな」
 なんでかはしらないけれど、かれいがいの人はみんなぼくをさけるのです。おかあさんくらい大きな人たちは、ぼくとかかわるとろくなことがないって、ぼくくらいの大きさの子にいっていました。ろくってなにかわからないのは、ぼくがわるい子だからなのでしょう。
「つかさー。お前の声あんまし聞いたことねぇな。ちょっと喋ってみろよ」
「……う、ん」
 ぼくはこえをだすのがにがてなのです。というか、いえでこえをだすとおこられるので、こえというものをわすれてしまうのです。
「返事じゃなくてよ、もっとこう……あー! なんつったらいいのかねぇ」
 かれはあたまがいいのです。ぼくがしらないこともしっています。かれがあたまをガリガリしているのは、ぼくがバカだからなんだろうと思います。
「ご、めん……」
「いや謝んなよ」
「……ごめん」
 ほかになにをいえばいいのかわかりません。
「まあいいや。遊ぼうぜ」
 すなでやまをつくります。トンネルをつくって、かれのもってきたくるまのオモチャを通します。かれはくるまがすきなんだそうです。あたまがよくて、いい子のかれがもってるものをもてば、ぼくもいい子になれるのかな。
 いくつもあるくるまのオモチャのなかから、アカイくるまをてにとってみました。
「あ! さわんなよ!」
 かれはとてもおこっていました。おかあさんみたいなかおをしていました。
 やっぱりぼくはわるい子なのでしょう。
「ごめんなさい」
「もう二度と触るんじゃねぇぞ!」
 ぼくはわるい子だけど、なんどもうなずきました。たたかれたらいたいので。
「ならいいや。次はブランコにでも乗ろうぜ」
 もちろん。ぼくはうなずきます。ひとりでのってもたのしくないけれど、かれがいるとふしぎとたのしいようなきがします。
 ほっぺたがちょっとだけ、うえにあがります。
「もう夕方かー」
 たいようがまっかになっています。かれはかえるじかんです。ぼくはかえりたくない。
「んじゃ、また今度な」
 かれがてをふります。ぼくはおなじようにてをふって、すぐにせをむけます。
 かえったら、きっとおかあさんはおこっているんだろうな。でも、いえにいたっておこられるんだ。ずっとかれがいてくれたらいいのに。かれは、つぎにいつあうのかをいってくれない。だから、ぼくはいつ、かれとあえなくなったってかなしくないのです。
 おかあさんはいつも、こんどというのです。
 こんどはやさしくする。こんどはどうぶつえんにつれていく。こんどはおいしいものをたべさせてあげる。
 おかあさんのいうこんどは、ぼくにはよくわからないことばかり。だけど、そのこんどがやってきたことはいちどだってない。
 だから、きっとかれもここへこなくなるんだ。でも、ぼくはずっとここにいるんだ。ここで、ずっとやまをつくっている。
「…………」
 そっと、おとをたてないようにいえにはいる。
「どこへ行ってたの!」
 でもおかあさんはすぐにきづく。
 ドタドタとぼくにちかづいてきて、ほっぺをおもいっきりたたくんだ。ぼくのからだはカベにぶつかる。ほっぺいがいのところもいたくなる。
「どうせあんたもアタシを置いていくんでしょう! あの人と同じように!
 ああ、どうしてあんななんて産んだんだろう? あんたがいなけりゃ、もっと幸せになれたのに。
 あんたは馬鹿だし、可愛げがない。アタシの子供なのに! どうしてなのよ! どうしてなのよおお!」
 おかあさんは大きなこえをだしながら、ぼくのほっぺをたたく。あしでけられて、くびをギュッとする。
 その間、ずっとおかあさんの目からはみずがながれていた。ぼくにはそれがない。ぼくはぼくの目からそれがでているところをしらない。
 ぼくはきょうも、はやくこれがおわらないかまっている。おかあさんがこっぷにはいったみずをのんで、へんなにおいをくちからさせながらねむるまで、ぼくはずっとまっているんだ。おかあさんがねたら、こっそりおかしをたべるんだ。
 あしたのあさ、きっとまたおこられる。でも、おなかがへったんだ。だからいいよね。



 オレの話をする。
 オレは男で、母親と二人暮らしだ。母子家庭だってことを苦に思ったことなんてない。物心ついたときにはこうだったから、父親が恋しいなんてこともなかった。
 むしろ、オレを学校に行かせる気がなかったから、気が楽だ。今も、オレと同じ年くらいの奴らは学校に行っている。オレの親戚に、オレと同じ年の奴がいるんだが、そいつも立派に学校に通っている。
 あいつは昔から頭がいい。そういう家系みたいだ。いや、オレとも多少血が繋がってるんだけどな。あいつの両親は医者と弁護士。ほら、頭がいいだろ? だから、あいつも幼いときから塾やら家庭教師やらをつけてもらっていた。
 時々、家から抜け出して、オレと母親の住むこのボロっちいマンションの下にある公園にきていた。
「どうしたの?」
 ベランダから公園を見下ろしていると、後ろから母親が声をかけてきた。歳のわりに可愛い声だと思う。
「いや。ちょっと昔を思い出してね」
「そう。ねぇ、もう一回シない?」
「いいよ」
 母親は衣服の類を一切見につけていない。
 オレと母親はつまり、そういう関係ってことだ。ずっと洗っていないシーツに母親の体を埋める。
「愛しているわ」
 その言葉に答えるように、オレはキスをする。触れるだけなんてものは知らない。口の中を犯すように、蹂躙していく。口の中にあるのがどっちの唾液かなんて誰にもわからない。
 胸に触れ、優しく愛撫する。キスを終えれば、耳に軽く唇を触れる。
 この行為に愛がないなんて言う奴はいないだろ?
「ああ、本当に、あなたは……そっくりね」
 オレは父親の顔を知らない。でも、鏡に映る姿がそうなんだろう。
 いつだったか忘れたけど、母親がオレを抱き締めてきた。そして、オレがしたみたいなキスをしてくれたんだ。オレは始めて知った。
 オレは愛されていたんだ。
 愛に報いるためには、愛を返すしかない。だから、オレはこうして母親の中に自分自身を埋める。まるで母親の胎内に戻っていけるかのように感じた。
 オレが動くたびに、母親は甲高い声をあげる。こんなボロいマンションで、こんな声を上げるのはこの人くらいだろう。おかげで、オレが外に出かけると白い眼がつき刺さる。嫌な気分になるだとか、そんなことはまったくない。ただ面倒だと思うだけだ。
 世間一般が、このような行為を近親相姦と呼ぶのだとは知っている。だけど、それがどうしたというのだろうか。それは禁止されていない。道徳の問題だと言う奴がいるけど、オレにそれを押し付けるのはやめて欲しい。
「愛してるよ」
「あっ……あ、たし、もお!」
 垂れはじめている胸に顔をうずめる。鼓動が聞こえてくる。オレと同じ速度で、同じタイミングで動いている。
「だ、からっ!」
「うん」
 激しく動いてやると、母親はさらに歓喜の声を上げる。
 オレが精子を吐き出すと同時に、母親も達したらしい。気持ちよさげに頬を緩ませている。今朝と今。もう十分だろう。オレは自身を抜き、母親から離れる。彼女はとくに何を言うこともない。満足したのだろう。
 汗を拭いて、適当な服を着てから外に出る。タバコを口に咥えて火をつける。吐き出した煙と一緒に、体の中にある大切なものが抜けていくような気がするが、それすら楽しいのだからしかたがない。オレは楽しいことだけして生きたい。それは無理だって誰かが言ってるけど、そんなことは知らない。
 生きたいときに生きて、死にたいときに死ぬ。
「よう。外道青年。元気か」
「外道に話しかけるなって両親に教わらなかったのか?」
 オレに声をかける人間なんて決まっている。母親か、従兄弟のこいつだけだ。
「教わったけど、それを活用するのか考えるのはオレなんでね」
 頭もよく、性格もいいと誰もがこいつを賞賛するだろう。でも、オレは知っている。やっぱり、オレとこいつには多少なりとも同じ血が流れているんだ。
「で、今日はどこに行くんだ?」
「どこにでも乗せて行きますよ。お代さえもらえれば」
 免許も持っていないこいつが、今日も昨日もその前も車を乗っている。無免許運転。ならびに窃盗罪。大した外道だと思うね。
 馬鹿みたいな話をしながら、オレはこいつとむさ苦しいドライブにつきあう。
「なあ、楽しいことって何だと思う?」
「そりゃ運転だろ」
「それはお前だけー」
 オレは楽しいってのは、快楽を得られることだと思う。残念ながら、いくら運転したって、快楽には繋がらない。そうだな、やっぱり体と体を繋げてる瞬間とかいいよな。
 こんな毎日を過ごしていた。朝は母親と楽しんで、昼間は従兄弟と楽しんで、夜はまた母親と楽しむ。
「ねぇ、どこに行くの? ちゃんと帰ってくるの?」
 ある日、母親がうざったくなった。
 一々オレの行動を聞く。オレを縛る。オレはそれが楽しくなかった。
「どこにだっていいだろ。ちゃんと帰ってくる」
「行かないで。そうだ。お腹にね、赤ちゃんがいるの。あなたと、アタシの」
 すがりながらそんなことを言ってのける。
 赤ちゃんがいるから、何だというのだろうか。
 避妊もせず、あれだけヤリつくしているのだ。できないほうがおかしいだろう。産みたいのならば産めばいいし、そうでないのならば今、この場で殺してしまえばいい。まだこの世に生まれていないのだから、殺すというのもおかしなものだとは思うが。
「ふーん」
 うざったい母親を押しのけ、家を出る。
 オレには知りあいができていた。どいつもこいつもまともではなかったけど、オレだって人のことを言える立場じゃないことはわかってる。
 例えば、クスリを売ってる奴。人身売買をしてる奴。援交をしてる奴。本当に色んな奴がいる。オレは援交をしている奴の一員だ。女とだって男とだって寝られる。そのことについて、後ろ指を差されることはある。
 でも楽しい。放っておいても、相手がオレを気持ちよくしてくれる。しかも金まで貰えるんだ。金があれば欲しいものが手に入る。
「ただいまー」
 ある夜、散々楽しんでから帰ってくると、家から変な匂いがした。鉄臭い、嫌な匂いだ。
「母さん?」
 電気をつけて、目に映った光景に無意識のうちに口角があがった。
 次の日、朝からあいつがやって来た。ノックなんてして、どこかに行こうと誘いにきたのだ。
「……って、お前なんでそんな服きてるんだ?」
 オレは黒い服を着ていた。
「今日くらいは、な」
 昨夜、オレが帰ってきたら母親が死んでいた。腹を刺して、血まみれの姿で死んでいた。手にクスリを持っていたところから、幻覚でも見たんだろう。遺体は適当なところに捨てた。葬式なんてしかたもわからねぇし、んな面倒なことはしたくない。
 そう言ってやると、あいつは少しだけ目を丸くして、すぐにいつも通りの言葉を口にした。
「で、お客さん。今日はどこまで?」
「……遠くだ。オレが知らない場所まで」
 金なら腐るほどあった。
 オレは見知らぬ土地であいつと別れた。迎えはいらないと告げると、了解とだけ返ってきた。盗んだ車を見送り、オレはのんびりと歩きだす。
 自由だ。今のオレは、母親にも縛られていない。鼻歌交じりに歩き続けた。このまま歩き続けて、適当な場所でまた生きていくのだ。
 それから、オレは自由に生きた。クスリも性的行為も盗みもした。理由を問われたら楽しかったからってだけだ。だけど、何年かしたとき、オレは道端で倒れた。息苦しくて、頭がぐるぐるしていた。
 目を覚ましたとき、そこは病院で、オレはHIVに感染していると告げられた。
「冗談」
 金はあったが、生きながらえるために使うのは性にあわねぇ。その日のうちに病院を抜け出し、手持ちの金を全て使った。
 酒を飲み、振る舞い、美味いものを喰う。行ってみたいと漠然とした思っていなかったようなところにも行った。そうして、数日もすればオレは一文無しになった。
 今、オレは絶景を見ている。コンクリートでできた建物しか見えねぇが、三十階から見下ろした景色は最高だ。オレは地面を蹴る。体に風が当たって少しばかり痛い。
 目を閉じ、最期の瞬間を待つ。


 楽しむだけ楽しんだらしっぺ返しがくる。
 こんな世の中じゃ、オレは生きていけない。