【どこまでいっても絶望】
タクシーに乗った男が、運転手に尋ねる。
「ここは何なんだ」
運転手は答える。
「そんなこと、どうだっていいじゃないですか」
男はしばらく考えて、再び尋ねた。
「ここはもう嫌だ」
運転手は笑う。
「お好きにどうぞ」
彼にとって、男がどこに行こうが関係ない。
ただ、彼は方向音痴なので、結局はホテルに戻ることになる。
「嫌だ。嫌だ」
ずっとそうやって逃げてきたのだろう。
男は頭を抱える。
「現実に帰りたいんですか?」
尋ねる。
返事はない。
男もわかっているのだ。
ここにも現実にも居場所はない。
【二者択一】
二人は選んできた。
いつだってその答えは同じだ。
二人はとても仲が悪い。
だからこそ、何度も選び直した。
二人は愛していた。
唯一無二の愛情を向けていた。
二人は一人だった。
ただ愛した。
選んだ。
何度も何度も繰り返した。
「ロストドール」
誰かが呼ぶ。
「あたしは――」
女の子の首がぐるりの回った。
【嘘つき誰だ】
鍋がテーブルに置かれている。
中には紫色の何かが入っている。
「ここにあるのはシェフのスープにゃ」
ネコゾンビが言う。
「中に入ってるのは……」
「雑草と空き缶だな」
中をのぞき込んだのは、ミラーマンと審判小僧だ。
色が紫色なのは、今に始まったことではないので、無視しておく。
「誰かが悪戯したにゃ……」
肩を落とす。よく見れば、ネコゾンビの体についている縫い目が増えたような気がしないでもない。
悪戯に怒り狂ったシェフの犯行だろう。
ホテルの住人を見かけないのにも納得がいく。
「んで、オレらに犯人を探せってか」
ネコゾンビは頷いた。
真実を見極めることのできる審判小僧とミラーマンを呼んだのはそのためなのだ。
「――残念だけど、それは無理だよ」
悲しげに、しかしはっきりと審判小僧は告げる。
「どうしてにゃ」
「ボクが見るのは、その人の心。
ミラーマンが見るのは姿。
過去はTVフィッシュの領分だよ」
とは言え、自由気ままなTVフィッシュを捕まえ、尚且つ犯人を探させるのは不可能だろう。
三人は顔を突き合わせて、今後について悩む。いつまでもシェフの脅威に怯えてるわけにもいかない。
普段、部屋に引きこもっているミラーマンまで悩んでいるのは、ホテル中の鏡が割られる危険性があるからだ。
「あ?」
ふと、ミラーマンが鍋を覗く。
何かが視えた気がした。
「……」
少しばかり悩んで、マントを広げる。
彼のマントは、対象の真実の姿を映す鏡となるのだ。
「ミラーマン?」
ただのスープと空き缶達を映してどうするのかと、審判小僧とネコゾンビは一様に首を傾げる。
水鏡のように、始めは不明確だでた。それらが徐々に形を成す。
「これは――」
「たましい?」
そう呟いた横から、たましいが呻き声を上げながら近づいてくる。
誘われるように鍋に入ったそれは、空き缶となって浮かび上がる。
「科学反応?」
「むしろ、料理反応?」
【巡り巡って最初から】
「キャハハハ!
遊ぼうよ!」
小さな少年が跳ねる。
私は遊んであげようと思い、彼を追いかけた。
「キャハハハ!」
彼の笑い声だけが耳に響く。姿はもう見えない。
なんだ。遊んでほしいと言ったのは彼なのに。
私は釈然としない思いを抱え、あてがわれた部屋帰る。
一人旅の途中で見つけたホテルだが、ここは何かがおかしい。言いたくはないが、狂ってる。明日にでもチェックアウトしよう。
――そう思って何日目だ。
わからない。わからない。だけど、不思議と心地いいような気さえするのだ。
そんなわけないのに。
やはり、明日には帰ろう。家に帰って、親孝行でもしよう。
「キャハハハ! 回して、回して!」
声が聞こえる。
だけど、もう私は眠い。
「さいしょから!」
その声を最後に、私は意識を飛ばした。
「キャハハハ!
遊ぼうよ!」
小さな少年が跳ねる。
【愛ってなぁに】
ボーイが尋ねる。
「愛ってなんだろう」
キャサリンは答える。
「私が与えてあげるものよぉ」
ミイラパパは返す。
「お薬ですよ」
ミイラ坊やは繰り返す。
「お薬だよー!」
ロストドールは呟く。
「……奪わないこと」
カクタスガンマンは高らかに言う。
「セニョリータ達のためのものさ!」
カクタスガールは恥ずかしげに言う。
「可愛い人が貰えるのよ」
シェフは絞り出す。
「料理」
ネコゾンビはこぼす。
「ここにはないにゃ」
タクシーは告げる。
「世界の果てにありますよ。行きますか?」
パブリックフォンは紡ぐ。
「いらねぇもんだなー」
干からびた死体は囁く。
「君が持ってるよ。その体さ!」
ミラーマンは投げる。
「視たことねぇな」
エンジェルドッグは吐く。
「二分の一ね」
クロックマスターは口を開く。
「それもまた、時なのだ」
マイサンは口を大きく開く。
「学べばわかるよ」
ルーレット坊やは突きつける。
「そんなマスはないよ。どこにもね!」
プアーコンダクターは唱える。
「そーれは、聞き入れることさぁー」
インコはまくしたてる。
「そんなもん、ワイが知ってると思うか?ワイはずーっと、ここでコイツと二人っきりやで!?」
キンコはもごつく。
「拾ったこと、ないんだなぁ〜」
ジェームズははやし立てる。
「何、なーに?『あい』何てものが欲しいの〜?ニャハハハ!」
グレゴリーママは並べる。
「あんたの『目』でもえぐればいいんじゃないかい?ホホホ」
グレゴリーは語る。
「お客様、持っていらっしゃるではありませんか。立派な『I』を。ヒヒヒ」
ボーイは困ってしまった。
結局、愛が何かわからない。
そこへ、審判小僧がやってきた。
ボーイは言う。
「愛がわからないんだ」
審判小僧は朗々と述べる。
「大丈夫さ。
大抵の人間は愛を踏みにじって生きているんだから!」