淫奔を司るアザゼルさんが、なんちゅうことやろか。
 事務所のソファに腰かけながら、ちらりと隣を見てみる。そこには、いつも通り、ベーやんがおる。ワシがアクタベと契約してるときは会わんかったけど、さくと契約してからは、ベーやんもワシと一緒にここで働いとる。
 ワシはあんまし真面目に働いとらんけど、ベーやんはそこそこ上手く立ち回ってる。なんちゅうか、オンオフの切り替えに、思わず拍手! って感じやな。
「私の顔に何かついていますか?」
「んー。口臭が臭いくらいかな」
「ほう」
 こちらを見たベーやんに言ってやると、丸い目が半目になる。あ、殺気。
「ギャー!」
 一瞬で首と胴体がさようなら。
 ほんまに容赦ない悪魔やで……。アクタベよりはマシやけど。
 頭をくっつけながらため息一つ。
 ああ、ほんま、何でベーやんを好きになってしもうたんやろうか。
「もう。アザゼルさん、ちゃんとお片づけしてくださいよ」
「え、これワシのせい……?」
「当然でしょ」
 雑巾を手渡され、床に飛び散った血を拭いていく。ソファでワシを見下ろしているべーやんが憎らしい。その反面、ものすごいドキドキしてる。これが、好きっちゅう感覚やって気づいたのはつい最近。
 小中は同じ学校行ってて、高校生のときもベーやんが大学通っとるときも一緒に遊んどった。お互い、グリモアを持っとることもあって、仲はええ方やったと思う。友達っちゅうか、親友? みたいな。
 でも、よく考えてみると、始めてベーやんを見たときなんて、えらいべっぴんさんやなぁ。って、思っとったり。
 だってな、ベーやんキラキラした金色の髪で、肌も真っ白で、目つきはよくなかったけど、そんなところもクールでええなぁ。って、思ってもしゃあないやろ。男相手にべっぴん何って思ったのは、後にも先にもベーやんにだけやわ。
 今かてベーやんイケメンやしな。いや、今はペンギンみたいな姿してて、イケメンとかわからんねんけどな。
 もちろん女の子は大好きやで? でもな、息子が元気になったりムラムラしたりするだけで、胸がギューってなったり、寝る前に相手のことを考えたり……。そんなんがあるのはベーやんだけやねん。おかしいよな。ワシ、淫奔の悪魔やで? いや、ありえん話ではないんやけど、何か違うやん? 男のワシの相手が男って、何かおかしない? しかもな、重大発表やねんけど、ワシ、これが初恋かもしれへんねん。
「アザゼル君」
「へ?」
「キミ、いつまで同じ場所を拭いているんですか」
「あらぁ」
 ベーやんに指摘されて、床を見てみると、そこだけピッカピカ。美しすぎて、ワシの顔が映ってるわ。
 せや、この事務所の床を全部これにしたら、さくのパンツ見えるんとちゃうか! あ、あかん。さく、ズボンやわ。依頼人でめっちゃくちゃ美人な女の子が来ぃひんかな。
「何考えてるんですか」
「何も考えてへんよー」
 冷たい目をしてるさくに気がついて、慌てて言い分けしてみたけど、誤魔化しきれてへんやろうな。ほらほら、グリモア持っとるわ。怖いわー。こんな女の子嫌やわー。ベーやんも冷たい目してるわ……。何でワシ、こんなに傷ついてるんやろか。

(中略)

  ◆
 私はアザゼル君を愛していました。
 学習能力のない愚か者で、エロくて、何も考えていない奴でも、私はアザゼル君が好きなのです。これは小学生時代から変わらずに抱き続けている思いです。以前、執事にこの気持ちを尋ねたところ、男へ向けるものではない。間違っている。と、言われたので、それからは誰にも言っていません。もちろん、アザゼル君にもね。
 ですが、諦めたのかと問われればそれはまた別の話。何せ、私は今でもアザゼル君のことを愛しているのですから。初恋をいつまでも思い続けている私は、きっと悪魔としてはどこか欠落しているのでしょうね。ですが、それはそれで悪魔らしいとは思いませんか。家柄も血筋も全て滅ぼしてでも、欲しい者を手に入れようとしているのですから。
 ねぇ、アザゼル君。私はこんな男なんですよ。だからね、そんなに私のことをじっと見ないでください。
「私の顔に何かついていますか?」
 動揺を悟られないように、淡々と尋ねる。
「んー。口臭がくさいくらいかな」
「ほう」
 いくらキミだからといっても、許せることと許せないことがあるのだよ。ああ、安心してください。許しはしませんけど、それでも愛していることに変わりはないので。
 一閃、と同時に彼の首と胴体が離れ離れに。噴出した血に、さくまさんが顔をしかめたのがわかります。われわれの血は依頼者の方には見えないですけど、彼女には見えるのですから嫌になる気持ちもわかります。
「もう。アザゼルさん、ちゃんとお片づけしてくださいよ」
「え、これワシのせい……?」
「当然でしょ」
 雑巾を渡すと、彼女は再び己の机へ向かう。依頼はきていないので、学校の課題でもしているのだろう。
 首と胴体をくっつけて、せっせと血を拭いているアザゼル君をソファの上から見下ろす。
 キミは私の思いを知っていますか? 私がキミに振り向いてもらえるように、今まで様々なことをなしてきたことを知っていますか? さりげなくキミを助け、堂々とキミを蹴落とし、いつでもキミと適度な距離を保ち、キミが怒るときは隣に、キミがへこんだならば背中をそっと叩いてやる。ねえ、そろそろ私のことを好きになりましたか?
 淫奔の悪魔であるキミは、私を好きになったら行動に移してくるでしょ? そしたら、私は仕方ないなあ。と、いうフリをしながらキミの告白を受け止めてあげましょう。できれば早くしてくださいね。
「アザゼル君」
「へ?」
 驚いたように顔を上げるキミも可愛いですよ。
「キミ、いつまで同じ場所を拭いているんですか」
 生意気にも、考えごとをしていたようで、もはや血を拭くというよりは床を磨く。と、いう行為に勤しんでいたことを指摘すると、彼は間の抜けた声を出した。無意識の上でされていた行動により、床はピカピカになっていた。
 自分の顔を床に映し、ニヤニヤしている彼をさくまさんが見ている。彼にお似合いの蔑んだ目だ。
「何考えてるんですか」
「何も考えてへんよー」
 そんな嘘にもならない嘘を、よくもまぁ堂々と言えるものだ。ほら、グリモアが迫っていますよ。いち、にの、さん。で、彼の体がバラバラになる。その後始末をするのも、やはり彼なのでしょうね。
 あ、血がついてしまいました。

(中略)