机の上で国を動かすよりも自分自身の体を動かす方が得意だ。ゆえに、マゼランは自ら遠征に行くことが多かった。他の皇帝にもそれらを喜んでおこなう者はいた。けれど、彼はその中でも飛びぬけて戦うことを楽しんだ。
 勇猛果敢であるが、時に無謀でもあるマゼランを忌わしく思う者もいた。けれど彼の傍にいた者達は悪意から彼を守った。
「おーし。ちょっと森に出かけてくるわ」
「陛下、もしかして今モンスターが大量発生しているあの森へ行くつもりですか?」
 一人で片づけるつもりだったのか、マゼランは眼をそらす。あまりにもわかりやすい彼の仕草にユリシーズはため息をつき、呆れて言葉もでないと首を横に振る。
「んだよ」
「いえ別に」
 バツの悪そうな顔をしているマゼランに背を向ける。
 そっけない様子に頭をかく。仮にも皇帝が単独でモンスター狩りに行くのはやはりまずかったのかと、少しだけ反省する。自分だけでも十分だろうと思い、仲間達も各々の仕事があるのだからと珍しく配慮してみた結果だったのだ。
 呆れられたかと思いつつもマゼランは城を抜け出すためのルートをたどる。
 口煩い連中に捕まらないようにと足音をたてないように静かに移動していく。あと少しで外へ抜け出せるというとき、人影が目に映った。とうとうこの抜け道もばれてしまったのかと舌打ちをした。
「行儀が悪いデスヨー」
「……ロナルド?」
「私達もおともしますーよー」
 そこにいたのは見知った面々だった。呆れた顔をしていたユリシーズもしっかりとそこにいた。
「なんで」
「陛下一人に行かせられるわけないでしょうが」
 止めるでもなく、馬鹿にするでもなく、四人は当然のようにマゼランについていくと言うのだ。
「……」
「どうしたんデスカ? 感動しちゃいまシタカ?」
 からかうような口調のロナルドを一発殴り、胸を張る。
「よっしゃ。お前ら足引っ張んなよ!」
 いざ出陣と号令をかけ、マゼランは四人を引き連れて森へ向かって歩く。道中もいつも通りの雰囲気で進んでいく。そこに感謝の言葉はなかった。
 深く暗い森へ入ってもそれは変わらない。緊張感がないとジェイコブは悲しくなるが、どこへ行ってもこの人達はこうなのだと近頃では諦め始めている。
「あーるこー」
「ジェミニうるさいデスヨー」
「お前らうるせぇ」
「みなさん戦闘中ですよ!」
 ジェイコブの叫びにマゼランも顔を引き締める。しかたないと言いつつ、彼は真面目に戦うのも嫌いではない。剣を振り、モンスターを蹴りつける。軽口を叩きあい、時に叱り叱られ、それでも五人はモンスターを倒していく。
「ロナルド! どっちが多く倒せるか勝負だ!」
「オーケー!」
 二人が前へ突き進んでいく。残された三人は慌てて追いかける。奥へ行けば行くほどモンスターは多い。隊列をしっかり組んでいないと危険だということは二人もわかっているはずだ。三人が追いつく間もなく、前の方からモンスターの悲鳴やマゼランの笑い声が聞こえてくる。
 喧嘩の声や、笑い声が聞こえてくるので二人の無事はわかった。
「陛下!」
 悲鳴にも似たロナルドの叫びが三人の耳に届いた。
「ああ、だから先にいくなとっ!」
 ユリシーズが足を速める。すでに限界に近いジェミニはジェイコブの手を借りてどうにか前へ進む。
 五人が再び合流したとき、モンスターはすでに屍と化していた。問題はロナルドの前でぐったりとしているマゼランだ。
「ジェミニ! 陛下が……」
 腹から血を流し、顔は青くなっている。
「ムーンライト」
 息を切らせながらも、呪文を唱える。月の光がマゼランの傷を徐々に癒す。
「モンスターがバックから」
「わかってる。大丈夫だ心配するな」
 いつもならばマゼランが倒れたところで、適当な嫌味でも口にするロナルドがうろたえている。
 そんな姿にユリシーズは何かを察した。
「……だから先走るなっつってんだよ」
 十中八九、マゼランはロナルドを庇ったのだろう。どれほど皇帝らしくないとはいえ彼は確かに皇帝だ。目の前で殺られていく仲間、民を見捨てはしない。
「ってー。お、お前ら追いついたのか」
 傷を癒した彼が笑う。普段通りの表情にロナルドも一息つく。
「まったく。あのくらい自分で避けれマシタヨー」
「ああ? のわりにはビビッてたじゃねーか」
「What? 何のことか、ワカリマセーンネ」
 互いに胸倉を掴み、顔を寄せる。
「うるせぇ」
 顔と顔のわずかな隙間に剣が差し込まれる。顔を青くし、剣の持ち主を見ると冗談を言っている風には見えない。
「……はい」
「……オーケー」
 掴んでいた手を離し、相手から離れる。一歩間違えれば顔面を切られていた。
 二人は一度顔を見合わせて小さく舌を出す。
「陛下」
「ちっわーったよ」
 血で汚れた服もそのままに、マゼランは走りだす。それに続くのはロナルドで、結局のところ二人は後悔も反省のしていなかった。


END