派手な金色に向かって走って行く者がいた。
 そいつも、金色に負けず劣らず派手な服装をしている。黄色と赤と紫のボーダーなど、そうそうお目にかかれるものではない。
「親分!」
「ん? 何だい?」
 審判小僧が手を大きく振りながらやってくる。
 親分としては弟子に笑顔で寄ってこられるのは嬉しい。それが、いつも訓練をサボるために自分から逃げ回っているような相手ならばなおさらだ。
「ジャッジメーント!」
 鼻先に人差し指を突きつけられた。
 突然のことに目を白黒させていると、審判小僧はその隙を逃すまいと言葉を続けた。
「このホテルも今日だけは特別な日。
 そんな日にあなたはどうする?」
 左手にダラーを、右手にハートを出現させ、審判小僧は笑みを浮かべている。
 他人が相手ならば許されないようなジャッジだ。答えの幅が広すぎるし、誰かのためのジャッジではなく自分のためだけのジャッジだ。
「……女性から、チョコを貰うかな」
 弟子の考えていることはすぐに理解できた。
 いつもの分もお灸を据えるつもりで答える。手には今朝ロストドールから貰ったチョコレートを持ちながら。
「…………」
 審判小僧は表情には出さないようにと務めてはいるが、明らかに不満気な雰囲気をかもし出していた。
 彼には真実が見える。ゴールドの答えが真実だということも、キャサリンやカクタスガールからもチョコレートを貰っていることもみえただろう。
「早くジャッジしないか」
 全てを見抜いていながらも、ゴールドは先を促す。
「それが私達の仕事だろ?」
「…………ジャ、ジャッジメーント!」
 腕を広げたまま何度か回転し、再びゴールドと向きあう。
「はい、カックン」
 落ちたのはダラーだ。
「あなたは、バレンタインなので、ホテル中の女性からチョコレートを貰いました。
 全員にホワイトデーに何をあげようかと悩むことすら楽しいと思えました。
 これが真実。はい、おしまい」
 悔しそうな声が隠しきれていなかった。
 まだまだ不器用な弟子に微笑を浮かべずにはいられない。
 背を向けて立ち去ろうとする審判小僧の肩を掴む。
「ジャッジメーント」
 目を白黒させるのは審判小僧の番だった。
 自分が仕掛けたことではあるが、まさか己に降りかかってくるとは予想もしていなかったのだろう。この辺りが未熟で可愛い。
「今日はバレンタインデー。
 君は一番大切な人にチョコレートをあげる? あげない?」
 人のことを言えないと、ダラーとハートを浮かべながらゴールドはほくそ笑む。
 自分も誰かのためではなく、自分だけのためのジャッジだ。
「…………」
「さあ、どっち?」
 答えようとしない審判小僧に答えを迫る。
 視線をそらし、どうにか答えずにすむ方法はないかと考えるが、何も見つからない。
「いないから、あげない」
 吹けば消えてしまいそうなほどかすかな声だった。
「ジャッジメーント!」
 審判小僧と同じく、何度か回転し、再び向きあう。
「はい、カックン」
 落ちたのはダラーだった。
「君は一番大切な人へのチョコレートをちゃーんと用意していました。
 その人にチョコレートを渡せた君は、とても幸せな気持ちになれました。
 これが真実。はい、おしまい」
 審判小僧の顔は真っ赤だ。
 自分がジャッジの時に真実が見えるように、ゴールドにも真実が見える。
「ほら、早くお渡し」
 手を差し出す。
 その瞳は慈愛に満ちている。
 弟子がシェフの目をかいくぐり、コッソリとチョコレートを作ったことも見えた。少しでも綺麗になるようにと、包装に苦労したこともよく見えた。
「…………別に、親分に作ったわけじゃない」
「ジャッジする側が嘘をつくのは感心しないねぇ」
 乱暴に投げ渡されたチョコレートを見ながら笑う。
「ま、可愛い愛弟子からの愛だ。ありがたく受け取るよ」
 片手で抱き寄せ、額に軽く唇を落とす。
「な、なななっ……!」
「ふふふ。明日の訓練はサボっちゃダメだからね」
 ゴールドは鼻歌を歌いながら、廊下を歩いていく。


END