男には譲れない戦いというものがある。
今、ロビーには四人の男が互いを睨みあっていた。
視線は冷たく、雰囲気は熱く。ギャラリーと化している者達は口元に笑みを浮かべながら四人の様子をうかがっている。
「早く引けよ」
「うるさい」
彼らは手に持った数枚のカードに自らのプライドを預けている。
「あら、それ引いちゃうの? 引いちゃうの?」
「ギャラリーは黙っててくれ!」
四人が何をしているのかと問われれば、ババ抜きという返事がもっとも簡潔で、わかりやすい返答になるだろう。
勝負をしていつ方は真剣そのものだが、傍から見れば子供の遊びにムキになっている大人だ。
「これだ!」
目を光らせ、カクタスガンマンがミラーマンからカードを引く。どうやら、当たりだったようで、勢いよく二枚のカードをテーブルに叩きつける。勝利を確信した表情を浮かべているが、他の三人は口角を上げて余裕を見せている。
「んじゃ、次はオレ様がっと」
片目を細め、審判小僧のカードを見る。
「んじゃこれ」
一枚カードを引き、二枚のカードを机に置く。
「よし。次はボクだね」
審判小僧がパブリックフォンのカードを引く。彼も当たりだったようだ。
「そしてこのオレが華麗に引く」
パブリックフォンがカクタスガンマンの手札から一枚引き、順番が一周する。
特に何かを賭けているわけではなかったが、やはり勝負事となれば気持ちは熱く高揚する。
何週かすれば、手持ちのカードの残りはずいぶんと少なくなる。勝負はここからだと誰もが心に思う。けれど、四人のうち一人が圧倒的に不利だということを当の本人以外はわかっていた。故に、勝負は三人のものとなる。
「誰が勝つと思う?」
ギャラリーの一人であるエンジェルドッグが問いかける。
「審判小僧」
「ボクはパブリックフォンだと思うニャ」
「んじゃ、わいはミラーマンにでもしとこか」
他のギャラリーに引き止められたシェフや、単なる好奇心でここにいるネコゾンビとインコが答える。皆それぞれ別の人間の勝利を口にする。その中にカクタスガンマンの名前はない。
「お前ら、聞こえてるぞ」
ギャラリーの会話を聞いていたカクタスガンマンは恨めしそうな目を向けている。
「あら、しかたないわよ」
何がしかたないのかカクタスガンマンにはわからない。
「この勝負が終わったらちゃーんと教えてやるからとっとと引けよ」
隣にいたパブリックフォンにせかされ、ミラーマンのカードを引く。
「大体から、何でわからんのかが理解でけへんわ」
「しかたない」
「カクタスガンマンは鈍いニャ」
ギャラリーからも馬鹿にされる始末。
「お前らー!」
「おー怖い怖い!」
「カクタスガンマン、手札見えちゃうわよー」
銃を取り出した拍子に、手札がばら撒かれる。
「うおっ」
「バーカ」
そんな風に、緊張感がありながらも、どこか和気藹々とした雰囲気でゲームを続けていく。
時間が経過するにつれ、カクタスガンマンには他の者達が言っていた言葉の意味がわかり始める。カードがまったく減らないのだ。手持ちの中にはジョーカがしっかり治められている。
「……そろそろ、諦めろよ」
「嫌だね」
他の三人は誰が一番初めに上がるのかと、異常なまでの緊張感をはらんでいる。
「もうやめたい」
「頑張るニャ」
心にもないことを言っていますと言わんばかりの気の抜けっぷりだ。
「何やってんだ?」
珍しい客がやってきた。
「ババ抜きだ」
何の用があったのか、ホテルにやってきたタクシーはシェフの返答に目を丸くする。テーブルを見て、ゲームをしている面子を確認する。
「カクタスガンマン不利すぎるだろ」
あざ笑うかのような声に、とうとうカクタスガンマンは顔を俯けてしまう。
「おいおい。虐めてやるなよ」
「虐めてるのはお前らだろ」
タクシーとパブリックフォンはケラケラと笑う。
「なあ、何でオレはこんなに弱いんだ……?」
失墜に沈んだ弱々しいカクタスガンマンの肩にタクシーが手を置く。
「そりゃそうだろ」
「なんや、もうネタバレしてまうんか?」
咎めるような口調だが、インコの声は明らかに楽しさを含んでいる。
「審判小僧もミラーマンも真実を見ることができるんだぜ? カードゲームなんて得意だろ。
パブリックフォンは詐欺師だし、イカサマは大の得意。お前なんて、鴨がネギしょってるようなもんだぞ」
その言葉に、カクタスガンマンはようやく事態を飲み込めたようで、唖然とした表情をしている。
「そういうこと。ごめんね」
「すまんな」
真実を見ることのできる瞳が光っている。
「お前ら……」
肩を揺らす。
「お?」
「ふざけるなあ!」
腰から二丁の拳銃を取り出し、三人に向ける。
「待て、落ち着け!」
両手を上げ、ゆっくりと後ずさる。もはやゲームどころではない。
「おい、タク責任とれって……あれ?」
パブリックフォンが周りを見るが、ギャラリーだった者達が消えている。危険には敏感な奴らだ。
「オレは逃げるぞ」
周りに助けがいないと判断するや否や、ミラーマンは近くにあった鏡に駆け寄る。
「逃がすか!」
「お前だけ!」
目立つ赤いマントを二人が掴み、ミラーマンを逃がすまいとする。
「お前ら、三人まとめて――」
普段はかなり低度な命中率のくせに、こうなったときの命中率はいい。
その夜、ホテルに三人分の悲鳴が上がった。
END