基本的に、この町に刺激というものは存在しない。
死に対して、事故や災害に対して、常人では考えられない耐性を持つ町の人々は、ただ毎日を生きるだけ。だが、刺激のない世界など退屈すぎる。
そのため、住人達の多くは刺激を求め、遠出をしてみたり、何か新しいことをする。その結果、死んでしまったとしても構わない。
刺激を得るために、必ずしも自分から出向かなければならないわけではない。時折やってくる外からの客は、この上ない刺激となる。
「あ、船だ」
偶然、海へきていたハンディーが言った。
「本当だ」
一緒にきていたランピーも船の姿を瞳に映す。
その船は幾多の戦いを切り抜けてきたのか、損傷が酷く、今にも沈みそうだった。
「ねぇ、助けてあげようよ!」
心優しいガルドスは船を指差して言う。優しさ半分。興味半分。いつでもこの町の住人は退屈しているのだ。
ガルドスの言葉に、ランピーとハンディーは頷く。近くにあったボートを海に浮かべ、壊れかけの船へ近づく。
「おーい。誰かいる?」
ランピーの呼びかけに、十数名が顔を出す。
「助けてくれ……」
「陸へ、連れて行ってくれー!」
助けを求める声に、ハンディーは壊れかけの船から、真新しい小船を一隻作る。
「ここへ乗れ。連れていってやる」
船に乗っていた十数名が船に乗り込む。ハンディーは自分達が乗っている船と、救助者を乗せた小船をロープで繋ぐ。
「いいぞ。出してくれ」
自分ではオールを使うことができないため、船を動かすことはランピーに任せる。不安がないといえば嘘になるが、今は他に方法がない。
何とか無事に陸地へつき、救助された者達も、ハンディーも一息ついた。
「ありがとう」
船の船長らしき男が礼を言う。
「何かあったのか?」
男達に事情を聞こうとするハンディーとは違い、男達への興味がなくなってしまったのか、ランピーはふらふらと近くの小屋へ向かう。ランピーの気分屋はいつものことなので、ハンディーも放っておく。
どうやら、男達の船が近くで嵐に会い、危うく船ごと海の藻屑となるところだったらしい。
「何人かは、嵐で……」
それだけ言うと、船長は涙を流す。
誰かの死に対して、悲しみを抱くというのは、この町の住人にとって、とても奇妙で珍しいことだった。元々外の世界に住んでいたハンディーはともかく、生まれてから一度も町を出たことのないガルドスは興味津々で船長を見る。
この辺りの海域はこの町に分類されるが、誰でも甦る都合のいい土地ではない。町に気に入られた者でないと死は死としてそこに存在する。そのことを知っているので、誰も船長の仲間が甦る可能性を伝えない。
「まあ、せっかく助かったんだし、町においでよ」
甦る可能性がゼロというわけではない。
ガルドスはとりあえず救出された男達を町へ招待することにした。
「やめとけ」
船長の手をガルドスが取ろうとしたとき、背後から声がした。
「あ、ラッセル」
小屋で休んでいたランピーが声の主の名を呼びながら近づいてくる。
「――ラッセルだと?」
男達の間に不穏な空気が流れる。
「そいつらは性質の悪い海賊だ。島が近くなると、本船からボロい船を出して助けを求める。
町の奴らが助けてくれればそのまま町へ入り込みその日の晩には火を放つ」
全てのネタをバラされてしまった男達は、隠し持っていた得物を取り出す。さすがのガルドスも驚き、男達との距離を取ろうとする。
「逃がすかっ!」
だが、男たちに背を向けた瞬間、ガルドスの背中から血飛沫が上がる。
今日はまだマシな死にかただったかなと思いつつ、ガルドスは意識を飛ばした。
「てめぇ!」
次の日、生き返るとわかっているものの、外からきたよそ者にガルドスを殺された怒りは収まらない。ハンディーは武器を持つことができないので、体当たりを船長にお見舞いする。
体当たりで船長がブレたのは一瞬で、次の瞬間にはハンディーもガルドスと同じ道を歩むこととなってしまった。
「あーあ。短気は損気って言うのにねぇ」
背中を裂かれたハンディーの死体をつつきながら、ランピーは呆れたようにいう。
船長以外の男達はランピーのその姿に寒気を覚えた。この町では死がないと知らない者達からすれば当然のこと。死体にも怯えず、死への恐怖もないなど、狂気でしかない。
「こんなところで、かの有名なラッセルさんに会えるとは思ってませんでしたよ」
「オレは別に会いたいとは思わなかったけどな」
船長とラッセルは向きあい、言葉を交わす。
「七つの海を支配する男と言われながら、仲間に裏切られ、捨てられた哀れな船長……。いやぁ、そうはなりたくないですな」
明らかな皮肉だが、ラッセルは顔色を少しも変えない。ただこの町に手を出すなと瞳で伝える。
船長はニヤリと笑う。
「両足を失くし、片手も失くしたお前に何ができる?」
鋭いサーベルを抜き、ラッセルへ向ける。仲間の男達もランピーから目を離して沸き立つ。それでもラッセルは表情を変えなかった。得物を持っていないラッセルはフックになっている右手を上げる。
砂場では義足が埋まってしまい、上手く動くことができないため、跳ねるように岩場へ移動する。
「逃がすな!!」
船長に続こうと、何人かの男が走り出した。しかし、男達の足は止まることとなる。
「ダメだよ。いくらラッセルでも、この人数はダメ」
どこから持ってきたのか、手に持ったサーフボードで先頭に立っていた男をランピーが一突きにしていた。
普通ならば考えられない。たかがサーフボードで体が貫かれるわけがない。
「何か細工してあるに決まってる!」
そう思うのは当然だ。しかし、ランピーの持つサーフボードに細工などない。男達の体が脆くなっているのだ。この町で長い間過ごしていると、体は脆くなる。今日この町にきたばかりの男達の体がこれほどまでに脆いのは、この町の意思なのだろう。
「バイバイ」
そう言って笑うランピーの姿はまさに狂気であった。
一方、岩場に移動したラッセルと船長は、激しい戦いとなっていた。
船長がサーベルを突き出せば、ラッセルがフックでそれを払う。ラッセルがフックを振りかざせば、船長は体をそらせてそれをよける。五体不満足のラッセルにここまで苦戦するとは思っていなかった船長は、今の状態に苛立ちを感じていた。
「ラッセルー。頑張って」
どうにか隙を見つけてやろうと思っていた矢先に、ランピーのマヌケな声が響いた。
二人がランピーの方を向くと、そこには赤く染まったランピーの姿がある。ラッセルは殺されたのであろう男達を思い、笑みを浮かべた。
「あの数を相手にしなくていいならありがたい」
そう呟き、ラッセルは眼帯を取る。
眼帯の下にあったのは、もう片方と同じく光を持った瞳だった。
「とっとと決着、つけさせてもらうぜ」
義足とは思えない脚力でラッセルは船長との距離をつめる。先ほどとは明らかに違う動きに、船長は動揺を隠せない。
「若僧が。これくらいのことで動揺してんじゃねーよ」
二手も三手も先を読まれ、船長は背を海にして一歩も動けなくなってしまった。
「さよならだ」
その一言と同時に、船長の頭蓋骨にラッセルのフックが食い込む。
ラッセルがフックを抜くと、船長の体は後ろに傾き、海へと投げ出された。この町に生息するカモメが、その死体を貪り喰う。船長がこの世にいたという証は、何も無くなってしまった。
「眼帯つけてあげる」
「ああ。すまんな」
ニコリと笑って、ラッセルに眼帯をつける。
「やっぱりラッセルはすごいね」
「そうか? まあ、伊達に海賊船船長をやってたわけじゃねぇしな」
ラッセルは豪快に笑う。
「平気だってわかってても、片目だと大変じゃないかなって思うよ」
ラッセルは片目が使えないわけではない。
昔、ラッセルが海賊船長として海にいたとき、ラッセルは生まれもった目によって戦っていた。ラッセルの目には相手の二手三手先が読め、目は脳が何かを考える前に体を動かす。
だが、五体が不満足になった状態でその目を使うと体がもたなかった。義足では無理のある動きや力の入れ方をするため、作り物の体はすぐに壊れてしまう。そのためにラッセルは自分の片目を封印することにしたのだ。
このことを知っているのは、ラッセル本人と、海岸に打ち上げられていたラッセルを助けたランピーだけ。
「暴走したフリッピーだって、倒せるんじゃない?」
「それは無理だなぁ。あいつは根っからの軍人だ。戦いかたが違いすぎる」
ランピーによって隠されてしまった片目。今も周りの風景を映している片目にランピーの姿を映し、ラッセルは微笑んだ。
「帰るか」
「うん」
END