パブリックフォンが刺された。
そんな話をタクシーは干からびた死体から聞いた。
「ふーん」
「興味なさそうだね」
快楽だけをひたすら追い求める彼は、恨みを多く買いかねないことを何度も繰り返している。いつか刺されるだろうと笑い合っていた。
「それにしても、よくあいつが簡単にやられたな」
詐欺を働いた後にすぐ逃げれるようにするためか、パブリックフォンは身が軽い。並大抵の人間ならば、彼の足には追いつくことはできないだろう。
「ヤってる最中に刺されたらしいよ」
天気の話でもするかのように、軽く言われた言葉にタクシーは声をあげて笑う。
「あいつらしいな」
少し興味がわいて、詳しい話を聞いてみる。
刺した相手はつい最近きた女らしい。あまり精神力も強くなく、すぐにさまよえる魂になりそうな人間だったらしい。ホテルには女っけが少ない。両刀のパブリックフォンではあるが、たまには女を相手にしたかったのだろう。
もともと楽しければ何でもいい性格なので、相手に対する興味はあまりなかったようだ。
それが災いをなした。
女は嫉妬深かった。パブリックフォンに甘い言葉を囁かれ、体を交えることによって彼に依存したらしい。だが、それを気にする快楽主義者ではない。適当に出ていき、別の男や女と体を交えることも何度かあったそうだ。
嫉妬のあまり、久々に体を交えている最中、下からパブリックフォンの腹を一突きにしたらしい。
「おー。怖い、怖い」
楽しげに眼が細められる。
「けっこう重症だったみたいですよ」
干からびた死体がこんな話をしているのは、ただの世間話をするためではない。
タクシーはパブリックフォンの従兄弟であり、第三者の目から見れば一番付き合っているという形に近い関係だ。本人達はそれを断固として否定しているが。
「あいつの、生きて楽しことしたいっていう欲は半端ねぇから死なないだろ」
この世界、特にあのホテルで長い時間を生きてきた者は精神力が強い。そう簡単に死ぬことはないだろう。体の脆い干からびた死体ですら、その精神力で未だに生き延びているのだから。
「心配してあげないんですか」
「必要ないだろ」
強がっているようには見えない。
干からびた死体はため息をついた。
彼らは本当に希薄な関係だ。楽しめればそれでいい。第三者が神経をすり減らして触れているというのに、彼らは気にもとめない。
「で、その女はどうなったんだ?」
「ああ、彼女ですか」
腹を一突きにしたあと、彼女は倒れたパブリックフォンに複数回刃物を突き立てた。
その後、どこかへ去って行ったのをグレゴリーが目撃している。嫉妬にかられた彼女の精神力はずいぶん強いようだ。
「汚らわしい」
二人の耳にか細い声が届いた。
振り向くと、長い髪をした女が立っている。右手には赤い血の滴る包丁を持っていた。
「おや、キミがパブリックフォンを刺した彼女さん?」
タクシーが人の良さそうな笑みを張り付けて首をかしげる。
彼女は言葉を聞いていなかったのか、ぶつぶつと口の中で何かを呟き続ける。言葉を聞き取ろうと耳を澄ませてみた。
「彼を汚す人を許さない。許さない。汚い。汚い。許さない」
同じ言葉をな何度も繰り返す。
「狂っちゃってるね」
「それはみんな同じですよ」
狂気の表しかたや、強さは違えども、この世界の人間はみな狂っている。
「その通りだね」
タクシーが女に目を向けると、包丁を両手で握って走ってくる姿が見えた。
「お嬢さん」
包丁を軽く避け、口を開く。
「あいつはそんなに綺麗な男じゃありませんよ」
人を騙す。誰とでも寝る。何だってする。倫理も理性もないような人間を綺麗とは形容しないだろう。
「黙って」
「汚れきった男ですよ」
女の鋭い瞳が見えた。
タクシーは口角をあげる。右手には車のキーがあった。
「あんた、悪い男だね」
干からびた死体の言葉と同時に、女は背後から迫ってきていた車に突き飛ばされる。
「そりゃどうも」
跳ね飛ばされた女は死んでいない。だが痛みは感じているのか、うめき声をあげている。
地面に伏せている女の隣まで行き、タクシーは膝をつく。そのまま女の長い髪の毛を掴み、顔を上げさせる。
「フォンを過剰評価しすぎなんですよ」
笑みは変わらない。
「綺麗だなんて、騙されてはダメですよ」
うつろな瞳が映すのは、何とも忌々しい笑みだった。
「あいつは汚いんです」
何が精神力をそいだのか、女は光となって消えた。残ったのは小さな魂だけだ。
「殺しちゃった」
「案外弱いんだな」
呆れたような口調。
「そいえば、さっき『フォン』って言ってましたね」
「そうか?」
自覚はないようだが、タクシーは時折パブリックフォンのことをフォンと呼ぶ。まだ生きていたころの呼び方ださそうだ。
「まあいい」
呼び出した車の扉をあける。
「どこか行くんですか?」
「いや、せっかくだからその辺りをドライブしてくる」
「じゃあ、ちょっとホテルまで連れて行ってくださいよ」
干からびた死体の提案に、タクシーは目を丸くする。彼は基本的には墓地からでない。風があぶないというのもあるが、引きこもりというのが大きい。
「一度は寝た女性ですから。死んだことくらい伝えようかと」
「お人よしだな」
言葉に納得したのか、客側のドアを開ける。
「ありがとう」
「どういたしまして」
干からびた死体が車に乗ったことを確認してから、アクセルを踏む。ホテルへの道は何度も使っているのでよく覚えている。最短ルートを使い車を進める。
ホテルへつくと、干からびた死体は多少苦労する羽目となった。
普段、客を脅かしていることがあだになったのか、ホテルの中へなかなか入れてもらえなかったのだ。しかたがないので、タクシーが自分も一緒に入るということで事を収めた。これは善意ではない。しっかり金を取るので仕事の一環だ。
「ん? 死体とタクシーじゃん」
病室のベッドで横になっているパブリックフォンは思っていたよりは元気そうだ。しかし、起き上がることができないらしい。
「まぁ、そのうち治るでしょ」
治癒力すら精神力頼みなので、いつ完治するのかはわからない。
「いいざまだな」
「うっせ」
体中包帯だらけのパブリックフォンを相手に、タクシーは言葉を何度もぶつける。
「もー。相手は怪我人ですよ。やめてください」
わりと常識人の干からびた死体が介入したことにより、二人の口喧嘩はひとまず収まる。
「パブリックフォン、彼女死んだよ」
「えっ! マジかよ!」
驚いた後、残念そうな顔をする。
「貴重な女だったのになー」
続いた言葉は何とも彼らしい言葉だった。刺されたことはすでに忘却の彼方だ。
「馬鹿」
タクシーの言葉にパブリックフォンはでも、と彼女の必要性について語る。
「……おい」
「なんだよ」
語りを強制終了させる。
「お前は汚い男だろ?」
一瞬、パブリックフォンは目を丸くした。
干からびた死体は再び喧嘩が始まるのではないかとオロオロしている。
「当たり前だろ」
しかし、予想に反して返された言葉は肯定だった。
「でも関係ないし。
綺麗でも汚くても、楽しけりゃオッケーだろ」
あっけらかんとしている。それほど快楽が欲しいのかと、誰もを呆れされる言葉に間違いない。
「フォン、怪我が治ったら買ってやろうか」
「オレは高いぞ」
「女を殺しちまったのはオレだしな。そのくらいしてやるよ」
「なんだ、お前が殺したのか」
物騒な話を笑いながら言う彼らも立派に狂っている。
そんな二人を見て、いつも通りだと安心する干からびた死体もまた、狂っていた。
END