『この部屋からの脱出方法:あなた方二人のどちらかが死ぬこと。
なお、これは愚者のパズルでも賢者のパズルでもない。
トイレは部屋唯一の扉の向こう。流れる水は口に含めば死に至る有毒物質が含まれているので注意するように。
部屋に置かれている物は自由に使用してよい』
真っ白な壁に張られていた紙には、以上のような文が記されていた。
一枚の紙を視界に収め、文章を脳に送り、意味を理解するためにしばしの沈黙を選んだのは、密室に閉じ込められてしまった二人だ。文章に嘘偽りがないのであれば、二人のうち、片方が死ななければこの場からの脱出は不可能、ということになる。
そんな異常事態の中で、先に動いたのはカイトだった。
「パズルじゃねぇって……。
マジかよ? なら、何でオレ達はこんなところに閉じ込められてんだ?!」
疑問を叫びながらも、彼は近くの壁に手を当て、この場が本当に密室なのかを確かめる。
これが脱出パズルであったならば、現状を理解できなくもない。今までにも、PGOを始めとして、様々な人や組織と命を賭けたパズルを繰り返してきている。今さら、目が覚めたらパズルの中、という状況に疑問も恐れもない。
ただ、そうでないとするならば、密室に閉じ込められる意味も、理由も、何もかもがわからなくなってしまう。
「さぁな。だが、オレとてめぇをこんなところに閉じ込めるたぁ、碌でもねぇことをしでかしてくれたもんだぜ」
一拍遅れてギャモンが口を開く。
壁に貼り付けられていた紙を手にし、どこか細工が施されていないかを確認する。
「まったくだ。何が悲しくてこんな馬鹿と二人っきり……」
「あぁ? 誰が馬鹿だってぇ? このバカイトが!」
「バカイトって言うな!」
互いに相手へ額をぶつける。鈍い音がしたが、二人は引く気配を見せず、そのまま己の額を相手に押し付けた。至近距離からの睨みあいは、目をそらした方が負け、という暗黙のルールがある。ちなみに、今のところ勝敗がついたためしはない。大抵、周囲にいるノノハやキュービック、アナによって引き分けに終わってしまうのだ。
しかし、今回に限っていえば、そう容易く引き分けになることはない。
何せ、周囲には誰もいないのだから。
「馬鹿を馬鹿って言って何が悪い!」
「オレは馬鹿じゃねぇっつってんだよ! この馬鹿!」
「このオレ様のどこが馬鹿だってんだ!」
二人の口論は勢いを増していく。
本心では互いのことを認めている二人だが、同時に相手よりも上にいたい、という気持ちが強く、尊敬や好意といった感情が表に出ることは滅多とない。
たっぷり一時間程、罵倒を続けた彼らだったが、流石に暴言のレパートリーと体力に限界が訪れる。過程こそ違っていたが、勝負の結果はいつも通りの引き分けに終わった。
「あー。疲れた……」
「てめぇがしつけぇからだぞ」
その場に座りこみ、呻き声をあげたギャモンにカイトが返す。
彼の言葉を皮切りに、第二ラウンドが始まってもおかしくはなかったのだが、限界を迎えたばかりの彼らだ。互いを一睨みするだけに終わる。
「で、何かわかったか?」
ギャモンが問いかける。
先ほどまでカイトが壁を確認していたので、その結果を尋ねるものだ。
「何もねぇってことがわかっただけだった。
隠し扉も、パネルも何もない。
そっちは?」
「こっちも似たようなもんだ。
暗号もなけりゃ、あぶり出しも、すかしもねぇ」
紙にも部屋にも仕掛けは見当たらなかった。
これは、いよいよ紙に書かれていたことの信憑性が増す。閉じ込められた彼らとしては、そこに書かれている文面など、虚偽であった方が真実なんぞよりもずっと喜ばしいことだというのに。
二人の間に沈黙が下りる。
とは言っても、絶望に満ちた沈黙ではない。彼らの頭の中では、現状を打開するための案が練られていた。伊達に命を賭けたパズルを解いてきたわけではない。多少のことで希望を投げ捨てるようなマネはしない。
特に、カイトはかつて装着していたオルペウスリングの影響で、常人よりも頭の回転が早い。目の前の難関に意識を集中させるなど、造作もないことだった。
カイトは部屋中を歩きまわり始めた。
触れていない壁、トイレ、その他部屋に置かれている数々の物品を見ていく。
対して、ギャモンは同じ場所に座ったままだった。しかし、彼の鋭い目は忙しなく動き、部屋を観察している。
真っ白な部屋、一つだけある扉、ジャンルを問わず置かれている品々。
ふと、ギャモンはあることに気づいた。
「……食糧がねぇ」
小さな呟きは、集中力を極限まで高めているカイトには届かない。
ギャモンは立ち上がり、改めて室内を見渡す。テーブルや椅子、紙にペン、ボールからぬいぐるみまで、様々なものが無造作に置かれているが、そのどこにも飲食物は見当たらない。
それに気づいた瞬間、ギャモンは背中に嫌な汗をかいた。
彼はカイトとは違い、パズルの声などは聞こえない。だが、この場所の声ならばハッキリと聞こえた気がした。
死ね。
単純明快で、恐ろしい切れ味を持った声。
穢れのない白で作られている部屋が、鮮血と汚物に染まった拷問部屋にすら見えてくる。
「やっぱり、何もねぇ。
この場所も、閉じ込められた理由も、なーんにもわかんねぇ」
部屋を調べつくしてしまったのか、カイトは頭を掻きながら、立ち尽くしているギャモンのもとに近づいてくる。
パズルの申し子とも言えるカイトが調べ、観察した結果だ。この場所がパズルによって構築されているものではないのは、ほぼ確定したといっていいだろう。つまり、カイトとギャモンは、単純に監禁されている、ということだ。
「どうする?」
独りでないことの利点は、頭が二つあることだ。カイトは素直に問いかけを投げる。
「……ひとまず、その辺のもんで壁をぶち破ってみるか。
ま、そのうち助けがくるかもしんねぇしな」
抱いた不安を打ち消すように、ギャモンはカイトの問いに返事をした。
ここがどこなのかはわからないが、外の世界にいるであろう仲間達ならば、カイトとギャモンが行方不明になったとすぐ気づき、行動してくれるだろう。特に、カイトに関しては、ルークやフリーセルといった、多少常軌を逸した執着を持たれたこともある友人達がいる。彼らはそれなりに地位や力を持った存在だ。どうにかして二人を見つけてくれる可能性は少なくないだろう。
「でもよー。ノノハ達が無事かもわかんねぇじゃねーか」
手短にあった鉄パイプを手にしたギャモンに、カイトがぼやく。その顔には、わずかだが不安の色が浮かんでいる。
それは、誰も助けにきてくれないかもしれない、という不安ではない。仲間の誰かが、今この時、命の危機にさらされているかもしれない、という不安だ。
今までにも、カイトの目の前で、時には知らぬところで、仲間が危険な目にあっていたことはあった。大抵の場合、カイトは仲間を信じているので心配はしない。彼の仲間は、性質は違えども皆パズルに通ずるところのある者達ばかりだ。唯一、パズルと得意としないノノハとて、誰かと組めば自慢の記憶力をフルに発揮する。
けれど、カイト自身が置かれている現状を踏まえれば、仲間達にもパズルが関係しない危機が訪れていても不思議ではない。
「大丈夫に決まってんだろ」
カイトの髪が乱暴にかき混ぜられる。
「ノノハも、キュー太郎も、アナも、誰も彼も、そう簡単にくたばるような連中じゃねぇだろ。
オレ達だって、黙って助けを待つわけじゃねぇ。何か思いついたらとっとと脱出して、他の連中を助けりゃいいだけの話だ」
身長の差か、兄弟の有無の差か、ギャモンは時々、カイトよりもずっと大人びて見える。それは主に、ギャモンが他者の心配をしているときだ。普段、カイトと共に馬鹿なことをやらかしたり、口にしあったりしている時からは想像もつかない雰囲気がそこにある。
頭を撫でる乱暴な手つきに、いつものカイトならば即刻、憎まれ口を叩いたはずだ。
「……あ? どうした?」
ギャモンは手を止め、怪訝な顔をカイトに向ける。
されるがままになっているカイトなど、珍しいを通りこして気味が悪い。
「……何でもねぇ!
それより、とっとと、壁をぶち壊しちまおうぜ!」
一度目を閉じ、次にそれが開かれたときには、すっかりいつものカイトだった。
彼は手短なところにあった物を手に取ると、小走りでギャモンから離れる。別の壁を殴るつもりなのだろう。
明らかに何かある様子のカイトは気になったが、それに構っている場合でもない。ギャモンは軽く肩をすくめるだけにとどめ、己の目の前にある壁を破壊することに集中した。
ギャモンが壁を殴りつける音が部屋に響き始めると、カイトはそっと息を吐いた。
「なーんか。敵わねぇんだよなぁ」
思い出すのは、先ほどのギャモン。大人びて、到底同年代であるとは思えぬ彼だ
。それは、今までにも、何度か見て、体験したことのあるものだった。だが、そこに付属される記憶は、カイトにとって苦い物であることが多い。
例えば、ギャモンが敵になってしまったとき。例えば、ギャモンがパズルを捨てようとしたとき。
大好きなパズルが関わっていたとしても、極力は記憶の底に沈めておきたいものばかりだ。だから、この場で見てしまったことが不安で、苦しい。
カイトは手にした物を振りあげ、壁に叩きつける。
この壁さえ壊れてしまえば、不安からも苦しみからも解放されるはずだ。ただ、それだけを望んで、カイトは何度も腕を振った。
密室に閉じ込められて、一日と十数時間が経った。
壁が傷つく様子すら見せず、助けが来る気配もない。
現在、二人は部屋の真ん中で体を横たえていた。
「あー。疲れたー」
「腕が筋肉痛になっちまったぜ」
常日頃から体は鍛えているのだが、それでも限界というものは付きまとう。日がな一日腕を振っていれば筋肉痛にもなるというものだ。加えていえば、閉じ込められてから何も口にしていないというのもこたえる。
通常、人間は三日ほど何も飲まなければ死に至るとされている。タイムリミットは近い。
「……パズル、してぇなぁ」
白い天井を見ながらカイトが零す。
日常生活にパズルが組み込まれている彼からすれば、パズルがない生活というのは味気なく、苦痛に満ちている。簡単なもので、雑なものでもいい。パズルを解きたい、見たい、という欲求が生まれてくるのは必然だった。
目を閉じ、過去に触れてきたパズル達を思い浮かべる。命が奪われそうになったことも多いのだが、過ぎてしまえばどれも良いパズル達だった。
不意に、カイトの隣にいたギャモンが体を起こした。
「ギャモン……?」
頭に疑問符を浮かべる。
彼の体もカイトと同様に疲れきっているはずだ。体を持ちあげ、何をしようというのだろうか。
「作ってやるよ」
グレーの瞳がカイトを映している。
「へ?」
「パズル。やりてぇんだろ?」
ギャモンは挑発的に口元をあげた。
彼はソルヴァーであり、ギヴァーで、カイトと同じパズル馬鹿だ。求める者がいるならば、作り出すのは当然のこと。
「――おう!」
カイトも勢いよく上半身をあげ、笑みを浮かべる。
彼は、ギャモンのパズルが好きだった。
素直ではない本人とは違い、真っ直ぐなパズル。解かれることに喜びの声をあげ、解いた人間に好意と愛を囁くような、優しくも楽しいパズルを愛さぬソルヴァーはいない。
手始めに、ギャモンは紙とペンを使い、お得意のナンプレを作り上げる。短時間で製作したため、難易度はいつもより下がっているが、それでも単純に解くことができないようになっている辺り、彼の意地の悪さが出ている。
「ほらよ」
「おー! パズルだ!
やっぱパズルはいいよな!」
手渡されたナンプレに目を輝かせながら、カイトは空いたマス目を埋めていく。その間に、ギャモンは更なるパズルを作り上げる。今度はゆっくりと時間をかけて、勝負に勝つつもりで。
何度かそれが繰り返される。カイトがパズルを解く間に、ギャモンが難易度を上げたものを新たに作る。単純な繰り返しだが、二人はそれが楽しくてしかたがなかった。
壁を殴るだけの時間よりも、パズルを解く時間が過ぎる方がずっと早い。残念なことに、部屋には時計がなく、窓もないので時間の経過は計れなかったけれど。
「よし。じゃあ、これが最期のパズルだ」
ギャモンが言う。
出されたのは、今までのパズルとは明らかにかってが違っていた。
今までのパズルは一人用のものだったが、今回のパズルは対戦用だ。つまり、ソルヴァーとソルヴァーの戦いになる。
「お前とパズルで戦うの、久しぶりだな」
「完膚なきまでボッコボッコにしてやるよ」
互いにライバルである二人だが、基本的に勝負の方法は早食いだとか競争だとか、パズルが関係したとしても、どちらが先に解けるか、というものだった。対戦用のパズルを使って戦うのは、ギャモンがPOGに入ったとき以来だ。
「じゃあ、ルールを説明するぜ」
ギャモンの口からパズルのルールが説明される。聞いているだけでもワクワクしてしまうようなパズルだ。
早く解きたい、早く戦いたい、とカイトの目が輝いていたのだろう。ギャモンは楽しそうに笑い、パズルタイムのスタートを口にした。
勝負は一進一退を繰り返し、互いの力と感情を高めあった。いつまでもこの時間を楽しむことができれば、と思うほどの高揚感。しかし、勝負には決着がつきものだ。永遠の時間などはありえない。
終わりが訪れる。カイトがその最後の一手を打ち込んだ瞬間だった。
「――っ?!」
カイトの頭に鋭い痛みが走る。瞬間、目の前にある現実とは違う映像が脳に流れた。
「ちっ! しかたねぇなぁ」
ギャモンの悔しそうな声と舌打ちがカイトの耳に届く。
慌ててパズルを見れば、カイトの勝利で終わっていた。これで、ギャモンの連敗記録は更新されてしまったことになる。
カイトは勝利を喜ぼうと、顔に力を入れたのだが上手く笑えない。ライバルに勝ったのだから、嬉しくないはずがないのに。先ほど、一瞬だけ脳に流れた映像は、あまりにも不鮮明で上手く思い出すことができない。だが、笑えない原因は間違いなくそれだった。
様子のおかしいカイトを無視して、ギャモンは立ち上がる。そのまま背中をぐっと伸ばすと、背骨が音をたてた。長時間、パズルを製作し続けていたのだから、当然といえば当然のことだ。
「おい?」
カイトが声を上げた。
立ち上がったギャモンが、そのままどこかへ行こうとしていたのだ。
「あ?」
「どこ、行くんだよ」
この部屋の中で、行ける場所など一つしかないはずなのに、カイトは尋ねずにはいられなかった。
「便所に決まってんだろ」
案の定、ギャモンは眉を寄せて返事をよこした。
他に行き場などないのだから、彼の返しに怪しいところはない。
「だよ、な……」
カイトは視線を彷徨わせる。
己は何を言っているのだろうか。
「しっかしよぉ」
ギャモンはトイレのドアノブに手をかけ、顔だけカイトへ向ける。
「悔しいが、てめぇには負けてばっかだ。
命を助けられたこともある」
カイトの脳が、ちりっと音をたてた。
ギャモンの言葉に嘘はない。大抵のパズルではカイトが勝ってきているし、その中で命を救ったこともある。だが、逆ノ上ギャモンという男は、それを素直に認め、口にするようなプライドを持っていないはずだ。
「借り、きっちり返してやるよ」
挑発的な笑みは今まで見てきたものと同じはずなのに、発せられている雰囲気はいつもと同じではない。
カイトの脳が警鐘を鳴らし、彼自身が何かを口にしようとする。だが、その一歩手前で、ギャモンはトイレの中に入り、ドアを閉めてしまった。そのときだった。
目の前の現実とは違う映像が、今度は鮮明に脳に送られ、カイトの視界に収まる。
「ギャモン!」
カイトは床を蹴り、トイレのドアを何度も叩く。
「おい! 出てこい!」
力一杯に殴りつける。
ドアを壊してやろうという意思さえ感じられる。
「ふざけんな! おい! やめろ!」
悲鳴のようにカイトは声を上げる。
彼が見たのは、この密室から解放される映像だったのだ。
「何で! わけわかんねぇよ!
頼むから! やめてくれ!」
かつて、カイトは腕に嵌めていたオルペウスリングによって未来を見たことがあった。周囲の情報を元に、未来を予測するという、ある意味では科学的根拠のある未来予知。リングから解放されて以後、予知を見ることはなくなっていた。しかし、つい先ほど見た映像は、間違いなくリングを嵌めていたときに見たものと同じ。つまりは、予知だ。
生きたカイトと密室からの解放。
この二つが意味するところは、ギャモンの死だ。
「出てこいって! なあ! ギャモン!」
極限にまで引き上げられた脳は、カイトに予知の裏づけを示し始める。
パズルに負けたのに、次は勝つ、と言わなかったギャモン。
最期、という言葉に込められた含み。
きっちり返す、と言われたのは、命を救ってもらったことに対する借りだった。
「う、っせーんだ、よ」
ドアを隔てて、くぐもった声が聞こえた。
「ギャモン!」
カイトはドアノブを無茶苦茶に回すが、内側から鍵がかけられており、開けることは叶わない。
「お前、ミハルちゃんはどうするんだ!」
「POGに入ったときの、契約が、ある……。
あいつに、くろうは……させねぇ」
自身がしていることを隠しとおすことはできない、と思ったのだろう。ギャモンは己の死を隠そうとはしなかった。
「馬鹿野郎! たった一人の身内をなくす苦しみを与えるつもりか!
とんだ妹不幸もんだぜ!」
「いい、んだ。どうせ、おれは……POGに、入ったとき、死を、覚悟していた」
あの時、ギャモンは妹の悲しみよりも、己の気持ちを優先した。
今後、生活に困ることはないとわかっていても、兄の死を知ればミハルが嘆き悲しむと知っていながらも、止まることはできなかった。あの罪悪感から、カイトとルークの戦いが終わった後は、ミハルをめいっぱい甘やかさせてやった。
しかし、本来ならばあの時点で、ギャモンはすでに兄としての権利を失っているのだ。悪い、とは思うが、今さら兄という立場を惜しむつもりはない。
「お前には、三度……命を、救われた」
賢者のパズルで一度、愚者のパズルで一度、ギャモン自身が作り上げたパズルで一度。
心が救われたこともあった。生活のためだけにパズルを作り、解いていたギャモンに、パズルを愛する心を思い出させてくれた。カイトと出会い、パズルを楽しんだ時間は、幸せだった。
「だから……。今度は――」
「オレだって! お前に救われたことくらいある!
大体、そんなことを気にするようなガラでもねぇだろ!
くそっ! ふざけんな……。ふざけんなぁ!」
カイトの目から大粒の涙が零れた。
たった一枚のドアだ。その向こうで、大切な仲間が死にかかっているというのに、カイトには何もできない。どれだけパズルが解けたところで、ドアを越えることはできない。
ガチ、と音がした。
カイトが振り向くと、向かいの壁に、なかったはずの扉がある。
「なあ、おい……。
ギャモン……?」
震えた声で呼びかけ、彼の爪が力なくトイレのドアを引っかく。
しかし、返事がよこされることは、なかった。
END