登場キャラ
『GREGORY HORROR SHOW』より「パブリックフォン」
さまよえる魂(現実世界での苦悩や無気力感によりこのような状態になる様子。現実世界で死んでいるとは限らない)が訪れる世界。
霧のかかる森とそこに建っているホテルがメイン舞台。
精神力がものをいう。
この世界の住人は狂気的。
原作設定
赤い公衆電話
金の亡者
詐欺師
私設定⇒
『GOD EATER』より「藤木コウタ」
異形の化け物(アラガミ)が跋扈する荒廃した世界。
アラガミを倒せるのは特殊な細胞と武器(神器)を持ったゴッドイーターのみ。
銃使い
お調子者
家族(妹と母)思いの少年
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目を開けたら、そこは薄っすらと霧のかかった、緑あふれる場所だった。
湿った土の匂いがコウタの鼻腔をくすぐる。
「……いや、いやいやいや!
どこ! ここ、どこよ!!」
数拍の間をおいて、コウタは悲鳴にも似た叫び声をあげた。
彼の記憶では、己はつい先ほどまで自室で大好きなアニメ、バカラリーを見ていたはずだ。間違っても、こんな緑豊かな野外に出た覚えはない。
第一、コウタはこんな場所を知らない。
アラガミ討伐任務に駆り出され、さまざまなところに足を踏み入れたものの、今いるような場所は初めてだ。そもそも、今の世界に、このような穏やかな空間があるとも思えない。生まれて十数年、広い世界の全てを知っているとは言えずとも、コウタ自身が知る世界は、アラガミに蹂躙され、荒廃し、人工と自然が奇妙に侵食しあいながら、常に緊迫感のある空気を保っている。だから、人工物が見当たらぬ緑ばかりの風景も、アラガミが垂れ流している殺気にも似た捕食本能を感じないなど、ありえないことなのだ。
コウタは生唾を飲み込み、手の中にある重みを確認する。
何がどうしてこんなところにいるのかは検討もつかないが、自身の神器があるのはありがたい。何が起こったとしても、生き延びることくらいはできるはずだ。否、できなければならない。どのような目にあっても生き延びる。それが、コウタの所属する第一部隊の決まりだ。
「索敵を開始する」
誰に言うでもなく呟く。
物音を立てぬように慎重に、生き物の気配をすぐに感じ取れるように感覚は最大限に、視界不良の中でも見落とさぬように集中して。
基本的に任務は四人一組で行われる。特に、コウタのような偵察兵ならば必ず同行者がつく。しかし、対アラガミにおいてはイレギュラーが起こらないほうが珍しい。仲間と分断されることは少なくなく、そのため、いかに偵察兵といえども一人で戦い、生き抜く術を肌で学ぶこととなる。
学びたくもないような感覚ばかりだったが、今の状況を思えばありがたいことだったのかもしれない。
「……本当、どこなんだ、ここは」
押し殺した声は、自然の中に響くことなく静かに土に染み込んだ。
生き物の気配がない。植物が呼吸をしている様子さえ見られない。一見、平和にも見えるが、その実、とんでもなく不安定でまがまがしい。
まるで、死んだ世界だ。
「――っ!」
つまらないことを考えてしまったと同時に息が詰まる。
ここが死んだ世界だとするならば、気づいたらここにいた己はどうなのだろうか。もしかすると、自室にいたという記憶さえ間違いで、本当のところは、戦場でアラガミに殺されてしまったのかもしれない。あそこでは、いつ、誰が死んでもおかしくないのだから。
「ち、がう……。
違う、違う! オレは死んだりなんてしてない!」
必死に頭を振って否定する。
まだ生きていたい。母と妹を、ようやく仲間になれた面々を残して自分だけ死ぬなどありえない。
不安に詰まった息をゆっくりと吐き出し、また吸い込む。冷静でなければ戦場では生き残れない。数々の修羅場を越えて学んだことの一つだ。
途端、コウタの耳に物音が届いた。人か、動物か、アラガミか。何にせよ警戒するに越したことはない。コウタは神器を握る手に力をこめる。トリガーはいつでも引けるように指をかけた。
同じような音が数度聞こえ、こちらに向かってきているらしいことを知る。コウタの存在に気づいているのかまではわからない。
一歩、二歩、三歩。少なくとも二足歩行の生き物であるらしいと判断できた。できれば人間であればいい。それも、話ができるタイプの。
仲間に能天気な男だと評されたことのあるコウタだが、この場面において、こちらにやってくる者を無条件に信用するほどお人よしではない。
ロクでもない人間だって、世界にはごろごろしている。足音の主がそうでないとは言い切れないのだから。
「止まれ!」
人間であることを祈りつつ、コウタは飛び出した。
先手必勝。相手の姿を確認する時間さえ惜しんだ末の行動だ。
「……あ?」
訝しげな声をあげたのは、コウタの目の前にいる男。つまり、物音の主。
第一の願い、人間である、という点は叶えられたらしいことに、コウタは相手に気づかれぬようにほっと息を吐いた。ただし、警戒は未だに解くことはできない。むしろ、相手の姿、様子を認識したからこそ、解けない。
眉をひそめ、コウタを見ている男は、見たところコウタよりも多少年齢が上、といったところだ。真っ赤な髪と、それと同色の服が目に痛い。
態度の悪いその男は、現状において怯んだ様子をまったく見せていなかった。
コウタは銃口を向けている。引き金一つで、男の体にできてはならぬ穴ができる。それを知っているのかいないのか、男は首を傾げる程度の動作しか見せていない。
「お前、何でこんなところにいるんだ?」
そんなことはコウタの方が知りたい。
思いが表情に出ていたのか、男は面倒くさそうに頭を掻く。
「あー。お前、ここがどこかわかってねぇのか。
まあ、そうだろうな。お前、こっちにくるような魂には見えねぇし」
「は? 魂?
つか。こっちって何だよ」
やはり己は死んでしまったのだろうか。
コウタの背筋に冷たい汗が流れる。
「こっちはこっちだ。
オレも詳しくは知らねぇ。知りたいなら、グレゴリー辺りにでも聞けばいいんじゃねーの?
ただ、お前みたいな真っ直ぐで、狂いも絶望もしてねぇような魂がこっちにきてるのは初めて見た」
顎に手を当て、男はじろじろとコウタを観察し始める。彼の目には、突きつけられている銃口など見えていないのかもしれない。そう思わせるほど、彼の視線は不躾なものだった。
しばしの観察を終えると、男は納得したように手を叩いた。
「お前、マジの迷子か」
せっかくの言葉であるが、コウタには全く意味がわからない。
「迷子じゃねーよ! 気づいたらここにいたんだ!」
いい年をして迷子などと思われたくない一心で声を荒げる。
男はコウタの様子を気にするでもなく、へらへらと手を振った。
「そういう意味じゃねーよ。
ここに来る魂のことを「さまよえる魂」っつーんだよ。
だけど、お前は本当に「迷い込んだ魂」なんだな、ってだけ」
んで、と舌なめずりをし、言葉を続ける。
「超、レア、だよなぁ」
銃身に男の手が置かれる。彼は身を乗り出すようにして、コウタの鼻先まで顔を近づけてきた。
拒絶しなければならない。頭ではそう思っているのに、体は思うように動かない。思わぬ事態、言葉の連続に、コウタの頭は体に伝令を送ることを放棄してしまっていたのだ。
「どうせすぐ還れるさ。
死神のおっさんが迎えにくれば。
なあ、それまで暇だろ? オレと遊ぼうぜ」
男の手がコウタの頬に触れ、ゆっくり撫でる。
低い声は耳から脳を犯すようであったし、心地良い響きにさえ感じられた。
コウタの周りにいる女性達は視覚から色香を伝えてくるのに対し、男は声や動作から色香を伝えてくる。同性が相手であったとしても色を感じることがあるのだ、と考え、コウタはふっと仲間の一人を思い出す。
同じ部隊に所属する男。当初は馬が合わず、喧嘩ばかりしていた。それでも、時折感じる哀愁や寂しげな表情に心が揺れた。
過去の情景に思いを馳せたところで、コウタは我に返る。気づけば、男の唇が迫っていた。
「来るな!」
怒声と銃声が静かな森に響く。
トリガーを引きはしたが、あくまでも威嚇射撃だ。狙いは男の足元で、コウタの狙い通りの場所に当たった銃弾は地面を抉っていた。
銃声に多少は驚いたのか、コウタに迫っていた男の動きが止まる。
幾多の戦闘で培ってきた洞察力と反射神経を持ってして、コウタはその場から離れた。軽く跳躍するように後ろへ。そのまま体を反転させて駆けるための一歩を踏む。
「やめとけって」
背後の男がのんきな声をあげた。
人を簡単に殺すことができる武器をコウタが手にしており、扱うことができることもわかったはずなのに、彼はまったく気にしていないらしい。
「そっちにはオレ以上に頭のおかしい奴らばっかりだぞ。
オレにしとけよ。イイ思いだけさせてやるから」
本能的に、コウタは男の言葉が真実と嘘の半々だと知る。
きっと男は大そうな嘘つきなのだ。
人を騙すには、真実の中に嘘を混ぜるのが一番いいと聞く。
コウタには男の言葉のどこが真実でどこが嘘なのかまではわからない。それでも、嘘つきの言葉を信じてはいけない、という点だけは理解していたし、それだけで十分だった。もっと細かくてごちゃごちゃしたことは、リーダーや仲間達に任せておけば安心なのだから。
「あんただけはお断りだね!」
目的地もなくコウタは走り出す。
本能的な判断であったが、それは間違った選択ではない。
甘い蜜を見せた男は、その腹の底でコウタが堕ちることを望んでいた。ただ迷い込んだだけの彼が、ここの住人になれば、それはとても面白そうだ。きっと何もかもが極上に違いない。
体の味も、魂の味も、絶望の味も、何もかも。
「つれないなぁ」
男は笑いを含みながら呟くと腰にある受話器を手に取る。
「オレなら、あんたの知り合いに連絡を取ってやることだってできるのにさ」
彼の声は受話器を通して姿が見えなくなったコウタへ届けられた。この世界の住人として、永い年月を生きてきた男ならではの人ならざる技だ。
「死神のおっさんが迎えにくれば、って言ったけどさ、あのおっさん適当な性格してるし、いつになるかなんてわかったもんじゃねぇよ。
それまであんたがまともでいられるのかもわからない。
ならさ、今の間に色々話したい相手とかいるんじゃねーの?
ほら、家族とか、友達とか、好きな奴とかさ」
吐き出したくなるような甘さの言葉を垂れ流しながら、男はゆっくりと足を進める。茂みをいくつか抜けると、そこには赤い受話器を手にしたまま呆然と立ち尽くしているコウタがいた。
彼が手にしている受話器は、コードこそついているものの、その先はどこにも繋がっていない。一目でおかしな物体であることが認識できる代物だ。
「な?」
コウタの肩に男の手が置かれる。
軽く力を入れられているだけだというのに、コウタは肩から倒れこみ、沼の底に沈められるような感覚に陥った。このままでは駄目だ。その思いが恐怖心と一緒にわきあがった。
「このっ……!」
死ぬな。死にそうになったら逃げろ。そんで隠れろ。運が良かったら――。
コウタはかつてのリーダーから言い渡された言葉を反芻する。間近に迫っているのは、あの時のような肉体的な死ではなく、精神的なものだが、どちらでも同じことだ。
不意をついてぶっ殺せ。
生き延びるための鉄則。
迷いはなかった。神器を手にして戦場に出たならば、うだうだと迷っている暇などないのだ。
体をひねる。男がわずかに目を見開いたのを薄っすらと認識しつつ銃口を彼の頭に向けた。後は簡単。指先に力を入れ、引き金を引くだけ。
霧を裂くように銃声が上がった。
「――ハッ、ア……!」
知らずにつめていたらしい息を吐き出す。
コウタは眼下にある死体を見る。
銃弾を受けた男の頭は見るも無残な様だ。飛び散った血が男を汚しているが、もとより赤い男だ。よく回っていた口がないことを除けばさほど違和感はない。
「オ、レは……。
生きて帰る!」
待っている者がいる。
心を殺されるわけにはいかない。
己のために、待つ誰かのために、人を殺したのは始めてではない。ただ慣れないだけだ。吐きそうになるだけだ。
ぐるぐると気持ち悪くなる胸を誤魔化すように、コウタはその場から逃げ出した。どこに行くつもりもない。この場所、もしくは世界から離れたいだけ。
赤い男に口があったときに言っていたような迎えが本当にくるのであれば、一刻も早く着てほしい。それまではどうにか生きてみせるから。
コウタは胸の中でそんなことを呟き、霧の中へと消えていく。
彼は知らなかったのだ。
この世界では精神のみが全てを左右することを。
地面に伏していた男の指がかすかに動く。
「何やってんだ?
パブリックフォン」
赤い男の隣に黄色の男が立つ。
伏していた体はそのままに、腕だけが大したことではない、とでも言いたげに軽く振られていた。
END