薄暗い森。単独行動は危険な場所でマゼランは一人だった。
「……あいつら……オレを置いていきやがったな……」
 雑魚モンスターの死体の越えてマゼランは突き進んだ。自分の進行方向がどこへ続いているのかなどマゼランは全く考えておらず、ただただ本能のままに進んだ。
 モンスターも出る。見通しも悪い。そんな危険度が高い場所で何故マゼランが一人でいるのかと言うと、仲間から置いてけぼりをくらったのだ。
 今回は近隣住民に森のモンスターを退治してくれと頼まれたのはいいものの、予想以上に手ごわいので仲間達はとりあえず一度退いて、体勢を立て直してからもう一度くるべきだと言ったのだが、マゼランは反対した。
 せっかくここまできたというのに、町へ戻ってしまっては二度手間だと言ったのだ。
 結局、マゼランはその場に残り、他のメンバーは町へ引き返して行った。
「ゲッ…………!」
 適当に歩いていたマゼランの頬に水滴が当たったかと思うと、一気に大量の水滴が空から降ってきた。
 天の恵み。今のマゼランにとっては最悪の天候。雨。
「嘘だろ……。どっか雨宿りできそうなとこは……」
 ますます酷くなってくる雨から逃げるかのようにマゼランは走った。近くに洞窟でもあれば幸いだと思っていたのだが、そう上手くいくはずもなく、マゼランはどんどん雨に濡れていく。
 マゼランの服は薄手で袖も短い服を着ているため、雨の冷たさが肌に直接感じられる。さらに、この森はやや寒い気候の地域に位置するため、雨に濡れたマゼランは自然と体を振るわせた。
 雨のせいで足場も悪くなっていき、走るという動作一つにも体力が奪われていく。
「陛下!」
 寒さと疲れで半ば朦朧としてきていたマゼランの耳に仲間の声が聞こえた。
「あ……? ユリシーズ?」
 一瞬、とうとう幻聴でも聞こえたかと思ったが、声の聞こえた方向には確かにユリシーズがいた。
 派手な髪と装飾品はそうそう見間違えるものでもないし、何より不機嫌そうな顔はユリシーズそのものであった。
「陛下。さっさとこっちに来てくださいよ」
 現在ユリシーズがいるのは洞窟の中。丁度雨宿りができそうな場所である。
 体も冷え切り、本格的に雨宿りをしたいと思っていたマゼランには渡りに船であった。
「サンキュ。って、お前なんでここにいるんだ?」
 辺りを見回して見るが、他のメンバーがいる様子はない。
「はぁ……。あんたのことだから道に迷うんじゃないかと思いましてね」
 基本的に計画性がないマゼランが地図を持っているはずもなかったし、その辺りで道に迷って彷徨っていることは容易に想像がついた。それでそれでユリシーズはマゼランが進んでいそうな方向へ先周りして待っていたというわけだ。
「そうかよ……。で、他の奴らはどうしたんだ?」
「ロナルドとジェミニは早く町へ行きたいとうるさかったのでジャイコブに任せてきました」
 きっぱりと言いきったユリシーズだが、あの二人のお守りを任されたジェイコブはたまったものではないだろう。
 ジェイコブが頭を抱えてため息をついている姿を想像したマゼランは苦笑いをしつつ、ジェイコブに同情した。
「ところで陛下、無駄口を叩いてる暇があるならとっとと脱いでくださいよ」
 ユリシーズの言葉にマゼランは思考を止めた。
 ゆっくり落ち着いてユリシーズの言葉を復唱してみるも、やはり言葉の持つ意味は変わらない。
「な、ななな。お、お前そういう趣味がっ…………?!」
 後ずさるマゼランを見たユリシーズはマゼランがどういうことを想像したのかすぐにわかった。
「勘違いしないでくださいよ……。いくらあんたでもそのままじゃ風邪をひくと言ってるんです」
 ため息をつきつつ、ユリシーズは自分が持っていた荷物からタオルを取り出した。
「さっさと脱いでこれで体を拭いてください」
 投げ渡されたタオルを受け取ったマゼランはそういうことかと納得して服を脱いだ。
 下も脱いでしまうかどうか迷ったが、ユリシーズが嫌そうな顔をしていることに気づき、下を脱ぐのはやめておいた。
「お前も用意がいいな〜」
 マゼランが感心して言うが、ユリシーズは何の用意もしていないあんたらの方がおかしいんだとあっさり切り捨ててしまう。
 体を拭き終えたマゼランだが、やはり冷たい空気に素肌を晒していてはあまり意味がない。軽い風邪くらいならひくかもしれないと覚悟したマゼランに一枚の毛布が被せられた。
「それ、羽織っていてください」
 マゼランに毛布を被せたのはやはりユリシーズであった。
 暖かい毛布に包まったマゼランはユリシーズにお礼を言い、洞窟の中で座りこんだ。
「いや〜。それにしてもお前がいてくれて助かったぜ」
「そうですか」
「ロナルド達にはキツイお灸を据えてやらにゃいかんな!」
「ほどほどにしてくださいよ」
 あまり沈黙というものに慣れていないマゼランは一人で喋り続けるが、ロナルドやジェミニと違い、ユリシーズは簡単には乗ってこない。まるでマニュアル本と話しているような気分にもなる。
 一方通行な会話しかできないことに嫌気がさしたマゼランはとうとう黙ってしまったが、ユリシーズは何の反応も見せない。
 ただ雨がやまぬかどうか、じっと外を見ているばかりであった。
 じっと外を見ているユリシーズをマゼランはずっと見ていた。
「なあ、お前は寒くないのか……?」
 ユリシーズの服装もどちらかと言えば薄手のもので、お世辞にも暖かそうだとは言えなかった。
「別に大丈夫ですよ」
 寒いとは言わなかったものの、それに近い返答をユリシーズはした。寒いが我慢ができる範囲ということなのだろう。
 マゼランはそんなユリシーズの考えを汲み取りつつ、隙間ができないようにきっちり閉じていた毛布をオープンにした。
「無理するなって。入れよ」
 毛布は一枚しかないので、二人とも毛布に入ろうとすれば必然的に同じ毛布に入らなくてはならない。それをわかっていてマゼランは毛布に誘っている。
「遠慮しておきます」
「おいおい。お前の方こそ風邪ひくぜ?」
 いくらマゼランのように雨に濡れてないとはいえ、薄手の服で耐え切れるような寒さでもない。無理にでも毛布の中に入れてやろうと、マゼランがユリシーズに近寄るがユリシーズはかたくなに拒否する。
「陛下……何が悲しくて筋肉質の男がくっつかなくちゃいけないんですか」
 ユリシーズの言葉にマゼランはそんなことは全く考えてなかったというような表情を見せた。
 だがマゼランは退かなかった。
「まあ、緊急事態っつことで」
 肉付きのいい姉ちゃんの方がいいに決まっているが、今は部下の体が最優先と言わんばかりに近づいてくるマゼランの肩をユリシーズが地面に押し付けた。
 態勢的には非常によくないことこなっているのだが、倒されたマゼランはもちろんのこと、倒したユリシーズ本人も、気が動転していてそのことに気づかなかった。
「いい加減にしてください……!」
 そこまで怒るようなことをしただろうかとマゼランは顔をしかめて考える。
 確かに少しやりすぎたかもしれないが、そんなのはいつものことで、ここまで怒られる原因にはならないような気がした。
「別にそこまで怒らなくてもよぉ……」
 眉を下げて覇気のない反論をマゼランはした。
「……あんたは、何にもわかってない」
 ため息と共にユリシーズは呟いた。
 ユリシーズの呟きはマゼランにとってさらに不可解なものでしかない。
「何言ってんだ?」
 わからないことは素直に聞いてみる。
「オレにだって、我慢の限界があるってことですよ」
 真剣な表情で言うユリシーズにマゼランは何の冗談だとは聞かなかった。冗談ではないことぐらい表情を見ればわかる。
 だがこのままの状態で雨がやむまでもつとは思えない。何かことが起きる前にこの状況を打破しなければならない。しかし、それにはユリシーズの真剣さが少々邪魔でもあった。
 軽く返すこともできないが、重く受け取ることもできない。
 非常に不味い構図のまま刻々と時は過ぎていく。
「陛下ー?」
 気まずい二人の耳に知った声が聞こえてきた。
 独特な喋り方をする奴など、そうはいない。
「ロ、ロナルド?!」
 ロナルドの声に慌てたマゼランは慌ててユリシーズを押しのけた。
 外はまだ雨が降っていたが、確かにロナルドの声が聞こえる。
「こんな所にいたんデスカ」
 姿を見せたロナルドの手には閉じられた二本の傘と開かれた一本の傘があった。
「ど、どうしたんだ?!」
 明らかに動揺しているマゼランに怪訝な目を向けつつも、ロナルドは傘を差し出した。
「ジェイコブが迎えに行けとうるさいんデスヨ」
 幸い、この森には洞窟がそう多くあるわけではないので、簡単に探し出すことができた。
「じゃあ帰りましょうか」
 マゼランに押しのけられたユリシーズは何食わぬ顔でマゼランの横に並んだ。
 先ほどまでの状況を思い出してしまったマゼランは顔を赤くして身を退くが、ユリシーズは気にしている様子を見せない。
「とりあえず陛下は服を着てください」
 顔を赤くしているマゼランにまだ湿ったままの服を投げつけた。
「これ……着るのか?」
 いくら薄手で、布の少ない服とはいえ、湿った服を着るというのは何とも気持ち悪いものだ。
「着せて欲しいんですか?」
「はあ?! ど、どんな思考回路してやがんだ!!」
 ニヤリという擬音が良く似合う笑みを見せたユリシーズの言葉に、マゼランはさらに顔を赤くして言い返した。
 慌てて服を着るが、やはり湿っていて気持ちが悪い。
「…………」
 二人の様子を見ていたロナルドは二人っきりでいる間に何かあったのだと悟った。
 普段から冷静で、口数の少ないユリシーズがマゼランをからかっている姿など今までなら見れなかった。
「ユリシーズ。何があったか知りマセンが……負けマセンヨ」
 マゼランには聞こえぬようにロナルドは囁いた。宣戦布告。勝負の内容は本人達だけが知っている。
「おい、さっさと帰るぞ。こんなもんいつまでも着てられねーからな」
 先頭をきって歩きだすマゼランの後を二人は追いかけた。


END