ママは嫌い。パパは好き。
 パパに連れられて、やってきたお家にはたくさんのお人形があった。
「ほら、可愛いだろ?」
 私は頷く。
 髪の色一つとっても色々なお人形さん達。その瞳が私を見つめている。ちょっと怖いけど、パパが可愛いというなら、きっとこのお人形さん達は可愛いに決まってるわ。パパは嬉しそうに顔を歪めて私を抱き締めてくれた。
 暖かくて、いい匂いがする。目を閉じて、私もパパを抱き締める。
 パパの心の音が、とくんとくんって聞こえてくるのが嬉しい。
「いい子だね」
 大きな手が私の頭を撫でてくれる。そうすると胸の奥が暖かくなるの。私の心もとくんとくんって鳴るのがわかった。
「今日からお前は私と一緒にここで暮らすんだよ」
「嬉しい。私、とても嬉しい」
 嬉しくて、思わず目がキュって細くなるの。そしたらパパの目もキュッてなるの。
 それから私はパパと一緒にこのお家で過ごした。美味しいご飯も、温かいベットも、全部パパが用意してくれたわ。でも、パパはお人形さんのことばかり見てて、ちょっぴり寂しいの。窓の外を見れば、楽しそうに散歩している家族が目に映る。私と同じくらいの子供が真ん中。あの子を挟むようにパパとママがいる。
 ママなんていなくていいけど、一度でいいから私もパパとお散歩をしてみたい。でも、私はそれを言えなかった。
 だって、パパはいつも忙しそうだし、もしも怒られたら……そんな風に考えると私は怖くてしかたがなかった。大きな部屋の隅っこで私は膝を抱える。
 怖い。怖い。寂しい。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。寂しい。寂しい。寂しい。
「どうしたんだい? 私の可愛いお姫様」
 震えているとパパがきてくれた。大きな手を私に差し出してくれる。その手に私の小さな手を乗せると、ぐいっと引っ張られてだっこされる。
「すごーい! パパって力持ちなのね」
 途端に、私の中から怖いも寂しいも消えてしまう。パパはすごい。パパ。私のパパはこんなにも素敵で、すごい。私は嬉しくて、パパの頬に手を添える。
「いいや。お前がとても軽いんだよ」
 軽い女の子は嫌いなのか心配になって聞いてみると、パパは笑顔でそんなことはないよって言ってくれるの。嬉しくて、頬をこすりつけると、パパも嬉しそうに笑ってくれる。
「そうだ。お前にプレゼントだ」
 そういって渡されたのは、とっても綺麗な服。フリルがたくさんついたそれは、まるでドレスのようにも見える。私にはもったいないくらい綺麗なドレス。でも、気のせいかしら。これと同じものを、お人形さんが着ていた気がするの。
 でもやっぱり、私は聞くことができなくて、ただ笑顔でありがとう! って言ったわ。もしもこれが雑巾でできたドレスだったとしても、私は笑顔でありがとうって言えるの。パパの言うことはちゃんと聞くし、パパが喜ぶことなら何だってしてあげられる。
「お前は本当にいい子だ」
 こう言ってもらえるのが何よりも嬉しい。だから私は今日も明日も明後日も、ずっとこの部屋の中にいるの。外の世界は怖いから、危ないからパパは私にここにいなさいって言うの。私も外が怖いってことは知ってるから。ここにいるの。
 パパって呼ぶと、パパはなんだい? って返してくれる。
「私、いい子にしてるわ」
「ああ。そうだろうとも」
 だからずっと一緒にいてね。その言葉は言わなかったけれど、きっと伝わっているはず。
 いつもパパが何をしているのかはわからない。でも、同じお家の中にいてくれるだけでいいわ。私はパパの服をギュッと掴む。甘えん坊さんだね。って、優しく頭を撫でてくれるの。私はきっと世界で一番幸せな女の子なんだわ。
 パパは何でも知ってるの。私が一人でいると寂しくなっちゃうのも知ってたの。
「ほら、お前に人形をあげよう」
「本当?」
「嘘はつかないさ」
 パパが連れてきたお人形さんはとても可愛かった。少し青白い肌に桃色の髪はとても綺麗にうつる。私の貰ったドレスと同じくらい可愛いドレスを身にまとって、とても、とても可愛かったの。
「お名前は?」
「ん? そうだなぁ。ケティ。ケティだよ」
「……ケティ。可愛いお名前ね! ケティ、よろしく」
 ギュッと抱き締める。柔らかくて抱き心地も最高。
「パパありがとう!」
「気に入ってもらえてよかったよ。その子はね、パパが一番大切にしてる人形なんだ」
「え、パパの一番? 貰っていいの?」
「ああ。パパ一番のお人形と、パパの娘が一緒にいるなんて幸せだからね」
「……そう。そうなの。ありがとう」
 パパは私の頭を撫でてまたどこかに行ってしまう。でも、私は寂しくないわ。だってケティがいるもの。
「ねぇ、ケティ。これからよろしくね」
 ケティは返事をしてくれないけど、私にはどうでもいいの。こうしてお話をする相手がいるだけでいいの。
「パパの一番。一番。私、あなたを大切にするわ。何よりも。絶対に離さない。失くさない」
 私は毎日ケティに話しかけた。ケティは返してくれなかったけど、私は満足だったの。パパが全然きてくれなくなっちゃったけど、それでもよかったの。だって、パパの一番がここにあるんだもの。二つも一番があるんだから、パパはきっときてくれるわ。きっと。
 ある日、外がとても騒がしかった。私は怖くてカーテンを閉めてお部屋でじっとしてたの。そしたら、廊下から足音が聞こえてきた。パパがきてくれたんだ。私はケティの手を掴んでドアの前までパパを迎えにいったの。
 ドアが開いて、パパがいた。
「ケティ! 逃げるぞ!」
 パパは、私の手からケティを取り上げてしまった。
「――パパ?」
 パパは私の方を見ない。
「パパ。パパ。パパ、パパ、パパ! ねえ、パパ!」
 一生懸命走って、パパの足にしがみつく。ケティをどこに連れていくの? 私を置いてどこに行くの? どうしてケティは連れていくの?
「うるさい!」
 待って。待って。どうしていなくなるの。どうして。
 ケティ。ケティ。どうして笑ってるの。
 パパ。パパはお人形が一番なのね。娘よりも、一番なのね。だからケティを連れていくのね。ダメ。ダメ。ケティがいなくなったら、パパは私に会いにこなくなるんでしょ。そんなのダメよ。絶対にダメ。ケティ、ケティ。
「パパ!」
 悲しそうな声が聞こえたの。これは私の声じゃない。階段の下から聞こえたの。そこには赤くなったパパと、口元を抑えているケティがいた。
「あんた、よくも……よくもパパを!」
 ああ、それがあなたの声なのね。ケティ。
「あんたなんて、本当の娘じゃないくせに。あたしの代わりのくせに!」
 ケティが階段を上げってくる。怖い。ケティ、どうしてそんなに怒るの?
「人形が何よりも大好きなパパのためなら、あたしは人形になれた。あんたがきて、ようやく娘から解放されたのに。ようやくパパのお人形になれたのに!
 なんでパパを殺しちゃったの。どうして、どうして!」
 殺した? 代わり? 何を言っているのケティ。
「パパがくれたお人形さん。
 ……違う。ケティはこんなことしない。ケティはどこ! 私のケティは!」
「うるさい! 誰があんたのケティになるものか!」
 私達は互いの首を絞め合っていた。声が出なくなる。それでも、手は離れない。
「少女連続誘拐犯、貴様の逃げ場はもうないぞ!」
 そんな声が最後に聞こえてきた。



 ケティ。私のお人形。
 必ず見つけてあげるからね。ね?