暗い世界に、三つの色があった。
一つは赤、一つは青、一つは緑。それぞれの色は三人の男を照らしている。
赤は血涙を流しながら呆然と点を見上げ、青は涙を流しながら頭を抱え、緑はそんな二人を無感情に見下ろしている。彼らは一様に同じ顔をしていた。彼らは互いが同じ人間であることをハッキリと理解している。
理屈などはなく、漠然とあいつらは私なのだと知っていた。
「鬱陶しい。貴様らは本当に私なのかと問いたくなる」
疑問として口にしなかったのは、彼らが自分自身であることは変えようのない事実だからだ。
「私は過ちを犯してしまった」
赤が呟く。
「――貴様らは家康を討ったのか」
肯定したのは青。忌々しげではあるが、否定したのは緑だ。
「討てなかったのならば、幸せだ」
「何?」
家康を討つのはどの彼にも共通する願いだったはずだ。そのためだけに生きたと言っても過言ではない。
「私は己が生きるために、秀吉様の仇を謳った。
家康が動かなくなったとき、私は全てを失った。生きる意味も、何もかも」
「ふざけるな!」
怒鳴り声を上げたのは青だった。
緑は眉間にしわを寄せながらも、心のどこかで納得してしまっていた。緑は家康を討つことができなかった。けれど、時間が流れると共に、これでよかったのかもしれないと思えるようになったのだ。主君の墓に時折参るのは心が安らぐ瞬間でさえある。
だが、青にとってはそうではなかった。
「過ちだったと?
ならば、その過ちのために……刑部は死んだと言うのか!」
青は赤の胸倉を掴み上げる。
怒りと憎しみの目をした赤はただひたすらに悲痛な声を上げる。冗談ではないと。
「待て。貴様は知らんのか」
緑が声を出す。
彼は大谷がどのようなことに手を染めていたのかをよく知っていた。彼の死を嘆く青は、きっと大谷の所業を知らないのだ。
「奴は私を裏切っていたのだぞ」
「何を」
「嘘ではない。私は嘘が嫌いだ」
それはわかっている。何せ、緑も青も同じ人間なのだから。
「長曾我部の国を襲撃したのは刑部がしたことだ。
奴は長曾我部は西軍に引き入れるため、四国を襲撃し、それを家康の仕業に見せかけたのだ」
青は赤を掴み上げていた手から力を抜き、ふらりと緑に近づく。その目からは今もまだ涙が流れ続けている。
緑の前に立った青は少しだけ、彼の目を見つめ、神速と謳われた腕の動きで緑を殴った。
力と速さが合わさった拳は相応の威力を持っており、緑は後ろに後ずさる。痛みに青を睨みつけると、彼も同じ瞳で緑を見ていた。赤はその様子を見ているだけだ。
「それを裏切りと言うのか」
青が言う。
「私のために、兵を引き入れた刑部の働きを。
身を削ってまで働いた刑部を。裏切り者と言うのか!」
何も言うことのできない緑を睨みながら、青は声を張り上げる。
「刑部は私を庇って死んだ。
薄い体から血を流し、臓物を巻き散らし、死んだのだ!」
目の前で死んでいった友を思い出し、青は涙の量を増やす。彼が知らぬところで動いていたのは知っていた。けれど、それら全てが己のためであると、青は知っていたのだ。だから黙認していた。
緑は知らなかった。友に全てを任せていた。それだけの違いだ。
「だが、私は裏切りを最も憎む」
緑が言う。
けれど、緑もわかっていた。大谷は裏切っていない。少なくとも、己を裏切ってはいない。
「そうでなければ、私は何故、奴が冷たくなるのを黙って見ていたのだ」
「貴様……刑部を見殺しにしたのか?」
青が目を見開く。
彼は大谷の息がなくなるまで、声をかけた。人を呼んだ。臓物をかき集めた。けれど、それでも、大谷が息を吹き返すことはなかった。
「裏切り者は貴様だ! 私は貴様を許さない!」
青は緑を再び殴る。何度も、何度も殴りつける。
「口を閉ざし、嘘を固めたのは奴だ!
緑は反撃する。
暗い闇の中で、二人が殴りあう音が響く。そこへ、赤がポツリと零した。
「……刑部、とは誰だ」
青も緑も動きを止める。
「貴様、家康を討った後はどうしたのだ」
どちらかが問いかける。赤は天を仰ぎ、緩慢に口を開く。
「死を望んだ。だが、蝶が止めた」
赤は死ぬことができなかった。白黒で意味の無い世界でも、生きていかなければならなかった。誰かがそれを望んでいた。
「……ああ、だが蝶は、羽根がもげた」
誰かは死んだ。青も緑も理解した。
やはり、彼は死ぬ運命なのだ。
「私はそれでも、生きる。蝶が、望んだ」
血涙を流しながら、赤は穏やかに微笑んだ。望まれたことが喜びのように。望んだ者はすでにいないというのに。
目を開ける。
寝起きのためか、ここがどこだか三成はわからなかった。日の光が差しているので、囚われているわけではなさそうだ。
「私はどのような道を歩んだのだったか」
小さく呟く。
ただ一つ、わかっていることがあった。
やはり、己の傍らには友がいない。
了