「陛下、食料庫がまた……」
「またか……」
料理長がハーキュリーズに報告した。ここ数日、毎晩食料庫が荒らされているのだ。
よくなくなるのは酒と、つまみになるようなもの。どう考えても動物の仕業ではない。
金庫には全く手がつけられていないので。盗賊とも考えられない。しかし、警備の厳重な城にわざわざ宴をしにくるような者がいるとも考えられない。
「一体何なんだ……」
ハーキュリーズがため息を突いたとき、メイドの声がした。
「あの……陛下……」
「あ?」
ハーキュリーズは容姿端麗ではあるが、ヤンキーのような言葉遣いのため、よく使用人を怯えさせる。
気をつけてはいるのだが、人間幼い時からの癖は中々ぬけない。
「――――!」
「あ、わりぃ。……で、何だ?」
できるだけ優し気な笑みを心がけたハーキュリーズの努力が実ったのか、メイドも少し安心した表情を見せる。
「あの……最近、食堂に幽霊がでるんです……」
先ほどとは別の意味で怯えた表情を見せるメイドを見て、そんなのいるわけねーだろとは言えなかった。
その上、ハーキュリーズは幽霊の存在を信じざるえない状況にある。
「……見た者は?」
念のために聞いてみる。
「いえ。……でも、誰も居ないはずの真夜中なのに、笑い声や足音が聞こえるんです……」
姿をみてないということは、本当に幽霊かわからない。メイドは食料庫の事件を知らないので幽霊と思っただけで、実は盗人かもしれない。
「わかった。今夜はオレが城内を見回ろう」
「えぇ?! そんな恐れ多いこと……!」
ハーキュリーズの発言にメイドは後ずさった。
「城の者の不安を取り除くのもオレの仕事だ」
だから安心しろと言って、ハーキュリーズは今夜のことを仲間達と話すため、メイド前から去って行った。
執務室に戻ったハーキュリーズの目の前にはいつものメンバーが都合よくそろっていた。
「丁度いい。みんな、話がある」
そう言うと、ハーキュリーズは料理長とメイドの話しを伝え、今夜は城の見回りをすると宣言した。
「なるほど……。そういうことならば……」
ハーキュリーズの案に賛成したのは軍師のタンプクであった。
「え〜。本当に幽霊だったらどーずるんですかぁ?!」
眉を下げて怯えているのはこのメンバーの中で一番ガタイがよく、威圧的な雰囲気を出すに相応しい体格をしているタンクレッドであった。
「チッ! 面倒くせーな」
若干聞き取りにくい喋り方で不満をもらすスターリングにちょっかいをかけるのは、ジュウベイならぬフランクリンであった。
「ユーはゴーストが怖いのデスか?」
あからさますぎる挑発だったが、スターリングはあっさり乗った。
「んだとぉ? チッ。んなわけねーだろうが!」
火花を散らしあう二人は誰かの介入がないかりぎその火花を収めない。
「もう決定したことだ。文句は許さん」
二人の様子を見かねたハーキュリーズの言葉のおかげで二人はとりあえず休戦することとなったが、スターリングの不服そうな顔はあいかわらずで、いつ何時喧嘩が再開されてもおかしくはなかった。
「う〜。怖いなぁ……」
「大丈夫ですよ。本物になんてそうそう会えませんよ」
そう言ったタンプクはちらりとフランクリンを見た。
彼は一度死んだ。肉体は滅んだものの、今はジュウベイの体を使って共に戦ってくれている頼もしい仲間だ。
「だと……いいんですけど…………」
タンプクの言葉を聞いてもなお、タンクレッドは不安そうな表情のままだった。
こればかりはいくら言っても無駄だろうと考えたタンプクはハーキュリーズの方へ行き、夜の詳しい作戦を聞くことにした。
そして日は暮れ夜となった。
何があってもおかしくないので、今夜は最低限の兵を除いた全ての者を城の近くにある寮で待機するよう命令を下した。
「き、気味が悪いですよ〜」
タンクレッドが言うように、夜の城は気味が悪い。
長く、暗く続く廊下。歴史があるという言い方をすれば聞こえはいいが、悪く言えばただ古いだけのものがそこにはゴロゴロしている。
昼間見るぶんには埃くさいだけのものだったとしても、夜見ればいわくつきの代物にまで見えてくる。
明かりがランプただ一つだけ、というのも恐怖をあおるのかもしれない。
「せめて明かりを――」
「んなもんいらねーよ」
そう言ったかと思うとスターリングは先頭をきって歩き出す。
闇夜でもよく見える目をもつ彼にとって、ランプの明かりは十分過ぎるものなのだ。
「単独行動はひかえるべきですよ」
「ったく……」
「ワガママデスネー」
それぞれ文句を言いつつもスターリングの後についていく。一人、タンクレッドをのぞいて。
「ま、待ってくださいよー」
そう言ってみるが、すでにランプの光りは見えず、タンクレッドの声に反応してくれる者もいなかった。
タンクレッドはただ一人、この恐ろしい城の中を移動しなければならない。
「そんな……」
よくも悪くも、涙腺のもろいタンクは早くも涙を浮かべている。
「あの……」
そんなとき、タンクレッドの肩に冷たい何かが触れた。
「うわああああああ?!」
急に触れられたことに驚いたタンクレッドはすさまじい勢いで後ずさりして、後ろにあった壁に頭をぶつけた。
「大丈夫ですか?!」
慌てた声がする。その声はたしかに人間のものだった。
「あ……はい」
相手が人間だとわかって安心したものの、あいかわらずの暗さで顔が見えない。
目の前の人が敵か、味方か……。城の兵にこのような声の者がいただろうか?
「私は夜目がききます。よければご一緒しましょうか?」
明かりを持たず、暗闇の中で一人怯えていたタンクレッドを心配してくれたのだろう。
敵ならばそのようなことをするわけがない。そう考えたタンクレッドは完全に気を許した。
「お願いします!」
そう言って頭を下げたタンクレッドの手を、冷たい手が握った。
「――――っ!」
あまりの冷たさに体を固まらせたタンクレッドに手の主は笑いかけた。
「ああ。すみません、体温が低くて……」
「いえ、すこし驚いただけですから」
わざわざ自分を心配して声をかけてくれた人に不快な思いをさせてはいけないと、タンクレッドは素直に謝った。
「おい、あのデカブツはどこだ?」
スターリングの言葉でようやくタンクレッドの不在に全員が気づいた。
「……置いてきてしまいましたね」
「ったく。しっかりついてこいよな……」
「グダグダデスね」
一度戻るべきかどうか話し合いになったが、タンクレッドがいつまでも同じ場所にいるかどうかわからないうえに、もうすぐ目的の場所である食堂につくので、とりあえずタンクレッドは放置の方向に決まった。
「…………もうすぐですね」
「どんな顔か見てやりマスヨ」
各々緊張しつつ、食堂へ近づいて行く。まだ距離があるというのに早くも声が聞こえてきた。
「――で――――ろ?」
「バ――に――――」
時折、笑い声が混ざるその声はとても楽しそうだった。
「……だが、逃げたくもなるな…………」
メイドから話を聞いた時は、何故食堂を覗いてみなかったのかと思ったが、ようやくそのわけがわかった。
とりあえず、若い女からしてみれば怖いだろう。とぎれとぎれに聞こえてくる声はハスキーな声や片言。そしてハーキュリーズによく似たヤンキー声。
メイド達からしてみれば、人間であるよりも幽霊であってくれたほうが精神的に楽だったのかもしれない。
そんなことを考えながら、さらに食堂に近づくと、会話がはっきり聞き取れるようになった。
「うっめー!」
「OH! これはワタシのワインデス。ルック。ここにネームが書いてアリマース」
「あんたらいいかげんにしないと〜」
「静かにしろっつってんだろ!」
騒ぐ二人に止める二人。どうやら四人組らしい。しかし、ハーキュリーズ達はもっと気になることがあった。
「なんで賊の酒が……?」
「……陛下によくにた口調デスね」
疑問はある。だが、賊はとらえなければいけない。
四人はゆっくりと食堂を覗きこんだ。
「――――――――あ?」
そこにいたのはハーキュリーズと何処か似た雰囲気をもつ青年と、生意気そうな青年と、少年ともいえそうな赤髪の男。そして、ガラの悪いオッサンであった。
そして、ハーキュリーズ達はオッサンの顔に見覚えがあった。具体的に言うならば、代々の皇帝を写した絵が飾ってある部屋で。
「先代皇帝、マゼラン……?」
時が止まるとはこういうことなのだろう。何と言っても、今目にしている人物はずいぶん昔に死んだお方のはずなのだ。それはすなわち、正真正銘の幽霊ということ。
「陛下ーー!!」
止まっていたときを動かしたのは行方不明中のはずのタンクレッドの声だった。
だが、タンクレッドの声を聞いたのはハーキュリーズ達だけではない。マゼラン達もタンクレッドの声を耳にし、扉の方へ近づいてくる。
別にやましいことをしたわけではない。だが、いろんなことが一度に起こってしまったため、ハーキュリーズ達の頭は混乱しており、脳内に出てきた結論は逃げるということだけだった。
そのまま逃げられれば、頭を冷やすことも、覚悟を決めることもできたのだが、逃げようと方向転換したハーキュリーズ達の目の前にはタンクレッドが迫ってきていた。
「置いていくなんて酷いですよ〜!」
涙をボロボロ流しながら突進してくるタンクレッドを止められる者などパーティにはいなかった。メンバーの中で一番の体格と力を持つタンクレッドと衝突したハーキュリーズ達は必然的に壁に頭を撃ち突けることとなった。
「お、おい……。今、スゲー音がしたぞ?」
「何かがぶつかったようデスね」
派手な音に二人が慌てた様子で顔を出した。
「すごい音がしましたけど……あ、陛下」
こんがらがった五人を見ていたマゼランとロナルドは向こう側から走ってきた青年を見つけた。
「よお、酒はあったか?」
「いえ、なかった――って、それどころじゃないでしょ!」
どうやら、ジェイコブはマゼランに別の所に酒があるかもしれないと言われ、探しに行っていたらしい。
「あー。人に見られちまったなぁ」
「だからもう少し静かにしてくださいって言ったんですけど?」
不味いなと、頭をかくマゼランに冷たい視線をあびせるユリシーズはとてつもなく恐ろしかった。
「まったくバカデスね」
「あんたもだよ〜」
わいわいと騒ぐマゼラン達の耳に、かすれたような声が聞こえた。
「た……助け…………」
うおんうおん泣くタンクレッドの下からの声。
「す、すみません……!」
「しゃーねぇな」
「私は応援してます〜」
「いや、やれヨ」
「うるせぇ」
好き勝手言いつつも、マゼラン達はタンクレッドをなだめ、ハーキュリーズ達を解放した。
「助かった」
「ありがとうございます」
「サンキュー……」
「チッ。礼なんか言わねーからな」
やっとのことで解放されたハーキュリーズ達は一息ついた。
「お前ら、こんな真夜中に何してんだ? つーか何者だ?」
マゼランの疑問にはハーキュリーズが答えた。
「私は現皇帝ハーキュリーズです。今夜は最近、食料庫を荒らしている犯人と幽霊騒動の真相を確かめに参りました」
さすがのハーキュリーズも先帝には礼儀をみせるのか、敬語を使った。幽霊の存在はすでに仲間の一人が証明してくれているので疑う事はない。
「それはすまなかった。全ての犯人はこの先代皇帝だ」
何か言おうとするマゼランを押しのけてユリシーズが答えた。
「あの世の酒より、こっちの酒がいいってきかないものでね」
ため息をつくユリシーズを見て、ハーキュリーズは何か近しいものを感じた。
「せ、せっかくだからよ、飲もうぜ! なっ?!」
なんとか話をそらそうとする先帝の様子にタンプク達は驚いた。
絵となった皇帝達は誰もが厳格な雰囲気をかもしだしていたし、現皇帝のハーキュリーズはその皇帝達のように厳格にするよう心がけていた。
だが、今見ている皇帝はまるで子供だ。
「そんなことじゃ誤魔化されませんよ」
「うっ…………」
ユリシーズの言葉にマゼランは眉を下げた。いい歳したオッサンがキモイことしてんじゃねーよとハーキュリーズ達は思ったが、こんなことには慣れてしまっているユリシーズは少しだけと酒を渡した。
「よっしゃー!!」
先ほどまでのしおらしさは何処かに消えてしまったように、ガッツポーズをしたマゼランをユリシーズは日と睨みして、ハーキュリーズとマゼランを二人っきりにした。
「あんたらもどうだ?」
ユリシーズはタンプク達の傍へより、酒を出した。
皇帝は皇帝同士。部下は部下同士。
「陛下はあの通りの人だ。許してやってくれ」
酒を飲みながらユリシーズが静かに言う。その目線の先にはハーキュリーズと楽しそうに酒を飲んでいるマゼランがいる。
「陛下はワガママデスからネー」
「あんたの台詞かよ〜」
火花が散るロナルドとジェミニの間にジェイコブが割って入り、二人を止める。
楽しそうに喧嘩しあうロナルド達を見ていたスターリングが口を開いた。
「チッ。紛らわしーんだよ」
その言葉にタンプク達は苦笑しつつも頷き、ユリシーズ達は首を傾げた。
「今の皇帝はあいつなんだよ。イヤだけどな」
スターリングの指の先にはぎこちなく微笑んでいるハーキュリーズがいる。
「何を言ってるんデスか? もっとハッキリ話してクダサイ」
こめかみをぴくぴくさせながらロナルドが返す。
「おめーら、喧嘩すんじゃねーぞ」
喧嘩の空気をいち早く感じ取ったマゼランはロナルド達を注意する。
「そんなことさせませんよ」
少し心配そうな表情をしていたマゼランにジェイコブが答えると、だったら安心だとハーキュリーズとの会話に戻った。
「…………あれがオレ達の皇帝だ」
ユリシーズが静かに言った。
「どんなに子供っぽくても、人使いが荒くても……あの人以外は皇帝と認めない」
真剣で強い瞳をしたユリシーズにロナルド達は同意した。
マゼランだから、どんなヤバイ戦いだってやってこれた。
マゼランだから、辛い旅もできた。
マゼランだから、ついてきた。
だから、彼以外は認めない。
「…………ずいぶんあのオッサンを買ってるんだな」
わけがわからないとスターリングは言った。
「お前らも心しておいた方がいいぞ」
あまりにも悲しげなユリシーズの声にタンプク達は驚かされた。
「貴方達も、あの皇帝だからついて行っているんでしょ?」
ジェイコブが優しく告げる。
ユリシーズ達もタンプク達も癖のある者達だ。己が認めた者の下にしか絶対につかない。
「…………まあ、そうですね」
タンプクは自分の仲間達を見回し、素直に同意した。
いつも文句ばかり言っているスターリングだって、心の底からハーキュリーズが嫌いなわけではない。
「ヒューマンなんて、いつ死ぬか、わかりマセンヨ」
ロナルドの言葉は重かった。
先代皇帝マゼランは戦いの前衛に立ち、いつも共にいたメンバーの中で最も早くに死んだことで有名だ。
「………………」
言葉の重さにタンプク達は口を開くことができなかった。
「言葉はいつもでも届くとは〜かぎらない〜」
憂いを帯びた歌声が先ほどの言葉をより一層重くする。
いや、自分達もそれを体験してしまっているからだろうか。
「……届かなかったのかよ」
スターリングが尋ねた。
「…………まあ、な」
たくさん言いたいことがあった。
罵倒の言葉も、怒りの言葉も、賛美の言葉も、日常の言葉も、もっと言いたかった。もっと伝えたかった。
少々重い空気になっている部下達から離れたところで、皇帝組は酒を飲みあっていた。
「いや〜。本当に悪かったな」
笑うマゼランに戸惑うハーキュリーズ。本当にこれが先代皇帝なのだろうか。
ハーキュリーズの一族は代々傭兵をやっていた。そんな自分が皇帝になるのだから、今までの皇帝よりも努力しなければいけない。今までの皇帝と同じようにしなければいけないと思ってきていた。
先代の皇帝は武将船団であったにも関わらず立派に皇帝としてやってきたと聞いていた。こんな子供じみた人物だとは思いもしなかった。
「…………」
「ん? どうしたんだ?」
仏頂面のハーキュリーズの顔をマゼランが覗きこんだ。
「いえ……別に……」
疑うわけではない。だが、信じたくない。
「…………別に、好きにすりゃあいいんじゃねーの?」
唐突にマゼランが言った。
「え……?」
「昔の皇帝とか、皇帝に相応しいとか、そんなもん必要ねーだろ」
ハーキュリーズの心を見透かしたような台詞。
「オレとお前は違う。だから、比べるなんてできねーんだよ。どっちのほうが凄いとか、どっちのほうが劣ってるとか……くだらねぇ」
今までずっと悩み続けていたことをマゼランはあっさりと蹴散らしてしまう。
ハーキュリーズは思った。この人は強いと。
同じように戦いに赴き、前線に立ったとしても、自分はただ戦うことしかできない。だが、この人は戦場で傷ついた心を癒すことができる。そういう人だ。
「お前にしかできないことだってあるだろ?」
そう聞かれて、ハーキュリーズは少なくとも書類仕事ならばこの人以上にできるだろうなと思ってしまい、思わずふきだした。
「何笑ってんだよ?」
「いえ…………」
ムッとした表情を浮かべるマゼランにハーキュリーズは肩を奮わせながら答える。マゼランがおとなしく執務室で仕事しているところなんて想像できない。
「……ま、そうやって笑ってろってことだよ」
そうすりゃ、民は勝手に幸せになってくれる。
「眉間のしわもとれるんじゃねーの?」
ハーキュリーズの眉間にあるしわをグッと伸ばしながらマゼランは笑う。
「余計なお世話ですよ」
気づけばハーキュリーズも楽しげに笑っていた。
END