真実とはいつも残酷なものだ。
 時の流れも、まともな精神も、太陽すら消えたこの世界で、それは顕著に現れる。
「嘘、違う。違うの……」
 女がゴールドの前で膝をつく。かたを震わせて、嗚咽をもらす。
「けれど、これこそキミの真実。
 私は真実を告げるだけだよ」
 軽く微笑み、女を見下ろす。うずくまっている彼女の顔は見えないが、きっと酷い顔をしているに違いない。
 少しの間そうしていたゴールドだったが、このまま彼女を見ていたところで、得るものはなにもないと判断し、回れ右をする。放置しておいたところで、困る人は誰もいない。例え、誰かが困ったとしても、気にするゴールドではないのだが。
「……おや」
 反転して一歩。闇の中に少年がいた。
「どこ行くの?」
 独特の笑みを浮かべた少年は、心底楽しそうな顔をしている。彼の祖父とよく似た、人によっては非常に嫌な笑みだ。もしかすると、子供特有の無邪気さがある分、彼の方が性質が悪いといえるかもしれない。
「やあジェームズ。私はそろそろ弟子達の訓練を見なくてはならないんだ」
「ふーん? おばちゃん、虐めたの?」
「とんでもない。私は己の本分を果たしただけだよ」
 ゴールドの後ろにいる女へとジェームズは足を向ける。小さな足音が四歩分、ジェームズは女の前に立つ。
 女はジェームズの存在に気づいていないのか、嗚咽をもらしているばかりで、顔を上げようともしない。
「ねーねー。おばちゃん、ゴールドおじちゃんに虐められたの?」
 泣いている女の肩を揺すり、返事を得ようとする。
「答えてよ。どうしたの? 大丈夫? ねー」
 強く前後に振ると、女がバッと顔を上げた。彼女の顔は、思ったよりも酷いものではなかった。むしろ本当に泣いていたのだろうかと思うほど綺麗なものだ。
「なーんだ。泣いてなかったんだね。良かったぁ」
「何を、私は、こんなに傷ついたのに!」
「えー? でも、おばちゃん泣いてないじゃない」
 悪意のない言葉がするどい槍になり、女へと一直線へ飛んで行く。
「違う! 違うの!」
「ふーん? ボクにはよくわかんないや」
 愛らしい笑顔を浮かべ、ジェームズが女の胸へと飛びこむ。その光景は、まるで母と子のようにも見える。
「親分?」
 ぼんやりと女とジェームズを見ていたゴールドの耳に、弟子の声が聞こえてきた。
 闇へ目を向けてみれば、名無しと呼ばれている審判小僧がこちらに駆け足でやってきている姿が目に入る。
「おや。どうしたんだい?」
「どうしたじゃないッスよ。もう時間ですよ」
「ああ、すまないな。
 ……それにしても、キミが私を呼びにくるなんて、珍しいこともあるものだね」
 普段、審判小僧は訓練をサボってばかりの不真面目小僧だ。ゴールドが彼を探すことはあっても、その逆は中々ないというのが常だ。
「ボクだってたまにはちゃんとしますよ」
「たまに、じゃない方がいいんだけどねぇ」
 ふと、審判小僧がゴールドの後ろに目を向けた。
「あれは?」
 彼が指差した先には、女に抱きしめられているジェームズがいる。
「彼女は最後の審判を受けた者だよ。
 ジェームズは……まあ、好きにするといいさ」
 女は幸せそうに笑っていた。
 ジェームズに、子供とはいえ他人に、心配してもらえている。自分はその価値がある人間なのだと笑っていた。
「行こうか」
「いいんッスか?」
「もちろんさ」
 すぐに消えてしまうであろう女よりも、普段不真面目な弟子が真面目に訓練をしようとしてくれている貴重な時間の方が、何十倍も大切だ。
 ゴールドは審判小僧の手を取り、他の弟子達が待っているであろう部屋へと足を進めていく。
「最近、新しい住人っていないッスね」
「真実に耐えられない人が多いからねぇ」
 ただの世間話だ。
 そこに哀れみの色は欠片も浮かんでいない。
「ハート、ハート、ハート、ハート、ダラー、ハート、ハート、ハート」
「それは……」
「あの女の人の結果ッスよね?」
 綺麗な笑みが浮かぶ。
「よく知っていたね」
「弟子ッスから」
「うん。勉強熱心でよろしい!」
 ゴールドは審判小僧の手を引き、脇の下に手を入れて彼を抱き上げる。
 身長差はそれほどないが、ゴールドは軽々と審判小僧の体を持ち上げてくるくると回る。
「何してんのー」
 回っていた体を止め、声の方を二人して見る。
「ジェームズ」
「彼女はどうしたんだい?」
 無事に床へ足をつけた審判小僧は首を傾げる。
「にゃはは。知らなーい」
 その場でくるくると回りながら楽しげに鼻歌を歌う。よほど楽しいことがあったのだろう。悪戯好きの彼のことなので、悪戯が成功したのかもしれない。
「そうかい。まあキミが楽しそうで何よりだよ」
「おばあちゃんにプレゼントするんだー」
「ああ、なるほどね」
 哀れな魂は、この世界の女王に献上されることになったらしい。
 ゴールドは審判小僧に言う。
「残念だったね。住人にならなくて」
「まあ、予想通りッスから。
 それに、今のままでも十分に個性的で楽しい住人ッスしね」
「私もかい?」
「親分も、ッスよ」
 残酷な真実と、悪意のない言葉は弱い心に突き刺さる。
「にゃはは。あのおばちゃん、本当にシェフのご飯を厨房に、食べに行ったのかな」


END