審判小僧とシェフは案外仲が良い。とはいえ、シェフは他の者と対したときと同じく口数が少ない。同じように、審判小僧は相変わらず口数が多い。あまりにも真逆だからこそ、二人とも惹かれあっているのだろう。と、いうのが周りの意見だ。
 実際、二人の関係とはそのようなものだった。
「やあシェフ。今日もいい夜だね」
「…………」
 笑顔で挨拶をする審判小僧に、シェフは言葉を返さない。ちらりと視線を向け、小さく頷いているあたりが二人の仲の良さを表しているといってもいい。
 審判小僧も、このようなことには慣れているので、気にする様子もなくニコニコしている。この程度の反応で腹をたてていては、シェフと仲良くなるなど到底不可能なのだ。
「今夜は親分がいないから、自由にし放題なんだ」
 嬉しそうではあるが、ゴールドがいないからといって自由行動になるわけではない。子分達には自主訓練が課せられている。子分の中でも、最も不真面目でサボり癖のある彼には関係のない話なのかもしれないが。
 シェフが黙っていても、会話は勝手に続けられていく。
 訓練がどれほど辛いかとか、この間ジェームズに悪戯されただとか、とくに変わり映えのない会話をだらだらと続ける。
 沈黙を守っているシェフであるが、何故ここまで審判小僧に気に入られているのかはわからない。料理の邪魔をするわけでもなく、文句を言うわけでもないので放置しているだけだ。シェフと付き合える者は中々いないので、これでも仲が良いといえる。
「どうしたの? 悩みごと? ボクがジャッジしてあげようか?」
 心配しているようで、目を輝かせている。
 ジャッジを受けたところで、ろくな目にあわないのはこの世界の住人ならば誰もが知っている。シェフは首を横に振った。残念そうな顔をする審判小僧に、シェフは珍しく言葉を投げた。
「お前は、何故オレといる?」
「……それはまた。突然だね」
 短い付き合いというわけでもない。永遠の時間と比べれば、微々たるものかもしれないが、普通の人間からしてみれば十分すぎるほどの時間を一緒にすごしてきたのだ。今さらこんなことを聞かれるとは思ってもみなかった。
 頬をかく審判小僧をシェフはじっと見る。答えが欲しいということなのだろう。
「シェフはさ、ボクのこと嫌いじゃないでしょ?」
 質問を質問で返された。不満が顔に出ていたのか、審判小僧は慌てて言葉を続ける。
「ボクらはさ、嫌なものを見せるから。ここの住人の中でもちょっと嫌われてるんだよ」
 苦笑いをする。こんな顔を見たのは始めてだった。
 確かに、審判小僧が他の者といるところを見たことがない。気さくでお喋りな彼は人当たりも良さそうなのに、妙だとは感じていた。なるほど、と納得すると同時に、こいつは馬鹿なのかとシェフはため息をついた。
 怒り以外の感情を見せることが少ないシェフの、貴重なため息に審判小僧は少しばかり目を見開いた。
「……馬鹿、だな」
 その一言だけを残し、シェフは立ち去ろうとする。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
 今その言葉を投げられた理由がわからない。審判小僧は慌ててシェフの手を握る。
「何が馬鹿なのさ」
「……わからんのか」
 はっきりとした言葉にしてもらはなければわからないのは当然だろう。ゴールドのように、一目見ただけで大まかな真実がわかるならともかく、審判小僧はまだまだ未熟者なのだ。
「誰もお前を嫌ってなどいないだろ」
 低い声ではっきりと告げられる。
 思わず首を傾げた。
「そんなはずないよ」
 ここに留まることに決めた者達は、皆少なからず現世に嫌気がさしている。真実を見るなんて、相手の精神をズタボロにしてでも拒否したいことのはずだ。その証拠に、審判小僧に話しかけてくる者は少ない。
「ミラーマンも、TVフィッシュも、真実を見せる」
 どちらも滅多に人前には現れない。しかも、ミラーマンは何を言われても笑っているような人間で、TVフィッシュは感情があるのかもわからない。審判小僧と比べるにはあまりにも違っているように思える。
「拒否してるのは、お前だ」
「ボクは拒否なんてしてないよ」
 返した言葉は弱々しい。
「ここの連中は、自分中心で動く。
 お前から話しかけられたならともかく、そうでないのなら話しかけてくることなど早々ないだろう」
 審判小僧は唇を噛んだ。シェフの言うことは最もだ。後からこの世界にきたシェフに、そのことを指摘されたことが悔しかった。それも、審判小僧は真実を見るために生きているのだ。こんなにも近くの真実から目をそらしていたなど、プライドが許さなかった。
「……そう、だね。でも、今さら」
 あまりにも長い時間を嫌われていると思いこんでいた。それでもいいと思っていたのは、ゴールドや兄弟子達がいたからだ。近頃はシェフもいた。寂しくはなかった。嫌われているのは悲しかったが、まあしょうがないと考えていた。
 今さら仲良くなろうとするのは難しい。結局、何も変わらないのだ。
「大丈夫だ」
 赤い目が審判小僧を映している。
「オレは変わらん」
 これから審判小僧が変わろうと、変わるまいと同じだと言う。
 戻る場所があるというのは、安心することができる。
「ありがとう」
 笑顔でお礼を言い、審判小僧はシェフに抱きつく。
「友達が増えても、ボクはシェフが大好きだよ!」
 そう言って、審判小僧はシェフから離れて廊下を走っていく。
「…………」
 小さくなっていく背中を見て、シェフは余計なことを言ったのではないかと後悔した。
 彼はコミュニケーション能力が高い。あっという間に住人達と仲良くなるだろう。今までシェフだけが聞いていた話も、シェフだけが知っていた顔も、全て平等に与えられるようになるのだろう。
 今まで気づかなかったが、それはとても寂しいことだった。


END