うしとら(ヴァレンタイン)

 甘いチョコレートに思いを乗せて、愛する人へ送る日。その日はモテる人、モテない人。老若男女問わず訪れる。むろん、妖怪にだって、その日は訪れる。
「ほい。やる」
 簡潔な言葉と共にとらに投げ渡されたのは、むき出しのチョコレート。
 いびつな形をしているものの、確かにそれは甘いチョコレートの匂いをさせていた。
「…………なんだ?」
 だが、とらにとって、チョコレートの匂いというのは、近頃よく風に乗って香ることの多くなった甘い匂い。という認識でしかない。当然、ヴァレンタインデーなどというものは知らない。
「きょ、今日は、知りあいにチョコをあげる日なんだよっ!」
 視線を逸らし、頬を赤く染めているような顔でそんなことを言われても、説得力がなかった。
 うしおの性格をよく知っているとらは、大方好いている者にチョコとやらをあげる日だと判断した。うしおが自分のことを好いているのはよく知ってるし、自分もまたうしおのことを憎からず思っているということは十二分に自覚している。
 しかし、それを追及したところで、うしおは何も言わないだろう。いや、もしかするとチョコを没収されてしまうかもしれない。一瞬で先を考えたとらはチョコを口に入れた。
 チョコを鋭い牙で噛み砕くと、甘ったるい味が口の中に広がった。どうせならば人間の肉の方がよかったと思いつつ、うしおの様子を硬めでうかがう。
 興味のないふりをしながらも、そわそわとこちらを気にしているのが丸分かりの背中があった。
 形のいびつさからしても、このチョコはうしおが作ったのだろうと予想する。麻子や真由子に手伝ってもらい、なんとか形にしたというところなのだろう。
 何だかんだ思っているが、とらはうしおの手作りチョコを口の中でゆっくり味わった。舌の上でチョコを転がしていた時、とらはチョコの甘ったるさとは違う味を舌で感じとった。
 懐かしい味。この世のどんなものよりも甘美な味。
 そっとうしおの手を見ると、その手には絆創膏が張られていた。絆創膏を見てとらは確信した。

 このチョコにはうしおの血が入っている。

 うしおは気づいていないだろう。
 だが、とらにはわかる。忘れられない味。他の人間よりも、今まで味わったどんなものよりも、甘美で至高の味。生まれて二度目にできた守りたい者の血の味。
「うめぇ」
 ポツリと呟いた言葉を聞き取ったのか、うしおは顔を輝かせた。
「本当か?!」
「ああ」
 やっぱりおめぇが作ったんだなとか言ってからかってやろうと思ったが、なぜかそんな気分にはなれなかった。



 チョコレートに自分の血を少し入れて、好きな人に渡す。
 そのチョコレートを相手が食べてくれれば…………。
 恋は成就する。



 うしおも、とらも、そのことは知らない。