ふと目を覚ましたとき、暗い部屋にいた。
 日光に当たらないため、どことなくかび臭い匂いがする。
「リフ、ティ……?」
 片割れの名を呼んだとき、自分の体の異変に気づいた。
 体が拘束されている。壁に貼り付けられている体。腕には鉄の枷が二つずつ。足には一つ。首にも一つ枷がつけられている。首が押さえつけられ、息苦しい。
「ああ、起きた?」
 暗い闇の中に、光が浮かび上がった。
「リフティ、どういうことだ?」
 光を持っているのは双子の弟であるリフティだ。
「ここはいいな。死なない。記憶だってなくせる。素晴らしい町だ」
 表情はいまいちつかめないが、まともな感情は浮かべていないだろう。
 シフティが何か言葉を紡ぐ前に、肩に激痛が走る。
「って!」
 肩から赤い血が流れる。
 見れば、リフティの握るナイフが肩に食い込んでいる。
「おい、マジで、何なんだよ……」
 信じられないものを見るような目でリフティを見る。
 ナイフは抜かれず、それどころか傷口を書き混ぜるかのような動きをした。
「ここはいい。もろいのに、簡単には死なない。気絶もしない」
 言葉の意味を尋ねてみようと思うが、肩から響く激痛に喉からは呻く声が出るだけ。
「今日はまだ始まったばかりだから」
 楽しそうに弾む声。
 リフティは笑顔だった。ナイフは抜かれ、肩から飛び出た血が顔にかかっても、笑顔は崩れない。
「や……め……」
 顔を青くして助けを求めるが、言葉が届いていないかのようにリフティはその手に持ったナイフでシフティの服を切る。上半身がさらされた。胸に軽くナイフを突きたてられた。皮膚にわずかに食い込み、痛みを帯びる。
 ナイフはゆっくりと下げられ、胸から腹にかけて一本の赤い線が作られた。
 先ほどのような痛みではないが、傷口は熱を持ち、痛みを脳に送る。
「痛い。痛い。痛い!
 リフ、やめて、くれ……」
 小さな傷が体に増えていく。
 鞭でつけられた傷が増えていく。
 それでもこの体は意識を失うことも、出血多量で死ぬこともない。
「シフティは手癖が悪いよね」
 泥棒なのだから当然だ。第一、手癖の悪さだけでいうならば、リフティの方が上だ。
「ほら、これでいい」
 一瞬、何が起こったのか理解できなかった。
「あ、ああ……う、腕、うで!」
 自分の腕がリフティの手の中にあった。
 先ほどまであった場所には何もない。鉄くさい赤い液体が流れているだけ。
 片方の腕がなくなったことにより、バランスがとれなくなり、首に枷が食い込む。
「っか……、い……きが……!」
 失くした腕。流れる血。締められる首。シフティはどれに意識をやればいいのかわからない。
「ああ、大変だ。ちょっと待ってね」
 ふと、体が持ち上げられ、呼吸が楽になる。
「せーのっ!」
 安心したのもつかの間、腹の片側に激痛が走った。
 腹を見ようとするが、枷が邪魔をして腹を見ることができない。
「今、鏡を持ってくるからな」
 そう言って闇の中へ歩いて行く。
 腹が痛い。何かが突き刺さっているのはわかる。突き刺さっているから痛いだけではない。突き刺さっている何かが体のバランスを取っている。これ以上体が下がらないように支えている。
 そのために、あばらが悲鳴を上げている。体重がかかり、嫌な音を立てている。腹が動けば痛みを感じる。首をしめられているわけではないのに、息ができない。
「はい。どーぞ」
 目の前に出された大きな鏡。
 そこに映った自分の哀れな姿に目を背けたくなる。
 小さな傷、鞭の跡、胸から腹にかけて引かれた赤い線。失われた片腕と腹に刺さる鉄の棒。
 自分の惨状を再確認することにより、痛みが輪郭を帯びて遅いかかる。
 痛みと苦しみ。現状への疑問。目の前にいる双子の弟は何故笑っているのだろうか。
「好きだよ」
 耳にナイフが突きたてられる。
「綺麗なあんたも好きだし、汚れたあんたも好きだ。
 だけど、ボロボロのあんたを好きかはわからなかった」
 何度も死に様を見た。けれど、その姿を覚えてはいない。
「どんなあんたでも好きだって、証拠が欲しかったんだ」
 真剣な眼差しを向けながら、ナイフを引き抜き、次は残った片腕の指にあてがう。
「好きだよ。やっぱり。
 泣くあんたも、混乱してるあんたも、ボロボロのあんたも」
 リフティは優しい。
 シフティがこの惨劇を記憶に残さぬように、最後は彼を殺す。
 リフティは自分勝手。
 シフティがいない世界が嫌だから、今日が終わるギリギリまで彼を殺さない。
「……オレも、好きだ。
 どんな、お前でもな」
 痛みを抑えながら、シフティは言葉を紡いだ。
 リフティは頬を緩め、口づけをする。
 軽くあわせるだけのつもりだったが、シフティが舌を入れてきた。普段でも珍しいことなので、リフティもそれに答えた。
「――――っ」
 嫌な音が口内に響いた。
「だから、忘れてしまえ」
 シフティもまた優しい。
 リフティが罪に悲しまぬように、彼を殺した。
「さすがに、このまま血を流し続けてたら死ぬだろ」
 ふわりと笑い、口から血を流して倒れているリフティを見た。


END