力を持っているから、誰にも傷つけられない。というわけではない。
油断もすれば、弱点だってある。
そこをつかれれば、いかなる盾も崩れさる。
ヒールは自分の力に自信を持っていた。たいていのモンスターならば、一人でも倒せる。さすがに、ドラゴンクラスになると死を覚悟するが、ドラゴンなど、滅多なことではお目にかかれない。
そんなヒールは長い間、一人で旅を続けていたが、今では勇者と旅をしている。
共に旅をしてはいるが、共に戦うことはまずなかった。
勇者は戦うことを面倒だと言い切り、戦闘に参加することがない。
一方、ヒールは好戦的な性格のため、喜々として戦った。
一人で戦うことに不満はないのだが、あきらかに自分だけが肉体労働をさせられているというのは、納得できない。
「お前も戦え!!」
と主張してみるものの、勇者は平然と草笛なんて吹いている。
モンスターに囲まれた状況の中で、余裕を見せつけているのは、ある意味すさまじい。
習慣のような、お約束のような行動を繰り返していた。
いつもの通りにことが進んでいたとするならば、ヒールはモンスターを倒し、勇者が当然のようにご苦労。と声をかける。そしてヒールが怒り、一方的な口論をしながら先へ進む。
「おい。まだか?」
「うるせぇ。文句があるなら戦え」
珍しいことに、ヒールは苦戦していた。
モンスターの数もさることながら、その特性が非常に相性が悪かった。
ヒールが相手にしているモンスターは、死ぬと地面に張り付き、氷となるレアなモンスターだった。
倒せば倒すほど足場は悪くなり、辺りを氷の地面にしたモンスター達は、地面の代わりにヒールの足に張り付き、氷となった。
足が凍りついた程度でモンスターに殺られるほど、ヒールは弱くはなかった。
「あー。やってらんねぇ。
見てみろよ。あいつら、オレの腕まで凍らしやがった」
モンスターとの戦闘が終わったころには、ヒールの拳から肘までと、足先から太ももまでは、みごとに凍りついていた。
足は地面と一体化しており、自由に動くことができない。
魔法で一気に溶かそうとすれば、誤って体まで燃やしかねない。もともと、ヒールはあまり魔法がよくないのだ。
「いや〜面白い姿だな」
魔法を得意とする勇者は、慎重に氷を溶かそうとするヒールを嘲笑う。
「マジで死ね」
拳が握られた状態で魔法を使っているので、ヒールの額からはわずかに汗が流れていた。
通常、魔法は指先か手の平から出す。拳を握ったまま炎の使おうとすれば、手の平がじりじりと熱くなるのは当然だ。
それでも、拳の間から漏れだす熱でしか氷を溶かすことができない。
ヒールの前で遅いだの、下手くそだの文句を言っている勇者に頼むのは論外とする。
文句を言うならば、行ってしまえばいいのにとヒールはひそかに思った。
言葉にしなかったのは、本当に先に行かれたら困ると、心のどこかで思っていたから。
「――ああ、なるほどな」
突然、勇者が表情をなくして言った。何がなるほどなのかヒールには理解できなかったが、勇者の視線の先にあるものは大まかに理解していた。
勇者の視線の先、ヒールの背後。そこから大型モンスターの気配があった。
「う……ぁ……」
頭に強い衝撃を受けたヒールは、意識を飛ばした。
いまだ足は地面と一体化しているため、頭から地面に落ちようとしていたヒールの体を、勇者が素早く支えた。
「最強の僧侶様も、形無しだな」
薄く笑いながら言った勇者の瞳は楽しげに揺れている。
「あの雑魚モンスターはお前の手下か」
ヒールの氷を一瞬で溶かした勇者は、ヒールを少し離れたところへ放り投げた。
勇者の目は、目の前にいる巨大なモンスターに釘づけになっている。
おそらく、始めにヒールと戦っていたモンスターは、この巨大モンスターが楽に獲物を得るための存在なのだろう。
勇者は剣を召喚し、モンスターへと向ける。
「さあ、オレが相手だ」
まがまがしいオーラに、モンスターは怯えていた。
「ん……?」
ヒールが目を開けると、意識があった時とは全く違う風景があった。
「いいご身分だな」
そう言った勇者は、ヒールの体を凍りつかせていたモンスターを捕まえ、ヒールの体に引っ付くように殺していた。
「……何、してんだ」
「お前が油断するから、オレ様が戦うハメになったんだろうが」
その罰だといいながら、勇者はヒールの足を凍りつかせていく。
魔法を使わないだけ、良心的なのかもしれない。
「あー。悪かったな」
自分が油断したために招いた事態だということは認めざるえない。
「でも――」
ヒールは自分の足を見た。
「これをする必要はねぇだろ!!」
動かすことのできない足を指差し、ヒールは叫んだ。