審判小僧はよくタバコを吸っている。当然、時と場所を選んで吸っているのだが、今日は明らかに本数が多い。しかも、シェフがいる食堂の前、ロビーでソファに腰かけながら吸っている。
「お前どうしたんだ?」
カクタスガンマンが尋ねて見るが、審判小僧は答えない。こうなってしまえば、よほどのことがない限り口を開かないことを知っている。詮索は無用かとため息をつきながら向かいのソファへ座った。
妙なのは、審判小僧だけではない。シェフもそうだ。いつもならば、こんなところでタバコを吸っていれば、包丁を片手にやってくるはずだ。
「喧嘩なら、こじれる前に仲直りしとけよ」
審判小僧が二本目のタバコに火をつけたとき、呟くようにカクタスガンマンが言った。
思わぬ言葉に、タバコが床に落ちる。
「おいおい! 危ねぇだろ!」
呆然としている審判小僧に代わり、カクタスガンマンがタバコを踏みつける。わずかに焦げてしまったが、困るのはグレゴリーなので気にしない。
「何で……?」
「いや、それしかないだろ」
嫌味な場所でタバコを吸う姿も、顔を出さない妙なシェフも全てが二人の喧嘩を物語っている。
「……いや、別に喧嘩ってわけじゃないんだけどさ」
居心地悪そうに視線を泳がせる。真実を見抜く者は嘘をつけないとでもいうのだろうか。カクタスガンマンは無理な追及はせず、審判小僧が口を開くのを辛抱強く待つ。
しばらく視線を泳がせていた審判小僧はカクタスガンマンに視線をあわせる。
「だって、あいつボクのタバコを全部捨てちゃったんだ」
シェフのタバコ嫌いは相当のものだ。煙は勿論のこと、人に染み付いた匂いも嫌う。憎からず思っている相手から始終タバコの匂いがするのは嬉しくない。
そういった細かいところに気が付かない審判小僧が悪いのか、言葉が足りないシェフが悪いのか。
「んじゃ、さっきまで吸ってたやつは?」
「グレゴリーんとこから買った」
不貞腐れた顔をしている。
一応、グレゴリーショップでもタバコは売られている。そう高くもないので、いつも通りのペースで吸っていれば一ヶ月は裕に持つはずなのだ。
いくら買いだめしているものが捨てられたからといって、ここまで怒るのは珍しい。普段の審判小僧ならば、タバコ代を弁償させるだけで、喧嘩にまでは発展しない。
「あれは、親分が買ってくれたやつだったんだ」
ようやくことの全貌が見えた。
仕事だなんだと、ホテルの外へ行くことが多いゴールドが審判小僧に買い与えたタバコだったのだ。訓練は面倒だと常日頃から言っている審判小僧ではあるが、ゴールドに懐いている。買ってもらったタバコというのも、滅多に吸わないように大切にしていたのだろう。
対するシェフはそれが気に食わない。タバコを大切にしているだけでも気に食わないのに、誰かから貰ったタバコともなればさらにだ。
「嫉妬心丸出しだねぇ」
カクタスガンマンは嫉妬心というものがない。
愛した誰かが、別の誰をを見るのならば、そいつを消してしまうだけだ。上手くいくかは別の話として。
「せっかく、親分が……」
思い出したらまた悲しくなってきたのか、審判小僧はソファの上で膝を立て、頭を下げる。
いつまで経っても幼さの抜けない審判小僧に呆れるべきなのか。それとも、審判小僧がゴールドに向ける思いは父親に対するそれと変らないことに気づかぬシェフに呆れるべきなのか。
「ま、シェフの気持ちも考えてやれよ」
優しく頭を撫でて、その場を離れる。
ロビーから出て、とある男を捜した。
「オレをお探しかい?」
ニヤけた面を出してきたのは、このホテル唯一の連絡手段のパブリックフォンだ。
「ああ。すまないが、ゴールドに連絡したんだ」
「オッケー。オッケー! 金さえ払ってくれりゃあ、どこにだって、繋いでやるさ!」
この言葉を信用してはいけないことを、ホテルの住民ならば誰でも知っている。札を入れて、通販会社に繋がってからでは遅いのだ。
「じゃあ、後払いってことで」
銃をパブリックフォンの眉間に突きつけて笑う。
「この距離なら外れることもないしな」
「……そ、そうだなぁ」
お互いに笑みを浮かべてはいるが、そこには暖かさの欠片もない。
『もしもし?』
受話器を耳にすると、もうすでにゴールドと繋がっていた。
「カクタスガンマンだ。あとどれくらいで帰ってこれそうだ?」
『電話なんて誰からかと思ったら、君か。
そうだねぇ。二日もあればそっちへ帰れるかもね』
「わかった。すまないが、審判小僧にタバコを買ってきてやってくれないか」
『ん? 別に構わないが……。
彼には先日与えたばっかりなんだけどねぇ。もうなくなったのかい?』
「いや、色々あってな」
『ふーん? まあいい。わかったよ』
「ありがとう。じゃあな」
用件だけの会話を終わらせて、受話器を返す。同時に、ずっと眉間に突きつけていた銃口を離してやる。
「ほらよ」
コインを一枚指で弾いて渡す。
「えー。こんなけかよ?」
「文句があるなら鉛をやるが?」
「いやいや。冗談ですって!」
再び向けられた銃口に、パブリックフォンは冷汗を流しながら去って行った。
「これでまとまるといいんだがな」
泣きそうな顔をしている審判小僧もいやだが、殺気を巻き散らしながら歩いているシェフは、想像するだけでも恐ろしい。一刻も早く仲直りをしてもらいたいものだ。
END