鬼と狐の話
オレは大谷って奴のことはわからねぇ。どれだけ話を聞いても、あいつがやったことや、あいつの言葉が頭に浮かんでくる。どんな良い話を聞いたって、きっと何かの間違いだと思わずにはいられねぇ。
でも、きっとあいつはオレが思っていた以上に哀れな奴で、ダチ思いな奴だったんだろうな。
オレはアイツを許さねぇ。今さら許すってのは、野郎共にも大谷自身にも申し開きができねぇことだ。
「石田、お前は許してやれよ」
「何を言っている。もう疲れも取れただろうに」
石田は元気に働いている。飯を喰い、夜は眠り、普通の人間として生きている。それもこれも、大谷のおかげだ。
「大谷だ」
「……以前も言ったはずだ。私はあの男とそれほど深い関わりがあったわけではない」
オレが聞いた大谷は、石田の知らない大谷だ。なら、石田の知っている大谷ってのはどんな奴だったんだろうな。優しい奴か。哀れな奴か。どちらでもない。ただのダチだったのか。どれにしたって、忘れていいはずがないよな。
毛利のことはオレも忘れられない。長い間敵対していたとはいえ、それなりに関わりもあった。忘れてやるって言ったときの毛利の動揺は、あいつにはちゃんとオレがいるんだってわかって嬉しくすらあったんだ。そんな奴のことを忘れられない。
「孤独ってのは、死んでも続くんだ。
それは何よりも重い罰だとオレは思ってる」
「なら、あの裏切り者には丁度よい罰ではないか。私もすぐに忘れるだろう。貴様も忘れてしまえ」
そうだ。オレにとって、大谷は大罪人だ。どれほどの罰を与えたって満足できねぇ。でも、石田。お前にとっては違うはずだ。許せないと思いながらも、信じていたい相手だったはずだ。
「お前は忘れてるだけだ」
「忘れるということは、大したことではなかったということだ」
違うだろ。お前だって忘れたくて忘れたわけじゃないはずだ。
大谷を許してやれるのはお前だけなんだぞ。そんなお前が許さずに忘れちまったら、大谷はいつまでも重い枷をつけた大罪人でいなくちゃならねぇ。お前はそれを望んでいるわけじゃないだろ。
「石田!」
「うるさいぞ」
端整な顔が歪む。
何で思い出してやれねぇんだ。何で忘れさせちまったんだ。
「大谷はお前のためにって、いつも言ってたじゃねぇか。
お前がその言葉を信じてやらねぇでどうするんだよ! 大切な奴だったんじゃないのかよ!」
何でオレはこんなに必死になってるんだろうって、頭の片隅で思う。石田の代わりにオレが少しでも大谷のことを覚えていてやる。それでいいじゃねぇか。いや、あいつのやったことを考えるなら、オレだって大谷のことを忘れていいはずだ。石田だってそう言っていた。
でも駄目だ。オレは毛利を忘れられねぇのに、石田だけが大谷を忘れるなんて許されるはずがねぇ。
「大切だと? 私にとって大切なのは秀吉様と半兵衛様。そして両方が残された品々だけだ」
――そうだよな。悲しいよな。
石田を見て、オレも悲しくなった。
「石田。お前泣いてるぞ」
「……何故だ」
「悲しいんだろ」
石田は泣いていた。透明な涙を零しているのに、その表情はいつもと変わっちゃいねぇ。
大谷がどんな術を使って石田の記憶を抜いたのかは知らねぇけど、根本まで変えることはできねぇてことなんだろうな。
「悲しみ? 何故だ……」
わからない、と石田は何度も呟く。
見てみろよ大谷。石田が泣いているぞ。お前がつけた傷だ。それに塩を塗ったのはオレかもしれねぇけど。なぐさめてやれよ。お前はいつだって石田のために動いていたんだろ。オレごときに企みを覆されて悔しいだろ?
ほら、早くきてやらねぇと、この部屋が涙でいっぱいになるぞ。
了