普通の精神をしていない者がここには多くいる。いや、まともな奴がいない。
「シフティ、何やってんだ?」
 双子の兄に声をかける。
 彼の前には飴を咥えたナッティーがいた。自分達より年下とはいえ、もう子供ではない。大人が大人に飴を与えている情況はこんな世界でも異常に見える。
 何か考えがあるのかとも思うが、ナッティーは重度の甘味狂であるがために、金を持っているということもない。シフティが構う理由などどこにもないはず。
「いやな、こいつ面白いんだよ」
 振り向いた彼の手には飴が握られていた。ナッティーはそれにむしゃぶりついている。
「シフ、シフ、ちょだい。ボク、ちょだい」
「はいはい」
 ろくに回らない舌で紡がれた言葉に、シフティはポケットからもう一つ飴を取り出す。
 それだけで歓喜の叫びを上げた。
「うれ、うれし」
 あまり他の住人と交流のない双子なので、多くの者には知られていないが、シフティはケチだった。
 金品に限らず、誰かに何かをあげることは少ない。例えそれが双子の弟だったとしてもだ。
「何で飴やってんだよ」
 気に入らない。
 返答によっては、目の前でナッティーを肉塊に変えてやろうとナイフを握る。
「んー。似てるじゃん」
「何が」
 ポケットに入っていた飴を地面にばら撒き、リフティへと向き直る。
「オレらと」
「……は?」
 言われて地面に這い蹲る甘味狂を見る。
 年齢は近いが、あんな奴と一緒にされたくはない。自分が犯罪者であるという自覚は持っているが、異常者だという自覚はない。
「この町で、依存症なのってオレらとこいつくらいだろ?」
 楽しそうに笑いながら首に手を回す。
 自然な動作で腰に手を回し返して、兄の体を抱き寄せる。
「兄弟依存症?」
「そう。同類に哀れみを……ってね」
 弟の方に顔をうずめる。
 この瞬間、この時間に幸せを感じて、弟は自分も異常者だと自覚する。
 外の世界では許されないような異常も、ここでは全て許される。
 誰も守らないヒーローも。
 武器を持った現役の軍人も。
 途方もない馬鹿も。
 誰でも、何でも許される。幸せな町だ。
「シフ、シフ、ない。ない」
「もうないよ」
 地面に散乱した飴を全て食べ終えたナッティーが近づいてきた。
「うそ、ない。ないよ」
 強くなった声に、二人は異常を感じた。
 日常のちょっとした行動が死へと繋がる。外でもここでもそれは同じ。ただ、確立が高いか低いかの問題。
「ね、ね、ぼく、ぼくの、ぼくの――!」
 お互いに回していた手を離した。
 シフティは銃を構え、リフティはナイフを構える。
 飛びかかってきたナッティーは引き金が引かれる前に、切られる前に腕を喰った。
「っが……!」
「シフティ!」
 赤い血が地面に染み込む。
「おい、しい。あま、あまい。あま、あま」
 ナッティーは腕を離さない。呻く声など耳に届いていないのだろう。ただ盲目的に腕にむしゃぶりつく。
「やめろ!」
「じゃ、じゃま、じゃま」
 どうにか引き剥がそうと、ナイフを振り下ろそうとしたリフティの目玉から血が流れる。
「逃げろリフティ!」
 飴がついていた棒がサングラスを突き破り、目玉に刺さっている。痛いなどというレベルではない。
「嫌だ」
 仕事のときはスリルのために裏切り、蹴落とすが、今はそのときではない。
 明日にはいつも通りの姿で会えると知っていても、見殺しにすることはできない。
「あま、あまい。甘いね、君達」
 冷めた声。
 脳がかき回されて、意識は消える。
「しずか、しず。あま、あまい」
 先ほどよりも深く刺さった棒は脳にまで達しているのだろう。リフティは動かない。
 シフティの目が取り出される。それは口の中に入れられ、心地よい音を立てながら喉を通って胃へと運ばれる。どちらも同じ死に方ができたのだから幸せだろう。

 目から異物を刺され、脳に達して死ぬ。


END