子供達はいつも仲良くホテルの中を闊歩する。
時に悪戯をし、時にごく普通の子供のように遊んだ。
「ねぇ、何してるの?」
ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、ジェームズが近づいてくる。中庭の花壇で育てているバラの手入れをしていたカクタスガンマンは口元をひくつかせる。彼に声をかけられるときは、いつもろくなことがない。
黙っていると、ジェームズが勝手にバラの方へと手を伸ばす。
今日のターゲットは大切なバラかと思い、悲しげに目を伏せる。
「ダメよ」
高い声が背後から聞こえた。
「ん〜? ロストドールじゃん!」
見ればそこには幼い少女がいた。
「それはおじちゃんの大切なお花だから、悪戯しちゃダメ」
強い目つきでジェームズを睨みつける。ケイティとは違い、大人しく気弱なロストドールがこんな顔をするのは珍しい。ジェームズも楽しそうにその表情を観察している。
「どーしよっかな」
「ダメよ」
眉間にしわがよる。
「……なんでそんなにおじちゃんの味方をするの?」
本気の目つきをするロストドールが不満なようで、ジェームズは吐き捨てるように言う。間に挟まれ、おじちゃん呼ばわりされているカクタスガンマンはいたたまれない気持ちでいっぱいになる。彼らからしてみれば、歳は取りすぎているのかもしれないが、おじさん呼ばわりは心が痛い。
ため息をついている彼に気づいていないのか、二人は口論を続けている。
「おじちゃんはパパと違って優しいもん」
気がつけばロストドールは目に涙を浮かべていた。流石のジェームズも一瞬ひるんだが、すぐに体勢を立ち直し口を開く。
「おじちゃんが優しいのはロリコンだからさ!」
「何を言ってるんだ!」
この発言には言葉を挟まずにはいられない。
「ロ、リコンって何?」
首を傾げたロストドールに、ジェームズは畳み掛けるように言葉を重ねていく。
「小さい女の子が好きな大人さ!
このホテルには女の人も少ないしね。だから、おじちゃんは優しいんじゃないよ」
どこから得た知識なのか、大体想像はつくが、子供の口から流れる猥褻な単語というのは耳にしたくないものだ。冷汗を流しながら必死の弁解をするが、その挙動不審な様子が不信感を増すだけだ。
「……おじちゃん、ロリコンなの?」
「違う!」
否定の言葉を続けるが、ロストドールの瞳は彼の言葉を信じていない。
現状を引っ掻き回すことで満足したのか、ジェームズはいつの間にかいなくなっていた。
「そろそろ戻るね」
悲しげな瞳をしたまま去って行く彼女の後姿を、カクタスガンマンは憂鬱な目で見送る。力なくその場に膝をついた。
事の一部始終を見ていた者が一人いた。
「ふむ」
見ていた人物は顎に手を当て、これからのことを考える。
「よし、このボクが一つ手を貸してやろうじゃないか」
人の不幸はわずかな楽しみを含んでいる。審判小僧はスキップ交じりに廊下の奥へと進んでいく。
今の時間ならばあの辺りにいるだろうと、あたりをつけて歩いていくと、彼がいた。
「やあジェームズ」
「あ、審判小僧のおじちゃん」
目線をあわせるため、審判小僧は膝をつく。
楽しげに笑っているジェームズとしっかりと目をあわせ、彼を逃がすまいとする。
「キミがする悪意のない悪戯は嫌いじゃないよ。
でもね、さっきのはダメだよ」
「……見てたんだ」
顔から笑みが消えた。いつもならば説教をされても笑っているというのに、悪意を持って行った行動だからか今は笑みを浮かべることができていない。
どこかバツの悪そうな顔をしながらも、ジェームズは逃げずにその場に立っている。
「ロストドールと遊びたかっただけなんだろ?」
お兄さんらしく、審判小僧は優しく笑いかける。すると、ジェームズは小さく頷いた。
彼女も数少ない子供の一人だ。いつも部屋にいるかカクタスガンマンと一緒にいるかで、声をかける機会もなかったのだろう。
誰にでも話しかけるジェームズにしては珍しく戸惑っていたようだ。
「ならさっきのは逆効果だよ」
「何でさ」
頬を膨らます様子は子供らしい。
「彼女はカクタスガンマンのことを慕ってるからね。
今頃、彼を疑ってしまった自分を責めているんじゃないかな」
大きな目が丸くなる。
そんなこと考えもしなかったのだ。
「……ボク悪いことしちゃったのかな」
「そうだね」
悲しげな目が床に向けられる。
「大丈夫だよ」
立ち上がり、ジェームズに手を伸ばす。
「ボクも一緒に謝りに行ってあげるから」
その手を握り、二人はロストドールの部屋へと向かう。
次の日、未だに落ち込んでいるカクタスガンマンの肩をロストドールが叩いた。
「昨日はごめんね」
「……いや、キミが謝ることじゃないよ」
「ほら、ジェームズも」
「ごめんね」
カクタスガンマンはそれこそ目が飛び出るのではないかと思うほど驚いた。あのジェームズが、他人に対して頭を下げた。これは天変地異の前触れではないだろうか。
「いいさ。子供は元気が一番だ」
だから顔を上げるといいと言う。
「ありがとう!」
顔を上げて笑い、ジェームズはロストドールの手を引いて走って行った。
「仲が良いってのは素晴らしいね」
いつの間にか審判小僧が横に立っていた。
「お前の差し金か?」
「差し金だなんて人聞きの悪い」
大げさにリアクションをしてみせる。
「彼は彼女のことが好き。ただそれだけだよ」
「そこを突いたのは流石だな」
呆れながらも、あの二人が仲良くなってくれればいいとカクタスガンマンも思った。
いつも寂しげなロストドールが幸せになれればいい。
END