マゼラン皇帝率いるパーティーを始めて見た者は、何と仲が悪いんだろうと言う。二回目を見た者は何故一緒にいるんだろうと問う。そして彼らをよく知る者はまるで兄弟のようだと呟く。
「んだとロナルド?!」
「今言った言葉もわからないんデスカー?」
いつも通り、城の中庭でロナルドとマゼランが盛大な喧嘩を繰り広げていた。
城にいる間は武器を持っていないため、斬りあいには発展していないが、武器を持っていたら確実に斬りあっているだろう。
城内にいる者達はいつものことだと見て見ぬふり。どうせ止めに入ったところで止まる二人ではない。
「よーし。それじゃあ勝負だ」
「いいデスヨ。何で勝負しますカ?」
マゼランの挑発にロナルドはあっさり乗ってきた。
「飲み比べってのは?!」
「OK!」
勝負の内容は一瞬で決まった。基本的にロナルドもマゼランも酒好きなので、勝負と娯楽を同時に楽しめるいい戦い方である。
場所はいつもの酒場ということで決まった。そこに運悪く歩いてきたのはジェイコブ。
「おいジェイコブ! お前もこい!」
「……は?」
書類を運ぶために偶然中庭を通ったジェイコブには話の脈絡が全くわからない。強引に巻きこまれることとなったジェイコブにもすぐに仲間ができる。
「何を〜してるんです〜か〜?」
こんな独特の話し方をするのは、城内に二人しかいない。男でと限定すればたった一人しかいない。
「ジェミニ、お前もだ!」
どこから取り出したのか、マゼランはロープでジェミニの体を締め上げ、ジェイコブの横に置いた。
こうなったら最後の一人も巻き込んでみせると、マゼランとロナルドは中庭で最後の一人を待った。
「なにやってんですか?」
しばらくすると、騒ぎを聞きつけたユリシーズが顔を出した。
不機嫌そうな表情をしているが、いつものことなので誰一人気に止めない。
「飲み比べするからお前もこい!」
ジェイコブやジェミニは強制的に巻き込んだが、ユリシーズにはいまいち強きになれないマゼランはあくまでも『飲みに誘う』という手段を使った。
マゼランに誘われたユリシーズはちらりと捕まってしまった二人を見る。
自分だけが助かろうなどという甘い考えは捨てなければならないことを理解したユリシーズはおとなしく誘いを承諾した。
「よっしゃ! じゃあ行くぞ!」
「今からですか?!」
意気揚々とジェミニを縛っている縄を掴んで酒場に行こうとするマゼランをジェイコブが止めた。ちなみにジェイコブも縄で縛られ、ロナルドに捕まっている。
「……? 当たり前だろ?」
当然のごとく言い放つマゼランだが、太陽はまだ空の上で輝いている。
まだ日が暮れるまでには時間があるし、何よりもまだ終わってない仕事が山のようにある。せめて今日できる分ぐらいは今日して欲しいと願うジェイコブだが、マゼランはため息を一つついてジェイコブを無視した。
仕事が嫌いなわけではないが、目先の楽しみを置いておくなどできない。
「今日は飲むぞー!」
「勝つのはワタシデース!」
テンションが上がっている二人に引きずられながら酒場に向かうジェイコブとジェミニ。そしてその後を面倒くさそうに追うユリシーズの姿が何人かの城仕えに目撃された。
いつもの酒場のマスターはいつものように酒場を貸しきりにしてくれた。
何だかんだで、マゼランはこの酒場はよく利用するので、一年の内、三分の一は貸しきりになっている状態である。それでは客足が途絶えてしまうのではないかと心配するのはジェイコブくらいのもので、マゼランやロナルドはそんなこと、考えたこともないだろう。
「よっしゃ。じゃあまずは軽くワインからいくか?」
酒に弱いジェミニに聞いてみるが、どうせ何を飲んでも同じなのであまり意味はない。
「……そうです〜ね〜」
それでも酒の中ではワインが一番好きなので素直に頷いておく。
「じゃあワイン一本!」
マゼランが注文すると、マスターは予測していたかのような素早さでワインボトルを五本出した。
その瞬間にマゼランはワインをラッパ飲みしだした。
「……陛下。急性アルコール中毒になりますよ」
ユリシーズがそれとなく注意してみるが、マゼランは既にワインを飲み干していた。
「うるせぇ! こんな度数の低い酒、ちびちび飲めるか!」
ほろ酔いになるのが早いマゼランの頬は早くも赤くなり始めていた。
その横ではロナルドがビール用のジョッキでワインを飲んでいた。さすがにマゼランのような飲み方はできないが、ちびちび飲むがらではないのだろう。
「あ、ジェミニが倒れマシタヨ」
ロナルドの横にいたジェミニはワインをグラス一杯飲んだだけで倒れてしまった。
酒に弱いジェミニは宴会の席でも酒を全く飲まない。
「ふ〜ふ〜ふ〜」
気味の悪い笑みを浮かべたジェミニはユリシーズによって酒場の椅子の上に寝かされた。
「んじゃ次はリキュールな」
普通、そのまま飲むことはあまりないリキュールだが、マゼランは平気で飲む。カクテルなどに用いるため、酒場にあることはあるので、マスターもすぐに出してくれた。
味はさわやか系で、ワインの後でも気兼ねなく飲める味であった。
「っかー。やっぱうめぇな!」
勝負のことなどすっかり忘れているのではないかと疑えるほどマゼランは幸せそうに酒の味を噛み締めた。そしてマゼランほどではないが、ロナルドもまた酒の味を噛み締めていた。
「お二人とも……。いい気なものですよね……」
マゼランとロナルドのの勝負を見守りつつ、酒の飲み方について注意していたジェイコブが突然二人の間に割り込んできた。その顔は赤い。
「人を巻き込んでおいて……自分達は、好きかって……。陛下はいつも、そうですよね…………。
もう少し、私の意見も、聞いてくれても……いいんじゃ、ないですか……? 第一…………」
放っておけばいつまでも愚痴っていそうなジェイコブをマスターがジェミニの元まで連れていき、ジェイコブの愚痴を聞いてくれた。
ジェミニほど酒に弱くはないが、ジェイコブも酒に強い方ではない。その上、ジェイコブは絡み酒ときている。酔えば必ず誰かに絡んでくる。今回はマゼランとロナルドに愚痴を言うというあまり喜ばしくない絡み方であった。
「……陛下、もう少しジェイコブを優遇してあげたらどうデスカ……?」
酒場の端っこでマスターに愚痴を聞いてもらっているジェイコブの姿はあまりにも情けなく、ロナルドの同情心を誘った。
「お、おう……」
同じくジェイコブを見ていたマゼランはためらいがちに頷いた。
「……次、行きまショー」
ジェイコブの乱入でほろ酔い気分だったのが、一気に醒めてしまった二人はマスターの許可を得てカウンターからウォッカとテキーラを取り出した。どちらも蒸留酒で、かなりアルコール度数の高いものだが、二人には丁度いい度数らしい。
さすがのマゼランもこれをラッパ飲みする気はないらしく、ロナルドと同じジョッキを手に持っている。
二人は同時に酒瓶を開け、ジョッキに注いだ。酒場中にアルコールの匂いが充満する。ジェミニなどはこの匂いだけでも酔えるのではないだろうか。
「やっぱりこれデスネ」
テキーラを飲んでいたロナルドが恍惚とした表情を見せる。
「だな。やっぱこの味だよな」
同じくテキーラを飲んでいたマゼランは再び頬を赤く染める。
飲んでは注ぎ、飲んでは注ぐ。酔いと共に口数は増えていったのだが、ある一定をすぎると口数がどんどん減っていった。すでに十本あまりのボトルが開けられている。
「……ロナルロォ……。こう、さん……しれも……いいぜぇ?」
呂律の回らない口でロナルドに降参を促すマゼラン。
「へいか…こそ……。こ、うさん……したら、どう、デス……かぁ……?」
対するロナルドもやはり呂律が回っていない。
お互い不敵に微笑み、倒れた。
「また、決着つきませんでしたね」
倒れた二人の傍に寄り、薄い布をかけたマスターは最後まで残った一人に話しかけた。
「ああ……。いつもすまないな」
困ったような表情で答えたのはユリシーズであった。
ユリシーズの片手にはまだ酒の入ったグラスがある。そして目の前にはマゼラン達とは比較にならないほどのボトルが置かれている。
「いえいえ。それにしても相変わらず強いですね」
マゼラン達以上に酒を飲んでるというのに、まったく酔っていないユリシーズにマスターは笑うことしかできない。長年酒場を経営しているが、こんなに酒に強い人は見たことがない。
そんなことを考えている間にも新たにボトルが開けられる。
「ああ。酒で酔ったことは一度もない」
酔ってこその酒。少なくともマゼランやロナルドはそう考えているので、まったく酔わないユリシーズを批難することも度々である。
「だが……この雰囲気には酔えそうだ」
貸しきりになった酒場で仲間達と騒ぎながら飲む酒は格別だとユリシーズは言う。
微笑みながら言うユリシーズにマスターは驚きを覚えた。
始めてマゼラン達とこの酒場に来たときのユリシーズは非常に不服そうな表情をしていた。すぐに潰れてしまうジェミニを笑うロナルドやマゼランの声も、早々に酔っ払って絡みだすジェイコブも全てがわずらわしいというオーラを全体からかもしだしていた。
そんなユリシーズが今は微笑んでいる。他の者のように酒に酔って楽しむことはできないが、雰囲気に酔って楽しむことはできる。
「またいつでもいらしてくださいね」
上物の酒をたくさん用意して待ってますとマスターが笑った。
END