<テーマ:休日>

青祓(燐+メフィスト)


 『弟』というものを愛しく思い始めたのはいつからだったか。
 メフィストは、自分の隣でもんじゃを頬張る燐を見ながら考える。無論、愛しいという感情は、恋人としてのそれではなく、家族としてのものだ。
 虚無界にいたころは、この様な感情を持っていなかった。ただ戦いを好み、血肉を好み、時に人間に対する嫉妬と優越感だけを持っていた。この感情は、こちらの世界にきてから得たものだ。
「ん? あんたは食わねぇの?」
「あなたがあまりにもいい食べっぷりなんで、見とれていたんですよ」
 小さく首を傾げる仕草に、頭を撫でてやりたくなる。
 自分の感情を隠すように、溜息を一つ吐いてヘラを持つ。ここのもんじゃはメフィストも大好物の一つだ。弟とはいえ、易々とすべてを与えるわけにはいかない。
 メフィストが食べ始めたのを見て、燐も再びもんじゃを頬張り始める。
 いつか、アマイモンを交えて食事ができればと遠い未来に思いをはせる。昔は、それこそ父の元で生きていたころでは考えられない思考だ。誰かと食事をするというただそれだけの行為に、これほどまで満たされる。
 変わってしまった自分を嫌うことはない。それどころか、好ましいとさえ思っている。
「おや、口の周りについていますよ」
「え、どこ?」
 見当違いの場所を拭い始めた弟に、小さく笑みをこぼす。
「しかたないですね」
 テーブルに設置させれているナフキンを手にし、口の周りについているものを拭う。ゆっくり食べなさいと諭し、燐の口元から手を離した。
「へへ。サンキュー」
 照れくさそうに笑い、礼の言葉を述べる。尻尾は隠されており、メフィストの目にも映っていないが、もしも隠されていなければ勢いよく振り回されているのが見えただろう。
 燐を本当の子供として愛していた獅郎の気持ちがよくわかる。いや、わかるからこそ、情がわく前に殺してしまおうとさえ思った。
「いつまでもお子様気分じゃ困りますよー?」
「わかってるって」
 彼は子供扱いされるのが嫌いだ。おそらくは、義父であった獅郎を思い出すのだろう。燐はどこまでいっても彼の息子だ。獅郎以外の誰をも父とすることはないだろう。
 とすれば、燐の兄である自分も獅郎の子供なのだろうかと思う。想像してみると、「お前みたいな息子はいらねぇ」と、しかめっ面している獅郎が容易く思い浮かぶ。
 死人に対して失礼かもしれないが、あまりにもリアルな想像にメフィストは思わず噴き出した。
「ど、どーしたんだ?」
 目を丸くしている末弟に、失礼しましたと謝罪をする。何を思い出していたのかと問われるが、答えられるはずがない。彼は獅郎のことを馬鹿にされるのを嫌うし、メフィストがサタンの息子だということを知らない。
「まあ、あなたが立派な祓魔師になれたら教えてあげますよ」
 ウインクをして燐の疑問攻撃から逃げ出す。ふてくされた顔を見てから、一瞬、メフィストは目を鋭く細める。
 守らなければならないと、改めて心に刻んだのだ。人間として生きてきた燐を、魔王のものにするわけにはいかない。もし、そうなってしまえばこの笑みも、光景も消えてなくなる。
「燐」
「ふへ?」
 いつもとは違う声色に、リンは間の抜けた声を上げた。
「早く、強くなりなさい」
 守るという気持ちだけでは、どうにもできない事態もある。本当の危険とは、彼を守る者が近くにいないときだ。その時に、自ら戦える力が必要になる。
「お、おう……?」
 要領を得ない頷きではあったが、メフィストは満足げにほほ笑んだ。元々答えはわかっている。今回の質問は確認と、少しでも早くとせかす気持ちからのものだ。
 彼が未だに力を制御しきれていないことも、成熟に時間がかかるだろうこともわかっている。
 それまでが危険だというのならば、燐が力をつけるまではずっと守ってやればいい。それが、兄としての役目だろう。
 それが例え、父を敵に回したとしても、だ。


END




GHS(G審)


 珍しく、審判小僧は悩んでいた。
 いつものように朝起きて隠れる。理由は簡単。親分、もとい訓練から逃げる毎日の行為だ。
「うーん」
 しかし、今日はいつもと違う。
 ゴールドが探しにこないのだ。気配もなければ、怒声も聞こえない。いつもならば、そろそろ自分を探す声が聞こえてくるはずだ。最近はいい隠れ場所を見つけたので、滅多に見つかることがない。訓練の時間を浪費させているのは申し訳ないと思うが、それはそれだ。
 とにかく、今日はどこかおかしい。とうとう呆れられたのかもしれない。ありえないことではなかった。審判小僧は普段からサボり、逃亡、文句、と優等生とは程遠い存在だった。先輩の審判小僧達が優等生ばかりなだけに、彼の心は重い。
「もしかして押して駄目なら引いてみろ作戦?」
 おどけた口調で言ってみるが、心は晴れない。ゴールドがどのような理由で審判小僧を探さないのか、それは本人にしかわからない。唐突に手を離された方としては、不安で胸がそわそわし通しだ。
 歩くほどのスペースがないので、指をくるくると動かして気持ちを落ち着けようと努力する。
 けれど、頭の中は過去のことを思い起こすばかりで、落ち着こうとはしてくれない。サボったことや、怒られたこと、呆れたため息に、悲しそうな瞳。そのどれもがゴールドと審判小僧の関係の危うさを示しているようだ。痛んだ胸をギュッと握り締める。呼吸ができなくなるほどの不安が圧しかかる。
「お、やぶん……」
 小さな嗚咽が漏れた。
 そこで始めて、審判小僧は自分の目から涙が溢れていることに気がついた。
 今からでも間に合うのか、と心が尋ねた。もう遅い、と脳が答えた。それでも希望を捨てることなんてできない。審判小僧は隠れていた場所から抜け出す。ゴールドや先輩が訓練をしている部屋へ行けば、まだ受け入れてくれるかもしれない。そんな一抹の希望だけを胸に込める。
「こんな顔じゃ行けないよね」
 目をこする。おそらく赤くなっているだろう。せめて、涙の跡だけでも消してしまおうと、審判小僧は浴場へ向かって足を進める。その間、誰にも会わずに済んだのは幸いとしかいえない。
 もう子供ではないのだから、ゴールドに探してもらえなかったという些細な理由で泣いてしまったという事実は隠しておきたい。
「――名無し?」
 だというのに、あと一歩で顔を洗えるというところで声がかけられた。それも、『名無し』と彼のことを呼ぶ人物は限られている。
 わずかな絶望と共に、声の方を向く。
「親分……」
 そこにあったのは、見間違えるはずもないゴールドの姿だった。
「泣いているのかい? どうしたんだ。私に言ってみなさい」
 審判小僧の手より少し大きなそれが目じりに伸ばされる。暖かい手は、審判小僧の涙を拭う。合わせられた視線は、いつもと変わらぬ優しさがある。それを見ていると、ある種の安心感からか、再び涙が溢れてきた。
 ポロポロと零される大粒の涙に、ゴールドは困ったように眉を下げる。
「本当に、どうしたんだい」
 優しく抱き閉められても、答えを紡ぐことができない。ゴールドの真意を尋ねるには、審判小僧の胸の内の不安は大きすぎた。本当にもう見捨てられていたならば、と考えるだけで消えてしまいそうになる。
「まったく……。いつまでも子供だね。
 今日は訓練が休みなのに、顔を出しにこないからどうしたのかって思ってたけど……」
「え?」
 ゴールドの言葉に、審判小僧は思わず声を出す。
 親愛なる親分は何を言ったのだろうか。審判小僧の脳は活発に働きはじめる。
「ん? キミは休みの日はいつも、私のところに来るじゃないか」
 その言葉に間違いはない。ゴールドのことは大好きな審判小僧なので、休みの日は鬱陶しくなるほどまとわりつくのが常だ。ゴールドもそれを悪く思っていないのか、いつも受け入れてくれる。
「……休み?」
「この間伝えただろ?」
 少しして、審判小僧の脳は欲する記憶を呼び起こした。
 確かに、今日という日は訓練が休みの日だ。当然、ゴールドが審判小僧を探す理由もない日だ。
「う、うわあ!」
 勘違いをしていただけ。という事実に審判小僧の顔は赤くなる。心臓は羞恥で激しく動き、やっと動き始めた脳も活動をやめる。混乱を極めた審判小僧は、ゴールドを突き飛ばす。まさか弟子に突き飛ばされると思っていなかったゴールドは目を白黒させた。
 驚いているその顔を見て、審判小僧は走りだした。目的地などはないが、とにかく頭を冷やせる場所を探そうと本能が叫んだ。
「あ、待ちなさい!」
 何が起こったのかはわからなかったが、審判小僧の身に何かあったらしい。ということだけを理解したゴールドは、彼の背中を追いかけた。
 こうして、今日も親分と弟子の追いかけっこが始まる。


END




よんアザ(ベルアザ)


 悪魔に定休日などない。おかげで、毎日毎日不当な労働条件をつきつけられっぱなしだ。いい加減に飽き飽きしてしまう。
 故に、アザゼルは喜んだ。朝早くから送られてきたメールには、本日は休み。という言葉が確かにあったのだ。どれほど喜んだのかと問われれば、思わず舞い上がり、母親に怒られる程度には喜んだ。
「よっしゃ! 今日は可愛い姉ちゃんのとこ行こ!」
 尻尾を振り、意気揚々と携帯電話のアドレス帳を開く。誰のもとへ行こうかと、今日という時間に思いを馳せる。
 その途中、アザゼルの妄想を切り裂くように携帯電話が震えた。見れば、新着メールが一件。差出人はベルゼブブだった。アザゼルが休みなので、今日は事務所自体が休みということは、考えられないことではない。
 一瞬、何の用事なのかと顔をしかめる。無視してしまおうとも思ったが、後の報復が恐ろしい。
 どうするか悩んでいる間に、普段は電話を好むベルゼブブが、メールというまどろっこしいものを使ったことが気になった。いつもとは違う何かに好奇心を刺激され、アザゼルはメールを開くことにした。深呼吸をして、気持ちを落ち着けてから携帯電話を操作する。
『キミもお休みですか?』
 簡潔な文面に、同じく簡潔な文面を返す。打ったのは、せやでーという言葉だけだ。
 返信もしたということで、アザゼルは再びアドレス帳を開く。女グループを開いたところで、再びメールが来た。
「もー。何やねん」
 無視もできないので、再びメールを開く。
『今、何をしているんですか?』
 面倒なタイプの女のようなメールに、アザゼルは辟易とした顔をする。律儀に返信することにしたのは、彼は平然と人を殺しにかかるような悪魔だったからに他ならない。
「女の子に連絡するの。だからメールしてこんといて、っと」
 手早く返信して、邪魔が来ないうちにとアドレス帳を開く。先ほどから何度同じ画面を見ればいいのだろうか。
 今日という日を楽しむための女の子を吟味している時間などない。アザゼルは目についた女の子を選択し、通話ボタンを押す。メールは来なかった。まごうことない勝利に、アザゼルはうち震えた。
『ただいま、この電話番号は使われておりません』
 無機質な言葉が耳に入る。
「えっ?」
 呆然として、繰りかえされる無機質な音を聞く。何度聞いても、それは電話番号が使われていないことを伝えるためのものだ。
 元々騙されていたのか、捨てられたのか、もっと別の理由があるのか。そんなことはアザゼルにはわからない。彼にわかったのは、通話終了ボタンを押した直後に、メールを受信したことを知らせるバイブがなったことだけだ。
『数少ない休日を、そんなことに使うなんてキミらしいですね。予言して差し上げましょう。
 キミが連絡を取ろうとした女性は、電話番号を変えている』
「何でわかんねん!」
 思わず携帯電話を布団に叩きつける。
 よもや、全てを仕組んだのはベルゼブブなのではないかという疑心さえわいてくる。小さな疑いが大きく育ち、アザゼルは叩きつけた携帯電話を拾い上げ、返信画面を開く。
『ベーやん、何かした?』
 返信がくるまで、女の子に連絡を取る気分ではなくなってしまった。アザゼルは布団に転がり、携帯電話を眺める。アドレス帳を開き、女の子グループを開く。ずらりと並べられた女の子達の名前を見ながら、彼女達の顔を思い浮かべる。
 近頃、アクタベや佐久間にこき使われていたため、会うことが少なくなってしまっている。おかげで、何人かの女性は顔が思い出せなくなっていた。
「返信遅いなぁ……」
 全員の名前を確認し終わっても、ベルゼブブからの返信はなかった。
 先ほどまではメールがわずらわしかったというのに、今では早くこいと願っている。
 布団の上でゴロゴロとしてみるが、返信が来る気配は一向にない。いっそのこと、もう一人くらい女の子に連絡をとってみよう。そんなことを思い始めたときだった。携帯電話がメール受信を告げた。
「やっとかい!」
 嬉々とした声色でメールを開く。
『キミも、キミの周囲もわかりやすいんですよ。
 そうですね、キミは今、もう一人くらい女の子のところに連絡しようと思ったでしょう?』
「うわ! ベーやん怖いわ!」
 予言者も真っ青の当たりっぷりに、アザゼルは戦慄した。その驚きをそのままメールにしようと、返信画面を開いたところで、新しくメールが受信された。
 首を傾げつつ、新着メールを開く。新たなメールの差出人も、ベルゼブブだった。
「どないしたんやろ」
 別々に送られてきたメールに疑問を覚えながら、メールを開く。
『一緒に食事にでも行きませんか?』
 簡潔な文章。
 アザゼルは口角を上げた。
『ええよ』
 簡潔な返信をして、アザゼルは部屋を出た。


END



+オリジナル(勇者+ヒール)(別館に移動済みシリーズ)


 宿屋でカレンダーを見ていた勇者は、一言零した。
「今日は祝日だな」
「は?」
 何を言い出すのかと思い、ヒールは勇者が見ていたカレンダーを覗く。過ぎた日には斜線が入っており、今日という日が赤く書かれた日であることは一目でわかった。
 旅人には休日はない。もっと言えば、曜日もなければ月日もない。あるのは季節と年数程度のものだ。そのため、ヒールはカレンダーを見て始めて、今日が何日であるかを知った。
「まったく。祝日と気づかないとは、ニートのような奴だな」
「いや、ニートって何だよ」
「Not in Education, Employment or Training。略してNEETだ」
「どこの言語だよ」
「これだから低学歴は……」
「お前って、しょっちゅう意味のわからない言葉を使うよな」
 理解のできない言葉を多様する勇者に、ヒールはため息をつく。そもそも、勇者の話を真面目に聞こうとしたことが間違いなのかもしれない。
 まだヒールをからかおうと、言葉を続けている勇者を無視して、窓辺へと移動する。宿屋から見える街並みには、親子連れが多い。街についたときから疑問に思っていた光景だが、今日が祝日というのならば納得もできる。
 子供は教会での学びはなく、大人達も仕事の時間が短い。普段は家にいない父親など、いい家族サービスの機会とばかりに張りきっているのが見てとれた。
「なんだ。父親が恋しくなったか?」
 遠慮せずに、輪の中に入ってこいと、勇者は窓辺からヒールを押し出そうとする。ちなみに、彼らの部屋は二階にある。
「誰が恋しくなるか!」
 勇者の力に逆らうように、足に力を入れる。二階程度からの落下ならば、大したダメージもなく受け流すことができる自信があるが、それとこれとは話が別だ。
 腕にも力を込め、部屋の内側へと体を寄せる。純粋な力だけならば勝てると、ヒールが踏んだ瞬間、勇者の体が消えた。
「うおっ」
 勢いあまって床に倒れたヒールの腹を横に避けていた勇者が踏みつける。その顔と言ったら、魔王のそれである。
「てめぇ……」
「甘いんだよ。お前は」
 頭の中で何かが切れる音がした。
 ヒールは腹の上にあった勇者の足を掴み、彼の体とは逆の方へと引っ張る。勇者が体勢を崩したことを確認したヒールは、素早く立ち上がる。手には勇者の足を持ったままだ。ヒールは勇者の足を肩にかけ、背負い投げのような体勢をとる。
「頭から叩きつけてやるよ!」
 怒声と共に、勇者の体が持ち上がる。
「だから――。
 甘いんだよ」
 勇者は口角を上げた。
 叩きつけられる前に、自由な両手でヒールの頭を掴んだのだ。
 その結果、頭から、いや顔から床に叩きつけられたのはヒールだった。勇者は間一髪のところで、床とのキスを免れた。
「この野郎!」
「お客さん!」
 反撃をしようとしたヒールの動きを女将の声が止めた。
「うちを壊すつもりですか?! そんなことなら、出て行ってもらいますよ!」
 叱りつけた後、女将はすぐに部屋から出て行った。残されたのは、微妙な空気になってしまった二人だけだ。
「……怒られてやんのー」
「お前もだっつーの!」
 二人はいつも通りに喧嘩を再開した。
 彼らにとって、祝日とは何の意味もない日なのだ。


END
 



FVロマサガ2(四期メンバー)


 執務室には一人の男がいた。男はうめき声を上げながら机に突っ伏している。傍らには未だ処理されていない書類が山のように積み上げられている。
 男、マゼランは皇帝であり、それらをこなす義務がある。しかし、彼は書類仕事を嫌い、外でモンスターと戦っている方が楽しいという人間だった。故に、書類仕事は極力逃げて、逃げて、避けて、その結果が、現在の状況だった。自業自得である。
「よし。窓からこっそり――」
「逃げたら駄目ですよ陛下」
 執務室の扉が開き、隙間からユリシーズが釘を刺す。
 今日に限って、執務から逃げられない理由はこれだ。執務室と廊下を繋ぐ扉はユリシーズとジェイコブによって守られている。ちらり、と窓の外を見ると、下ではジェミニが何か歌を歌っていた。彼の歌声は人目を引いている。窓から逃げ出すことも難しいだろう。
「ちくしょー。今日は休日だろうが!」
「陛下が仕事を溜めるからですよ」
「オレ達だってせっかくの休みが潰れてるんですよ」
「……すまん」
 ユリシーズの殺気に、マゼランは素直に謝る。駄々をこねるのは簡単だが、どのような目に合わされるのかは想像もしたくない。
 仕事を済ませればいいのだと、気持ちを切り替えて書類を一枚手に取って見る。文字の羅列と判を押すスペース。文字の羅列はよく読まなければ、要点がわからない。数度読み、不備がないことを確認してから判を押す。
 たったそれだけのことにかかった時間と、これからこなさなければならない書類の山を見て拘束時間を考える。もはやため息も出ない。
「ちゃんとウォークしていマスカ?」
 二枚目の書類に目を通していると、ニヤケた面が執務室へ入ってきた。
「うるせぇ」
「oh。怖いデスネー」
 一見、邪魔をしにきたようにも見えるロナルドだが、その手には紅茶と茶菓子が乗ったトレーがある。
 元々はジェミニの横で窓からの脱出を見張っていたのだが、暇だったので様子見がてらにメイドが運ぼうとしていたトレーを受け取ってきたのだ。
 それほど仕事をしていたわけではないのだが、かぐわしい紅茶の香りと茶菓子の匂いは精神的に疲れてしまっていたマゼランの心を癒した。子供のような満面の笑みを浮かべ、マゼランはロナルドを歓迎した。
 普段ならばありえないことだ。
「……よほど参っていた見たいデスネェ」
「おー。オレには向いてねぇんだよ」
 茶菓子を頬張りながら、書類をひらひらさせる。
「だからあなたは皇帝陛下の器ではないんデスヨ」
「んだと」
「リアルですヨ」
 一気に殺気が膨れ上がる。お互いに、この程度の口喧嘩はいつものことであり、殺気もいつものことだ。
「喧嘩は駄目ですよ!}
 しかし、だからといって放置できるのかといえば、そうではない。執務室の外にいたジェイコブが顔を出す。その後ろには面倒そうなユリシーズがいる。
「陛下、さっさと終わらせてくださいよ」
「こいつが邪魔したんだ!」
「責任転嫁はバッドデスヨ」
「喧嘩は〜や〜め〜て〜」
 奏でるような声に、一同の動きが止まる。
 ユリシーズの後ろに、少年のような男がいる。
「ジェミニ?」
「何でここにいるんデスカ?」
 全員の疑問符に答えるため、ジェミニは口を開く。
「一人〜は、さ〜びしい〜」
「……ってことは」
 マゼランが駆けだした。
 ユリシーズが舌打ちをし、その後を追いかける。その行動の持つ意味を理解したロナルドやジェイコブもそれに続いたが、時すでに遅し。
「今日は休みだ!」
「ウェイト!」
 マゼランは窓を開け、外へと飛びだす。執務室は少々高い位置にあるのだが、モンスターと戦うために鍛えた体はその高さをものともしなかった。


END