AM 5:30
 太陽が顔を見せ始めたころ、ジェイコブは目を覚ます。
 規則正しい生活をしているジェイコブはいつもこの時間に起床する。
 歯を磨き、顔を洗い、服をきっちり着てから外へ出る。これも日課の一つだ。
 皇帝に使える身としては常に鍛錬を怠ってはならないと考えるジェイコブは毎朝こうして朝の鍛錬をしているのだ。皇帝が子供っぽかろうが、変態だろうがそれは変わらない。
「ふー…………」
 だがそんな忠誠心溢れるのはジェイコブだけ。今も他のメンバーは夢の中。皇帝に使えている者としての自覚が足りていないのではないだろうかと思うこともしばしばある。
 だがジェイコブは他のメンバーがどれほど皇帝を信頼しているのかも知っていた。普段は誰もそんなことを言わないが、ふとしたときに見せる信頼の目は確かに皇帝に向いている。
「独立……なんて、できないですね」
 普段の皇帝を見ていると、度々独立したくなるジェイコブだが、ジェイコブも皇帝のことを信頼し、好いていた。どんな馬鹿なことを言っても、子供っぽくても、自分が使える皇帝はこの人しかいないと思っている。
 皇帝の横は居心地が良い。今のメンバーも何だかんだでジェイコブは気に入っていた。
「おはようございます〜」
 メンバーのことを思いつつ、少し体を休めていたジェイコブは後ろからかけられた声に振り向いた。


AM 6:00
 ジェイコブと違い、ジェミニはいつの間にか起きている。
 誰もジェミニの寝起きを見たことがなく、誰かが見るときジェミニはすでに朝の用意を全てすませた後なのだ。
「今日も〜朝から〜元気ですね〜」
 歌うように話すジェミニの声にジェイコブが振り向いた。気づけば太陽は憎たらしいほどその姿を見せ、熱く強い光りを地上に向けている。
「元気じゃないとやってられませんからね」
 苦笑しながらジェイコブが返す。
 今の皇帝は確かに気に入っている。皇帝の横が自分の居場所だとも思う。だが、どう考えてもジェイコブが幼いころ憧れていたような人ではないのだ。
 中年のくせに中身は子供だし、いつまでも根に持つとんでもない皇帝だと思う。それでも、時折見せる優しさが、強さが、ジェイコブを惹き付けて放さないのだ。
「一緒にどうです?」
 ジェイコブがジェミニを朝の鍛錬に誘うがジェミニは首を横に振った。
「私はいいです〜」
 ようは面倒なのだ。
 そう長くない時間とはいえ、一日中一緒にいることも珍しくないメンバーのことなのだから大抵のことはわかる。
 ジェミニもロナルドも皇帝のために何かをするのは嫌なのだ。
 無理いじりして鍛錬をしてもらっても何の役にも立たない。むしろジェミニのような戦い方をする者では役に立たないどころか、筋肉痛などで足手まといになる可能性もでてくる。
「そうですか……」
 少し残念そうにジェイコブが言うとジェミニは去って行った。
 朝の美しさと帝国の美しさを語る優美な歌声が聞こえてくるので、そう遠くは行ってないのだろう。


AM7:30
 城の朝食ができる時間はいつも決まっている。
 朝食ができる時間が決まっているので、起きる時間も決まっている奴らがいた。
「OH……。まだ眠いデース」
 目をこすりつつ共用の洗面所に向かったロナルドは次の瞬間、耳が張り裂けそうになった。
 すぐ隣にある部屋から聞こえてくる音は目覚ましのけたたましい騒音。一個の目覚まし時計だけではないことは確実だ。
「またデスカー……」
 思わず耳を塞いだロナルドだが、それでも目覚ましの音は耳に入ってくる。
 毎朝のこととはいえ、この音には一向になれる気配がない。
 目覚ましの音が一つ、また一つと消え、とうとう音が聞こえなくなったのとほぼ同時に、音の発信源であった部屋のドアが開かれた。
「…………どけ」
 部屋からでてきたのはユリシーズだった。彼は低血圧で朝に弱く、いつも十数個の目覚ましをセットしているのだ。
 ロナルドは素直に道を開け、ユリシーズが洗面所に向かうのを見送った。
 寝起きの彼に声をかけるということは死とイコールで繋がる行為なのだ。
 せめて朝の仕度が済み、朝食を食べるまでは話しかけたくない。
「……しばらく洗面所には入れまセンネー」
 ため息をついたロナルドはその場で立ち尽くすばかり。今の洗面所には例え命令でも近づきたくない。
 八時には朝食ができあがる。それまでにはユリシーズが洗面所から出て行ってくれることを願うことしかできない


AM8:00
 朝食の用意ができると、大多数の者は己の部屋に朝食を持っていき食べるが、皇帝直属のメンバーはそろって朝食を食べる決まりであった。
「おはようございます〜」
 誰よりも先にきていたジェミニは二番目にやってきたジェイコブに再び挨拶をした。
「相変わらず早いですね」
 いつも通りジェミニの横の席に腰をかけつつジェイコブが返す。
「…………」
 ほのぼのとした空気を一瞬で冷たくしたのはまだまだ寝起きのユリシーズであった。
 不機嫌な顔をした彼が入ってくるだけで部屋の空気が一気に張り詰める。いつも陽気なジェミニでさえ口をつぐむほどだ。
「……グッモーニング……」
 ユリシーズの後にやってきたロナルドも部屋の重い空気にいつもの軽口を叩けずにいる。
 誰もが早くこの場から立ち去りたいと願っているというのに、一向に現れない人物がいた。
「……陛下……きませんね……」
 ジェイコブが呟いた。
 今、この場に四人がそろっているのも元はと言えば、皇帝陛下であるマゼランがメンバー全員で朝食をとるということを決めたからであって、一人でも欠けてしまうと朝食が食べれないのだ。
「…………先に食べればいいだろ」
 寝起きの不機嫌さと、待たされている不機嫌さが嫌な方向であわさり、ユリシーズの刺々しさをさをさらに強くした。
「そうデスネー。たまには自分で起きればいいんデスヨ」
 ユリシーズの意見に賛成したロナルドだが、ジェイコブは真っ向から反対した。
「今日はロナルドの番なのですから、早く起こしてきたらどうですか?」
「たまにはいいじゃないデスカー」
 どうしても行きたくないといいはるロナルドをみてジェイコブはため息をついた。
 今、この場にいる全員はこのままでは絶対にマゼランが起きてこないことを知っている。起こしに行かなければ明日の朝まででもベッドの中にいることだろう。
「陛下がいないとできない仕事もあるんですから……」
「…………わかりマシタヨ」
 確かに皇帝がサインをしないとまとまらない仕事が多々あるのも真実で、それにより被害をこうむるのは結局自分自身であることをよく知っているロナルドは重い腰をあげた。


「陛下? 入りマスヨ?」
 マゼランの部屋は皇帝の部屋だけあって、豪華で大きな扉がとりつけられている。中にいる人物にはお世辞にも似合うとはいえないその扉をロナルドがノックした。
 当然返事は返ってこないし、返事を期待していたわけでもない。
 他の者ならば皇帝の許しなく部屋にはいることなどできないが、ロナルド達は違う。いつでも皇帝の部屋にはいることを許され、対等の目線で言葉を交わすことも限度を越えなければ許されている。
 扉の中の部屋は扉とは違い質素であった。たくさんの物を部屋に置くことを好まないマゼランは最低限のものしか部屋に置かないのだ。
「モーニングですヨ。起きてクダサーイ」
 ベットの中で大の字になっているマゼランにロナルドが声をかけるが、マゼランは起きる気配をみせない。
「……別に、一生そのままでもいいですケドネー」
 ぽつりと呟いたロナルドは次の瞬間、顔面に痛みをもらうこととなった。
「痛いデスヨー。起こしにきてあげたのに、それはないんじゃないデスカー?」
 顔面に拳を受け、一歩後ろに退いたロナルドの前には硬く拳をにぎったマゼランがいた。
「うるせぇ。別に誰も頼んじゃいねーだろ」
 眉間にしわを寄せていうマゼランだったが、ロナルド達は知っている。
 マゼランが誰よりも眠りが浅く、部屋の前を人が歩いただけで目を覚ますことがあることを。そのため度々寝不足になってしまうが、長時間眠ることも知っている。
 本来ならば、マゼランが誰よりも先に起きているはずなのだ。それなのにマゼランは決して始めに起きようとしない。それどころか、ロナルド達以外の者が起こしにきても決して起きない。マゼランを起こすことができるのはロナルド達だけなのだ。
「まったく……何考えてるんデスカネ?」
 まだ痛む頬を抑えながらジェイコブ達のもとへ戻っていく途中、ロナルドは呟いた。
 普段は表情にすぐ感情を出し、言いたいことをいうので何を考えているのかすぐわかるのだが、時折マゼランが何を考えているのかわからないときがある。
 一体何を考えているのだろうと頭を働かせていたロナルドは気づいた。自分は見たことがない。マゼランの、悲しむ顔、寂しげな顔。どのどれも見たことがないのだ。
 マゼランを怒らせるのは簡単だ。それと同じくらい笑わせるのも簡単だ。だが、マゼランを悲しませる方法をロナルドは知らない。いつも馬鹿笑いばかりしているから、忘れてしまいそうになる。
 皇帝も人間で、悲しみ、嘆く生き物生物なのだ。
「おい。何してんだ?」
 自分の考えに呆然と立ち尽くしていたロナルドに着替えを終えたマゼランが追いついた。
「……陛下。陛下は、泣いたことが、ありマスカ?」
 マゼランの声を聞いたロナルドはつい聞いてしまった。不味いことを聞いてしまったと気づいたのはマゼランの表情が消えてしまったのを見た後だった。
「バーカ。一度も泣いたことのねぇ奴なんているかよ」
 マゼランの表情が消えたのは一瞬で、すぐにいつも通りの表情がマゼランの顔に浮かんだ。
「とっとと行くぞ。あいつらが待ってんだろ?」
 二カッと笑うマゼランにロナルドは一抹の不安を覚えた。表情が消えた時のマゼランと、今のマゼランがどうしても繋がらない。どうしても違和感が残る。


 この帝国を支えているたった一人の皇帝。
 たった一人の皇帝は涙を見せない。嘆かない。
 何故ならば


「おー。今日も美味そうだな」
「陛下遅いですよ」
「……とっとと席につけ」
「おはようございます〜」
「まったく……起こしに行く方の身にもなってクダサーイ」

 常に傍にいて、待っていてくれる仲間がいるから。


END