未だに戦場の悪夢から抜け出すことができない軍人に、赤い伝令が届いた。
いつも通りの朝がくる。全てがリセットされ、昨日もみんな平和に生きていたかのように、一日を過ごす。
昨日もうっかり零したケチャップを見て、裏の人格と交代してしまったフリッピーは、今日は平和に暮らしたいと願いつつ、家の扉を開けた。
暖かい陽射しを浴び、今日こそは赤を見ずに生きることができるような気がした。
「……ん?」
目に入ったのは、赤だった。
血ではない。ポストに入った赤い手紙。
この町に住んでいる者達はあまり手紙を書かない。書く必要がないと言った方が正しい。町の外に知りあいがいる者は少なく、同じ町に住んでいる者ならば手紙を出すよりも、会って話すほうが早い。
いい気分に水をさされたようで、少し憂鬱な気分になりながらその手紙を手に取り、目を通す。
一日の始めを憂鬱な気分にさせた手紙の内容は、フリッピーの気分を叩き落とす。
簡単に言えば、それは召集令状。
どうやって調べたのかはわからないが、先の戦争が終わったあと、逃げるようにこの町にきたフリッピーへ戦争に参加するようにとの伝令がきたのだ。
二度と戦いたくないと思い、ここまで逃げってきたというのに、軍の情報網は並みではなかった。
「何、これ……。ボクに、拒否権ないじゃない……」
書かれているのは、どこの戦争に行くのかということと、今日の午後には向かえが来るということだけだった。拒否する権利など、微塵もない。
この町にきて、フリッピーは少しだけ安息の得ることができた。軍人として人を殺してきたことを責める者はおらず、軍人の人格により誰かを殺してしまったとしても、明日には元通りになる。殺すこと自体に胸を痛めるが、それでも幾分か罪の意識は軽くなる。
ようやく得た安息を、一枚の紙がいとも簡単に奪ってしまう。
今日の午後が来る前に逃げてしまおうと思った。けれども、逃げられないということも嫌というほどわかっていた。どうすればいいのかわからず、その場に立っていることしかできずにいると、車のエンジン音が聞こえてきた。
体を奮わせ、振り向くとそこには屈強な男が二人いた。
「ボクを、迎えにきたの?」
震える声で尋ねると、男の一人が頷いた。
フリッピーが一歩後退し、素早く逃げようと走りだした。
「逃がさん!」
男がフリッピーに向かって手を伸ばす。だが、フリッピーも裏の人格同様、優秀な軍人であった。自分に伸ばされた手をナイフで切りつける。赤い血が辺りに飛びちる。いつもならば裏の人格と入れ替わってもよさそうなものだが、今回は何故か入れ替わることがなかった。
いっそのこと、迫り来る男達を殺せたらと思うが、それをできるだけの度胸がフリッピーにはない。
「やめた方がいいと思いますよ」
走っていたフリッピーの前にサングラスをかけたモグラがいた。
誰の姿も映っていないはずの瞳なのに、モールは全ての状況を把握しているかのように言葉を紡ぐ。
「あなた方は歓迎されていません」
その言葉を正確に理解したのはフリッピーだけだった。
「死にますよ?」
この町はとても不思議な町だ。
気に入られれば、死んだとしても次の日には甦ることができる。しかし、招かれざる客はその身を脆くされ、さらには見えざる意思によって災難に襲われる。
「早く逃げたほうがいい」
フリッピーがモールの横を通り過ぎたとき、後ろから小さな悲鳴が聞こえた。
「……遅かったみたいですね」
血の匂いを感じたのか、モールは残念そうに言った。
恐る恐る二人の男の末路をフリッピーが目に映す。近くで遊んでいたガルドス達のボールが目にめり込み、近くでランピーが手入れをしていた枝が足に刺さっている。さらには大きな石やら、丸太やらが二人を押しつぶしている。
偶然ではありえない不幸が重なって、二人は死んだ。二度と生き返ることはない。
「もう、こないでくださいね」
小さくつぶやいた。
赤い血も今日ばかりは気にならない。
END