いつも通りの日常が過ぎていく。ただ、近頃は少しばかり忙しかった。
文化祭が近づいており、生徒会は朝早くから登校し、昼休みをつぶし、空が暗くなっても学校にいた。そんな日々がもう一週間近く続いている。
生徒会に所属している弟者は忙しそうにしながらも、授業と授業の間にある短い休み時間は友人達と談笑していた。学校でも人気のある弟者を見る下級生女子の視線が今日も多く集まっている。見られているとうの本人はとっくの昔に慣れてしまい、今更恥ずかしがることもしない。
「あ、あの……これ」
お昼休みには生徒会へデザートのプリンやクッキーが渡される。もちろん手作りで、どれも美味しそうな匂いがしていた。
他の男子達もそんな光景には飽き飽きしているのか、嫉妬の目も向けない。
「今日もモテモテだな」
同じ生徒会に所属しているクーが声をかける。照れくさそうにそんなことないですよと返し、もらったばかりのクッキーを口に入れる。
チョコの味が口に広がり、疲れが吹き飛びそうだ。体を伸ばし、このまま眠ってしまいたいと思う。それほどに最近は忙しかったのだ。
「もう少しで文化祭だ。それまでは生徒会一丸となって頑張ろう」
「はい」
疲れているのは弟者だけではない。他のメンバー達も疲れているのだ。
文化祭の企画書についての最終チェックや、追加予算の届けに目を通していく。
「弟者。すまんがこれをモナー先生に渡してきてもらえないか?」
「わかりました」
何枚かの紙を渡される。
この時間帯ならば、まだ職員室で愛妻弁当を食べている頃だと考え、職員室へ向かう。
生徒会室と職員室が近ければ、すぐにでも戻ることができるのにと思う。だが、現実は無常だ。モナーのいる職員室は学校の最上階にある職員室だ。ちなみに、生徒会室は一階にある。溜息をつこうとして、周りに生徒がいることを思い出す。
疲れているところは見せたくなかった。
「弟者先輩」
声をかけられ、振り向くと何度か話したことのある女子生徒がいた。
明るい笑顔が印象的な子だが、少々空気が読めない子だった。弟者と偶然出会えたことが嬉しいのか、笑顔で言葉を紡いでいく。昼休みの間にモナーに会わねばならない弟者は言葉を遮ろうと口をあける。
「しかもですね」
だが、彼女のマシンガントークに弟者は口を挟むことができなかった。
「あ、弟者だぞ」
弟者と彼女の様子を階段の上から見ている二人組がいた。
「本当だ」
「相変わらずモテモテだな。兄貴とは違って」
「うるせ」
見ていたのは兄者とドクオだった。屋上に侵入してお昼を食べた帰りだ。
弟者と双子の兄者は、よく同じ顔なのに雰囲気がまったく違うからすぐにわかると言われる。お互い、一緒くたにされるのが好きでないので、そのことは喜ばしく受け入れている。
「楽しそうだな」
笑顔の女の子と、彼女の言葉をを同じように笑みを浮かべて聞いている弟者の姿を見てドクオは呟く。
「え?」
逆に、兄者は不思議そうに首をかしげた。
「すっげー迷惑そうじゃん」
というよりも、イライラして見えると兄者は言った。
その言葉にドクオは再び弟者を目に映す。
「ということがあったんですよ!」
「そうなんだ。大変だね」
浮かんでいるのは笑顔だ。弟者に彼女がいるとは聞いたことがないが、彼女ですと言われても不思議ではないほど親しげな雰囲気が二人の間にはある。
気のせいではないかとドクオが言うと、兄者は静かに首をふる。
「オレにはわかるよ」
真剣な顔でもすれば格好もつきそうなのに、兄者はヘラリと笑って言う。
「ふーん」
不親切なドクオは真剣な顔の一つでもできるようになれば弟者のようにモテるだろうとは教えない。ただ気の抜けた返事をする。
兄者が言うのならば、それは真実なのだろう。どれほどの時間を弟者と共に過ごしたところで、兄者には敵わないだろう。それほど二人はずっと一緒にいたのだ。家族だから、双子だからという理由だけではない。互いのことが大切なのだ。何ものにも代えがたいほど。
そんな風には見えないと、弟者を眺めているドクオの横を兄者が通り抜ける。
「よお弟者!」
たった今来ましたと言わんばかりに兄者が声をかける。
「兄者」
「今日もモテモテだなー。ちょっとお兄様に付き合えよ」
笑いながら弟者と肩を組む。
「ごめんねー。今から弟者はオレとランデブーするから」
「ランデブーとか言うなキモイ」
兄者が軽口を叩いていると、女の子は今日はこの辺りで失礼しますと言って去って行った。
「で、何の用だよ」
「なんだよ。せっかく助けてやったのに」
耳元でささやく。
弟者が彼女のことを面倒だと思っていたと、周りの生徒達に知られるのは嫌がるだろうと思った兄者の配慮だ。
「……ありがとう」
唇をとがらせて礼を言う。
「そうそう。お兄様に感謝しろよ」
背中を少し強く叩き、早く手の中の物を届けてこいと促す。
「あと、イライラしてるなら甘いものがいいぞ」
階段を上ろうする弟者にチョコ菓子を渡す。本日の兄者のデザートだ。
「もらっとく」
「おう。今日は早く帰ってこいよ」
「無理だな」
「わかった。母者に言っとく」
二人は別れた。
ドクオと兄者が言葉を交わしているのを聞きながら、弟者は階段を上っていく。途中でもらったばかりのチョコ菓子を食べた。
甘い味が口に広がる。もらったクッキーよりも甘く、心を穏やかにしてくれた。
「そういえば、兄者の顔久々に見たな」
同じ家に住んでいるのに変だと苦笑し、階段を駆け上がる。
今日はできるだけ早く帰ろう。家族全員で夕飯を食べて、風呂に入ってから兄者とダラダラすごしたい。
END