死は平等に訪れる。
この町に住むかぎり、それに怯えることはない。
「あ――――。もう、む……」
最後の一言を言い終える前に、リフティは目を閉じた。最後に見たのは最愛の兄の笑顔だ。
明日になれば元通りとはいえ、最期の瞬間に笑われるというのは何とも微妙な気持ちだ。しかし、最期に見れたのが笑顔で良かったとも思う。
ゆっくりと息を吐いて、そのまま呼吸をしなくなったリフティの横にスプレンディドが降り立つ。先ほどまで、リフティを追っていたのは彼だ。正義の味方である彼は悪事を見逃すことができない。今日も元気に盗みを働いてくれたリフティを追いかけ、傷つけ、そして殺した。
「笑ってるね」
口元を緩ませ、眠るように死んでいる。最期に見たものは幸せなものだったのだろう。
「可哀想に」
同情するような言葉を口に乗せながらも、瞳は明らかにリフティを見下している。
「ここには誰もいないよ」
小さな言葉は風に流される。
辺りは草原で、誰もいない。生きているのはスプレンディッドだけで、あとは死体だけだ。
「また兄の夢でも見ていたのかい?」
この町にきたとき、リフティの兄はすでに死んでいた。
半身を失ってしまった悲しみからか、リフティの精神は壊れてしまっていた。そんな者でも町の人々は受け入れる。同情心や、偽善の心ではなく、外の世界にとっての異常がこの町にとっての異常ではないからだ。
死なぬ町で生きることとなったリフティは兄の夢を見るようになった。
誰もおらぬ場所へ話しかけ、笑い、喧嘩をしている。
「君の世界にだけ存在するお兄さんか」
死体の顔を掴み、リフティの顔をじっと見る。双子というからには、よく似た顔をしているのだろう。
緑の髪で、少し釣り目。笑うときの顔は見る者を苛立たせるよう。
「素敵だね」
目を細めて笑い、顔を握りつぶす。
鮮血が辺りに飛び散り、スプレンディットを赤く染める。
『オレの弟を虐めるの、やめてくんねーかな』
不意に聞こえてきた声に、スプレンディッドは振り返る。
「……君、は?」
聞かずともわかっていた。
そこに立っている姿は、先ほど顔を潰したばかりの人間と同じ顔をしていたのだから。
緑の髪に、少し釣り目。笑みを浮かべるその顔は見る者を苛立たせる。ただ一つ、彼と違うのは頭の上に帽子が乗っていることと、コートを着ていることだ。
『シフティってんだ。よろしく』
手は差し出されず、コートのポケットに入れられたままだ。
『で、あんたは?』
「私かい? 私は正義のヒーロー、スプレンディッドさ!」
両手を広げ、自己主張をする。
『ヒーローなのに、人を殺すのかよ』
いつだったか、リフティも同じことを言っていたなと思い出す。
やはり彼らは双子の兄弟なのだろう。
「彼は盗みを働いた。これは悪いことだ。悪は滅ぼさなくてはならないからね」
堂々と言ってのけた彼に、シフティは小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
『ならさ、悪いことをしなくてもいいようにしてやってくれよ』
「何?」
今までなかった発想を告げられ、スプレンディットは首を傾けた。
『普通に生きたいんだ。オレも、あいつもさ。
だから、ちゃんと世話をしてやって、働けるように教育してやってくれよ』
「それは身内がするべきだと思うけど?」
ある種の正論だ。しかし、それが通じる相手ではない。
『親なしだし、唯一の肉親はこの通り。
だからあんたに頼みたい』
「何故」
お世辞にも、自分に教育の才能があるとは思っていなかった。
ヒーローを名乗ってはいるものの、誰かをまともに助けられた経験なのどないし、感謝された記憶もない。そんな男に大切な弟を任せるなど考えられない。例え、そこに死がないとしても。
『あんた優しいじゃん』
照れくさそうに笑う。
『何だかんだ言って、リフのこと見てくれてるしさ。
オレの代わりに頼むよ』
いつも苛立たしい笑い方をする彼も、目の前にいる彼のように笑うのだろうか。スプレンディットは思った。
本来ならば、ああして笑うことができる人間だったのだろうか。
「……しかし」
『しかしも何もねぇよ。
断ったら、オレはあんたの後ろでずっと叫ぶだけだ』
あの笑みを浮かべる。
後ろでずっと叫ばれている自分を想像すると、うんざりできた。
「それは、了承するしかないね」
『だろ?』
嬉しそうに笑い、シフティは姿を消した。
残ったのは死体とスプレンディッドだけ。
「……私まで君と同じ夢を見ることになったようだ」
顔のない死体に向けて、小さく笑いかけた。
END