八方塞がり。四面楚歌。どのような言葉で表したところで、それが指し示す意味は変わらない。すなわち、絶望だ。
梅雨が近づき、じめじめし始めている教室の中で家康は深いため息を吐いた。彼のため息で教室内の湿度がわずかながらでも上昇したのではないかと思えてしまう。彼の様子に顔をしかめたのは三成で、同調するように沈んだ表情を見せたのは元親と幸村だった。
「何なんだ貴様らは」
吐き出された言葉に返すこともできず、三人はほぼ同時に机へ突っ伏す。
そんな様子を佐助は苦笑いをしながら眺めていた。ちなみに、この光景はもう三日も続いている。
「まあ、色々上手くいかなくてね」
各々、自分自身の限界を知ってしまった。どれほど足掻いたところで、大谷には敵わない。かつて、千を救うために一を滅ぼすことを決心した家康であっても、今回ばかりはお手上げだ。二つを救うために一を滅ぼしては意味がない。他に犠牲にできるものもなく、手段もない。
全ては大谷の手中にある。あの半兵衛でさえ、現状では打てる手がないと言ったのだ。彼以上の軍師がこちら側にはいない。それに比べて、あちら側には大谷自身もそうであるが、毛利という謀神に加えて、慧眼を持つ官兵衛がいる。
分が悪いなんて言葉では表現しきれない。悪夢のような現状に嘆きの声さえ上がらない。
「……普段騒がしい貴様らがそうだと、私も落ち着かん」
流石に三日もこの状態が続いていると心配にもなる。三成なりの優しさが嬉しかった。元親は純粋な彼の優しさに少しばかり癒され、顔を上げた。陰鬱とした色を浮かべてはいたが、どうにか小さな笑みを貼りつけていた。
「ありがとうな」
「礼などいらん」
ぶっきらぼうに言い放った三成は、彼らが落ち込んでいる理由を問いかけない。しかし、先日己に関することのために彼らが動いている。と、半兵衛から聞かされたことと関係しているのだろうという察しはついていた。
信ずる者に対してはとことんの信頼を置く三成は、家康達を疑うことなく、彼らが何かを告げるのをじっと待っている。その日が一生こなくとも、おそらく三成は後悔しないだろう。そういった星のもとに生まれてきた男なのだ。
「まあ、いつまでも暗い気分でいるわけにもいかないしさ、放課後に婆沙羅屋の中にあるクレープ屋にいかない?」
中間テストが一週間後に迫っているため、どこの部活も活動を停止している。何事もなく全員が揃って下校するのは久々だ。佐助の提案を聞き、幸村が勢いよく顔を上げる。嬉々とした顔には、すでに甘味のことしか頭にないのであろうことが如実に表れていた。
そんな幸村の様子に苦笑しながらも、元親は目を輝かせている。見た目と反して少女趣味のあるところは昔から変わっていないのだ。
「いいな。そういや、今日は百円引きの日か」
特定の日に割引がなされる店のことを思い出し、元親は明るくなった表情で自然な笑みを浮かべる。
「佐助! いくつまでなら買ってもいい?!」
「一つに決まってるでしょうが」
切り捨てるような目をした佐助に幸村が縋る。一つでも多くのクレープを口にするためならば、何でもしそうな勢いだ。だが、その程度のことで折れる佐助ではない。顔を背け、幸村の願いを聞きいれようとしない。
いつも通りとは言いがたい空気が残っているものの、騒がしくなった面々を目に映し、三成もわずかに雰囲気を柔らかくする。
「私はいらんぞ」
優しい目をしながらも、断言する。
「そんなこと言うなよ」
甘い物どころか、基本的に食事を面倒なもの。と、して三成は見ていると知っているものの、この場の雰囲気にあわせた発言ができない彼に家康は苦笑いをする。我慢して食べろとは言わないが、せめて、もっと穏やかな言い方はできないものだろうか。
「甘い物は好きではない」
「そうだなぁ……。まあ、一緒にいるだけでいいさ」
笑いながら三成を誘う家康も、甘い物が好きなわけではない。だが、クレープの一つで周りが明るい気持ちになれるのならば、それに越したことはない。大谷のことをすっかり忘れてしまい、少し頑なな雰囲気を出すようになった三成も、これのきっかけにまた柔らかな表情を浮かべるようになればいいと願った。
家康は三成の友人だ。友達が穏やかな生を歩むことを望まない者はいない。
「そうか」
共にいることに不満はないようで、クレープを食べる必要がないと告げれば三成は納得したように呟き、いつものように口を閉ざした。
周りではどのクレープにしようか悩んでいる元親と、未だ必死に頼みこんでいる幸村の姿。彼らの姿を緩んだ表情で眺めている今生で新たに得た友人達が見ている。
穏やかな光景に、家康の頬は自然と緩む。この光景こそが幸せであり、この場に大谷がいたとして何の問題があるのだろうか。ぼんやりしていると、意識は自然とそちらの方向へ傾いていく。明確な打開策もなく、ただ理想を抱くだけの自分に気がつくと、昔と何一つ変わっていない事実に唇を噛む。
「家康」
静かな声に呼ばれ、ハッとする。
「貴様らしくないな」
視線が家康を射抜く。
「……ワシらしくない。か……」
零すように呟き、笑顔を見せる。
「そうだな。ワシらしくないな」
徳川家康という男は、いつも元気だった。落ち込むこともあるが、それでも前へ進むための力を持っている人間だ。三成はそんな男を友としていた。それは、三日も沈んだ空気をまとわせたままの男ではないはずだ。
その証明とばかりに、三成が目に映している男は笑った。
「落ち込んでいるだけでは、何も変わらん。
案外、百も頭を下げれば折れてくれるかもしれんしな」
そんなことは起こりえないであろうと思いつつも、その可能性を否定しきることはできない。大谷にそれほど頭を下げた人物はいないのだから。
「よくわからんが、貴様はその馬鹿面を晒している方がそれらしい」
「三成は厳しいなぁ」
頭を掻きながらそう言った家康の表情は明るい。
穏やかな空気を持った教室は、湿気った空気をものともしない明るさに照らされた。
タイミングよく鳴り響いたチャイムに、皆が自分の席へと戻る。三成は自分の胸が、放課後に向けて少しだけ浮かれていることに気づいた。自分らしくないと思いつつも、口角を上げ、ノートを取り出す。
休み時間にはクレープの話をし、昼休みにはテスト勉強を真面目にする代わりに。と、佐助が幸村へクレープ二つのご褒美を与えるようになっていた。
「早く行こうぜ!」
放課後がくると同時に教室の扉へ駆け出した元親。その後ろには幸村がいる。
「はいはい。急がなくても大丈夫だよ」
「クレープは逃げないぞ」
そう言いつつも、いつもより早めの歩調で二人に近づく。学友達に手を振ってから向かうのは、今朝から楽しみにしているクレープ屋だ。
楽しげに駆ける幸村を眺めながら歩けば、あっという間に婆沙羅屋につく。クレープが割引になる日なので、店内には制服の学生達がちらほらと見られる。
「混んでなきゃいいけど」
佐助が呟いたが、その思いは届かない。
婆沙羅屋の奥にあるクレープ屋には大勢の学生でごった返していた。込み合っているその様子を見て、三成は苦虫を噛み潰したような顔をする。
男子生徒も多いが女子生徒も多い。いつもならば女子生徒との接触を極力避けたがる幸村だが、甘味が絡むと人が変わるのか、何の躊躇いもなく人混みの中へ入りこんでいく。それに続いたのは元親で、呆れた顔をしながら佐助がさらに続く。
三成からしてみれば、あの人混みの中に混ざるなど考えられない。竹刀を一振りして、なぎ払ってしまいたい衝動に駆られる。
「大丈夫か? 何だか顔色が良くないぞ」
顔を覗きこんできた家康に、一度外へ出ることを告げる。どうせ、あの様子ではしばらくクレープは購入できないだろう。
「じゃあ、買ったらワシらも外に行くよ」
店内には幾つかテーブルが設置されているが、すぐに埋まってしまうだろう。それならば、近くの公園で食べた方がいい。
家康の提案に三成は頷き、外へ出るため足を進めた。
「真田も長曾我部もよくあのようなところへ踏み込めるものだ……」
想像するだけで胃が痛くなりそうだ。三成は自動ドアを通り抜け、湿気った空気を胸に入れる。ふと空を仰ぎ見れば、ほとんど黒と言っても過言ねではないほどの雨雲が目に入る。公園でクレープを食べようと家康は言っていたが、この様子ではすぐにでも雨が降り出すだろう。
三成はいつだったか机に置かれていた赤い傘を手にしながら、どうするべきか考える。婆沙羅屋の中で食べるのは拒否したいところだ。
近くに屋根があり、自由に飲食ができるような場所があったかと思考を巡らせていると、耳に金属がこすりあう音が聞こえてきた。
何の気もなしにそちらへ視線をやる。
そこには車椅子に乗った男がいた。ニット帽にマスク。どこかで見たことがあると感じ、記憶を漁ってみる。
「確か……家康達の知人だったか」
わずかにかすった記憶を口に出す。
家康達が知りあいだと言っていたことは思い出すことができたが、名前までは思い出すことができなかった。しかし、他人に興味のない三成はすぐにそれを思考の端に放り投げる。今、考えなければならないことは、記憶の端に何とか残っている程度の男ではなく、騒がしい友人達と誘導する場所のことだ。
顎に手を当て、近隣のことを思い出している三成は、車椅子の男が安堵したように、そしてどこか寂しげに自分を見ていることに気づかない。
車椅子の男は、大谷吉継という男は、心の内で婆沙羅屋に入って行った官兵衛に恨み言を吐いていた。
夕飯の材料を買うからと言った官兵衛は市を連れて買い物をしている最中だ。車椅子の大谷は、人が多い店内では動きにくいだろうということで、外で待っていることになったのだ。三成達の帰り道と婆沙羅屋は近いということはわかりきっていたことだが、今まで会ったことがなかったというのに、今日に限って出会ってしまった。
大谷としては幸いなことに、三成は彼のことを忘れ去ったままであり、関心も寄せない。
一方的に気まずい思いをしていた大谷は、三成が踵を返して店内へ戻って行くのを目に映して一安心し、彼の手に赤い傘が握られているのに気がついてマスクの下で頬を緩める。
些細な幸せを胸に宿した大谷は視界の端で、奇妙な男の姿を認識した。
「――三成!」
思わず叫び声を上げ、手にしていた鞄を三成へ投げる。弱った体では思ったように投げることができなかったので、昔から使っている呪いで勢いをつけさせた鞄は、三成の体を数メートル弾き飛ばす。
先ほどまで三成がいた場所には人を傷つけるために繰り出された刃物がある。それを握っているのは、狂人の目をした男だ。
「何だ……」
予想だにしない衝撃に膝をついてしまった三成は、その状態のまま後ろを振り返る。近くに鞄が落ちているのは目に映っていたが、ただの鞄がぶつかったにしては強すぎる衝撃だった。
しかし、振り返った三成の目に映った光景は、背中に受けた衝撃を忘れるほどのものだった。
先ほどまで車椅子に座っていた大谷の体が浮かび上がり、自分がいたであろう場所に刃物を繰り出していた男へ飛びかかっていた。
「主は何をしようとした」
男を地面に倒し、大谷は地を這うような声を響かせた。白黒反転した目が金色を帯びる。地面に押し付けられた男は、自分の体の自由が利かなくなっていることにすぐ気がついた。それは怯えからくるものではなく、大谷の呪いによるものだったのだが、男にそれがわかるはずもない。
現状を理解できず、男は意味のない言葉を吐く。
「三成を傷つけようとしやったか。
我の前で、三成を、傷つけることができるとでも思ったか」
大谷は錯乱している男の口を手で抑える。
車椅子に乗っていた男とは思えぬほどの力で、地に繋がれている男の顔を圧迫する。
「我が生涯を賭けた呪いを受け――」
冷めた目をした大谷は、常人には理解できない呪詛を紡いでいく。禍々しいその様子を見ているのは三成だけだ。道に人はおらず、婆沙羅屋の中にいる人間は誰一人として、この異常な事態に気がつかない。
唯一の目撃者であるはずの三成は、自分を襲ってきたのであろう男に制裁を加えることもできず、大谷を止めることもできず、ただ呆然と見ていることしかできなかった。
「刑部!」
現状を打破したのは官兵衛の声だった。
三成は婆沙羅屋から出てきたその男を目で追う。体格のいい官兵衛が大谷に近づくと同時に、彼は酷く咳き込んだ。何かが口から吐き出されるような音が聞こえたとほぼ同時に、彼の白いマスクが赤く染まったのを三成は確かに見た。
官兵衛の後を追ってきた市は大谷の隣に膝をつき、心配そうに彼を見ている。
大谷に乗られていた男は気絶しているらしく、官兵衛が大谷を地面に横たわらせても指一本動かそうとしない。
「蝶々……。死んでしまうの?」
悲しげな声に乗せられた単語は三成にまで届けられた。
「馬鹿野郎! 自分の体のことくらいわかってただろう!」
震えている声は、市が零した言葉を否定するものではない。むしろ肯定しているものだ。
三成はその様子を、やはりただ呆然と見ていた。
ただ、何故だか体が震えた。
「蝶々。ダメ。ダメよ」
市が大谷の手を握る。ぞっとするような冷たい空気が辺りに流れる。彼女ができる精一杯の闇だった。
「何があったんだ?」
騒ぎになり始め、家康達が婆沙羅屋から出てきた。彼らの目は倒れている大谷へ向けられている。半分ほど閉じられている目。荒い息に、赤く染まったマスク。どう見ても虫の息だ。助かるとは思えない。
希望を持って大谷と三成の未来を作ろうとしていた矢先のできごとに、家康の目は不安定に揺れる。
「石田。大丈夫か?」
大谷のことを気にかけながらも、膝をついた状態のまま動こうとしない三成へ元親が声をかける。しかし、その声は届いていないのか、三成へ視線さえ返そうとしない。
「忍! お前、闇を持っていないのか?」
家康達の存在に気がついた官兵衛が、佐助へ問いかける。
市の闇では足りないのならば、他の闇を足せばいい。それで大谷が助かるのかはわからないが、やってみる価値はあるはずだ。
「佐助!」
幸村の瞳に押され、佐助は大谷の隣へ膝をつく。体の中がほとんど空っぽになっていることを察しつつも、市と同じように闇を与える。周りの空気がまた少し冷たくなる。しかし、大谷の様子に変化はない。
「ダメなのか……」
官兵衛の声が虚しく響く。
元々、佐助は他の武将達と同じく、かつての力を殆ど捨てて今生へ生まれてきている。大谷や市のような存在の方が稀有なのだ。
「刑部! 生きてくれ!」
「大谷殿、まだ逝かれなさるな!」
「逝くには早ぇだろ!」
励ましの声が響く。野次馬達は救急車を呼ぶために携帯電話を手に取っていた。
三成はそれでも膝をついたまま、どこか遠くの出来事を見ているかのように大谷とその周りにいる者達を見ていた。
「大谷……」
言葉を零す。それに呼応したかのように、三成の鼻先に水が落ちてきた。
雨だ。
黒い雲がとうとう涙を流し始めた。
「おお、たに……」
三成は言葉を繰りかえす。自分の言葉にある違和感が何なのかを知ろうとするように。
「刑部!」
悲鳴のような声を聞く。
冷たい雨がまた三成に当たる。
このままでは、大谷の体が冷えてしまう。と、誰かが言った。
三成は周りの喧騒に邪魔されない音に耳をすませる。この音をずっと聞いていたいと、胸の底が叫んでいるのに耳を傾ける。三成の目は真っ直ぐに大谷を見ている。
「お……たに……」
生気を感じさせない白い瞳が、三成の方を向いた。
視線が交わる。
三成の耳に届いていた心地良い音が消えていく。
血の気が引くのを感じながら、三成は立ち上がった。大谷へ手を伸ばす。
雨の音しか聞こえなくなった。
「――刑部!」
誰の声よりもその場に響いた声は、三成のものだった。
家康達が驚きの目を彼に向ける。
銀の髪を雨で濡らした三成は、誰の目から見ても悲しみの表情を浮かべていた。
「刑部。刑部。刑部。死ぬな。私を置いて逝くな」
ゆらりと近づき、大谷の隣に膝をつく。その目から零れているのは涙だった。
「三成、お前……。記憶が……」
天から落ちる雨と同じくらいの涙を瞳から落とし続ける彼は、友を喪ったときの彼だ。
家康は半兵衛が言っていた言葉を思い出す。
『解呪といえば、王子様のキスや術者の死がお決まりだろうけど』
それが正しかったとするならば、何よりも辛いことだ。
記憶を取り戻した三成は、生きた大谷に会えない。辛さだけを背負って生きなければならない。そんな酷い話があっていいのだろうか。家康は痛む胸を抑えた。
「死ぬな。私を置いて去るな」
弱々しい声が雨の音にも負けず周囲の耳に届く。
あまりにも残酷な現実に、官兵衛が三成に声をかけてやろうと手を伸ばした。
その時だった。今までにもまして、辺りの気温が下がる。暖かな時期とは思えない寒さに、元親でさえ身震いした。
「刑部。私は貴様に謝らねばならない。
そして、頭を下げなければならない。
これからも共に歩んでくれと。私と共に、秀吉様に仕えてくれと」
淡々と言葉を形作っていく三成の目からは、透明な涙ではなく、赤い血涙が流れていた。
「闇色さん。蝶々を呼ぶのね」
漆黒の瞳が三成を映す。
「還ってこい。刑部」
寒気さに似合わぬ優しい声が大谷の耳にそそがれた。
その様子に口を挟める者など、いるはずもない。雨の音だけが響く空間で、大谷の指がかすかに動いた。
「刑部……」
官兵衛の声に続くように、それぞれた大谷を呼ぶ。
「起きろ」
三成の言葉に、大谷の目が薄く開かれた。
「……み、つなり?」
「そうだ。刑部。貴様でも、悟性の使い道を誤ることがあるのだな」
幸せそうに微笑む三成の頬を大谷の手が撫でる。血の跡を拭ってやれば、三成は嬉しそうに目を細めた。
「なぜ」
「三成にかけた呪いは、術者が死ぬと解けるみたいだぞ」
掠れた声で問いかけた大谷に、家康が答えを差し出す。
与えられた答えに、彼はわずかに目を見開いた。自身の死が三成の記憶の封印を解くことになるとは思っていなかったのだろう。
「刑部。記憶が戻ったとき、貴様が死んでいたら……。私は胸が苦しい。辛い。
もしも、貴様が私の幸を願ってくれるのであれば、共に道を歩ませてくれ」
縋るような声を出し、三成は大谷を抱きしめた。
どうすればいいのか視線を彷徨わせていた大谷だったが、自分達を見る家康達の瞳に気づき、心を決めたかのように腕を三成の背中に回した。
「あい。わかった」
余談ではあるが、三成を襲い、大谷に襲われた男は近頃噂になっていた通り魔だった。野次馬に呼ばれた救急車に運ばれ、すぐに逮捕された。
「刑部、半兵衛様が近いうちに会いたいと仰っておられたぞ」
「さようか。これは叱られるのを覚悟せねばなるまいて」
穏やかな昼下がり、彼らがいるのは生徒会室だ。
毛利が会長である生徒会は、大谷が書記をし、孫市が会計をしている。記憶を取り戻した三成は大谷の体を心配し、極力共にいるようになった。その結果、三成を筆頭に、家康や幸村、佐助に元親といった面々が生徒会室に集合するのが慣わしになってしまっている。
当初は反発していた毛利だが、大谷が三成にかかりっきりになってしまい、事態を収集できなくなっていることに気づくや否や全てを放りなげた。
毛利にとっての幸いは、市だけではなく三成も大谷の傍にいることにより、彼の体調が回復していることだ。全く動かなかった足も、わずかではあるが動くようになり始めている。三成へかけていた呪いが消え、体力にも余裕が出ている。
確実なことはわからないが、この様子を見るかぎり、大谷が愚弟を破滅に導き己が大谷家に君臨する日も近いだろう。そのあかつきには豊臣と手を組むということも目に見えている。古来からの繋がりがある毛利家をあっさり捨てることもできないことも簡単に予想がつくので、毛利としては家を残しやすくなった分、今回の騒動は良きものだった。
問題があるとすれば、元親が毛利の傍にいることくらいのものだ。
「なあ、オレと約束しようぜ」
「貴様のような大嘘吐きと交わす約束などない」
「絶対お前のことを忘れない。な? この約束に変えようぜ」
「変えるも何も、貴様と交わした約束などないわ」
昼どきには恒例のかけあいとなっている。
「やはりお前が作ったものは美味いな」
「ありがとね」
真田主従の会話はいつも通り。
各々が自由にすごしている空間ではあるが、それは穏やかで、幸福と呼ぶに相応しいものだった。
「やはり、絆は素晴らしいな」
家康はそう呟き、彼らの輪へと入っていった。
了