町の者のほとんどは外の世界のことを知らない。生まれてから一度も町の外へ出たことがないという者が多く、後から町へきた者達も外の世界と関わりを持とうとしないことが多い。だから、町にいるマヌケな泥棒達が外の世界ではどのような評価を受けていたかなど知らない。今世紀最悪の悪党とまで呼ばれた双子のことなど知っているはずがない。
「また死んだのか……」
 どうやって。あるいは誰に殺されたのかは覚えていないが、自分が死んだことは漠然とわかる。始めて体験したときは驚き、混乱したが、何度も繰りかえしているうちにすっかりなれてしまった。
 愛用の帽子を被り、自分の弟を探す。例外がないわけではないが、死ぬ時は大抵が二人一緒なので、近くにいるはずだ。
「リフティ? どこだよ」
 双子の弟の名を呼びながら近くを歩いてみるが、お目当ての姿は見つからない。今回は離れた場所で死んでしまったのだろうかと思い、足を伸ばすとよく見知った黄色のヘルメットが見えた。
「なあ。リフティ知らねぇか?」
 ハンディーに尋ねるが、ハンディーは首を横にふる。
「知らねぇな。つか、お前らがバラバラのとこで死ぬのも珍しいな」
 裏切ったり裏切られたりを繰りかえしているものの、二人は声を出せば返事が返ってくる程度の距離で死ぬことが多いということを町の者達はよく知っている。そして、リフティが重度のブラコンで、兄と長時間離れているのを良しとしない性格をしているということもよく知っている。
 二人が離れているということは、ケチャップを見ても覚醒しないフリッピー並みに珍しいことなのだ。
「まあ見かけたら言ってやるよ」
「サンキュ」
 ハンディーにはやりかけの仕事が残っていたため、リフティと共にリフティを探すことはできない。シフティも別にすぐさまリフティに会いたいわけではないのであっさりハンディーと別れた。
 リフティを探しながら一人で歩きながら、シフティはこの町に来る前のことを思い出していた。



 この世に盗めないものはなく。騙せない者はないとまで言われた双子の悪党はいつも一緒にいた。単独で仕事をすることなどなく、生まれてこのかた、遠く離れたことはない。
 闇の世界の者からは尊敬され、光の中に生きる者達には蔑まれた双子はいつも言い合っていた。
「死ぬまでは一緒だ」
「オレ達は双子だからな」
 同じ服装をすれば、二人はまったく見分けがつかないほど似ていた。互いを見てそこに鏡があるのだと勘違いしたこともあるほどだ。二人は自分達は同じ存在ではないということを証明するために、別々の服装をすることを好んだ。だが、それと同時にまったく別の存在と認識されるのも嫌った。
 二人は依存しあう関係にあった。
 死ぬまで一緒だというのは、双子だからでも、互いを大事に思っているからでもない。違う存在ではあるが、全く別の存在だということでもないということを常に主張するため。
「今日も一仕事やりますか」
 兄のシフティは頭がよかった。学者にでもなっていれば、大勢の人を救うことができただろう。
「兄貴。今日はどこに行くんだ?」
 弟のリフティは運動神経がよかった。一流のスポーツ選手にも負けぬほどの体を持っている。
 二人は片割れのことを自慢に思っていた。
「今回はな――」
 シフティが口を開く。その仕事が、二人の関係を変えてしまうなど考えもしなかった。
 二人は不思議な町へ足を運んだ。不思議とは言っても、そういう噂があるだけで、実際のところどんな不思議があるのかは誰も知らない。そんな漠然とした噂に二人は耳を傾けることなく車を発進させた。
 何も疑うことなく、今回も当然上手くいくと思っていた。
 予定通りにものを盗み、そのまま逃げ出すはずだった。
「兄貴!!」
 不測の事態。
 二人のいた施設に車が突入してきた。大破した車の破片にシフティは体の自由を奪われてしまった。どうにか抜け出そうとしてみるが上手くいなかい。
 シフティがもがいている間にも、大破した車からはガソリンが漏れている。不幸なことに、車が突入してきた時に壁の中に埋め込まれていた電線が切れ、火花を散らしている。近いうちにガソリンに引火するだろう。
 いくら頭がよくとも、今の状況をどうにもすることができないシフティは、生きることをあっさりと諦めた。
「リフティ……。さよならだ」
 生まれたときは一緒だったが、死ぬときまで一緒である必要はない。
「嫌だっ!」
 リフティが叫び、シフティの傍に近づく。
「逃げろよ!」
「兄貴を置いて逃げれるかよ!」
 死んで欲しくない。どちらも同じことを思ったその瞬間、ガソリンに火が引火した。二人は知らなかったが、突入してきた車の中には大量の火薬が積み込まれており、火は火薬にまで引火した。
 大きな爆発音を最後に、二人の視界は真っ暗になった。


 目を覚ましたとき、始めに思ったのは何故生きているのだろうということだった。隣を見ると、まだ目を閉じたままのリフティが映った。奇跡的に生きていたのだろうかとも思ったシフティだったが、あの爆発で生きていられるということは到底考えられなかった。
「あ、生き返った」
 幼い少年の声がした。
「よかったね。今から土葬しようって言ってたとこだったんだよ」
 別の少年がシフティに笑いかけてくるが、シフティには二人の少年が言っていることの意味がわからない。
 生き返ったということは、死んでいたということなのだろうが、死んでいた者が生き返るはずがない。
「もー。外の人にはわからないって」
「そうだった。そうだった」
 呆然としているシフティを横目に、二人の少年は仲良く談笑する。
「お兄さん達は運がよかったんだよ。この町に気に入られたんだ」
 笑う少年達から聞かされたのは、とてもじゃないが信じられない話だった。
 この町では老死意外の死はありえない。髪の一筋も残さないような死にかたをしたとしても、次の日には生き返る。死のその瞬間を覚えているのは、始めて死んだときだけ。
「ねぇ。死ぬってどんな気分?」
「ボク達は小さいころに何度も死んじゃったからね!」
 誰もが恐れる『死』という存在を、少年達は恐れの欠片もないような口ぶりで話す。
「この町で暮らしなよ。場所はあるんだし」
「そうそう。ボクらはいつでも歓迎してるよ」
 少年達は笑い、そして去って行った。
 一人残されたシフティはリフティが目を覚ますまでの間、黙ってさまざまなことを考えた。
 死ぬ瞬間、思ったことは死にたくないということと、死なせたくないということの両方だった。だからどちらも生きていてよかったと心の底から思う。そして同時に、たった一日だけ一人になった世界というものを味わえるのだと考えた。
「……兄貴?」
 目を覚ましたリフティは、生きているということを疑問に感じている表情を浮かべていた。
「ああ。ちょっと待て。今説明する」
 シフティはリフティにゆっくり今の状況を説明した。
 お世辞にも頭がいいとは言いがたいリフティは中々今の状況を理解しなかったが、シフティの根気強い説明にようやく理解を示した。
「そっか……。よかった」
 自分が生きていたことに対してか、兄が生きていたことに対してか。あるいはその両方か。リフティは嬉しそうに笑った。
「んで。オレはこの町で暮らそうと思うんだけど」
「兄貴がそう言うなら、別に反対しねぇよ?」
 二人が町に住むということはあっさり決まった。誰にも気づかれないような場所に家を構え、今までならば慎重にやっていたような仕事も多少大雑把にするようになった。
 生きることには事欠かず、不満を言うならば、仕事にスリルがなくなってしまったということ。
 新たな日常に二人が慣れ始めたころ、シフティは始めて生き返った日から考えていた計画を実行に移した。
「――ごめんな」
 小さく一言謝って、シフティはリフティの心臓を突き刺した。
 一言も発せず横たわったリフティの体からは、もう生気が感じられない。死んでしまったということがわかった。
「これが一人か」
 ポツリと呟いた。
 世界が急速に色を失う。
 片割れがいなくなってしまった世界には何の魅力も感じられない。
「死ぬまで一緒だって言ってたけど、死んだ後はどうなんだろうな」
 死体に向かって話しかける。当然、返事など返ってはこないのだが、シフティはそれに構わず話し続ける。
「もう死なんて訪れないけどな……」
 シフティは自分が狂っていくのがわかった。寂しいからか、切ないからか、理由はわからなかったが、意味もなく死にたくなった。それでも自分を抑えたのは、死ねばこの感情を全て忘れてしまい、再び同じことをするとわかっているから。
 早く明日になってしまえばいいと思い、今日が終わる寸前に殺せばよかったと後悔した。
 結局、その日シフティは眠ることができなかった。リフティが生き返ったのを見届けてようやく眠ることができた。
「悪かったな」
 眠りから目覚めたシフティは自分がしたことをリフティに全て話し、謝った。
「ふーん。さすが双子だよな」
 冷たいリフティの声色に、リフティは身を固くさせた。
「考えることは同じだったわけだ」
 その言葉を聞いた直後、リフティの目の前は真っ暗になった。


「兄貴」
 リフティの耳に届いたのはシフティの声。
「今日は遠かったみたいだな」
「ねー」
 ようやく再会を果たした双子は笑いあう。
 二人は一人っきりの一日を体験している。それがどれほど恐ろしく、狂気に満ちたものかを知っている。
「賭けはまだ続いてるぜ」
「わかってるって」
 リフティがシフティに殺され、生き返った日、二人は一つの賭けをした。
 これからは仕事をするとき、いつでも裏切っていい。その代わり、片割れが死んでしまった一日を生きてすごさなければいけない。それができたのならば、負けたほうは勝ったほうの言うことをなんでも聞く。
 裏切るのは簡単なことだ。だが、一人で一日を過ごすのは難しい。すぐに自殺したくなる。一見、無意味な賭けにも見えるが、二人には必要なかけだった。
 生も死もないこの町で、スリルを持って生きるには自分の命と神経を賭けるしかない。


END