いつも騒がしくはあるが、それは家族や仲間との団欒の騒がしさだったはずだ。
「いい加減にしてくださいよ!」
「うるせぇなあ!」
 二機の怒鳴り声がそれらをすべて壊してしまう。
 何があったのかと、他の面々がフラッシュの部屋に集まる。少しばかり離れていたとしても、どこから怒鳴り声が聞こえたのかわかるほど、二人の声は大きかった。
 部屋の中を覗いてみると、二人が口を大きく開けて罵りあっている。その言葉の欠片をつなぎ合わせると、どうやらフラッシュが無茶なクラッキングをしたらしい。成功はしたようだが、極めて低い確率を選んだことがスネークは不満だったらしい。
「もし逆にやられても、オレのデータごと破壊してやるよ」
 参ったかといわんばかりの顔だったが、それは火に油を注ぐようなものだ。
「本当に……本っ当に、あんたはわかってないんすね!」
 眉間にしわを寄せたかと思うと、スネークは背を向けて走り出した。野次馬達を目に映すと、捕食者のような鋭い眼で睨みつける。とっさに道を譲るとスネークはそこを通ってどこかへ行ってしまう。残された野次馬と、フラッシュはポカンとした顔をするしかなかった。
 何故、スネークが怒ってしまったのかもわかっていないフラッシュとは違い、野次馬達は怒りの理由はわかっている。
 いくらフラッシュが戦闘用のロボットだとはいえ、思いを寄せている者が死んでしまうのは辛い。記憶データを破壊するなどもっての他だ。
 それでも、スネークはいつも根気強く言葉を重ね、フラッシュに自分の気持ちを伝えていた。すべて伝わっているわけではないが、スネークの言葉が利いているのかフラッシュもわりと自分の体を大切にするようになっているのだ。
「珍しいな」
「あのスネークが怒ったよ」
 スネークはフラッシュ以外には短気なので、怒った姿を見たのが初めてというわけではない。しかし、今回怒りの矛先はフラッシュだ。これからどうなるのか、野次馬の心は不安と期待に揺れる。
「……なんだよ」
 視線を下に向け、小さく吐き捨てる。
 あんな風にされたのは始めてだった。怒鳴られるより、長時間説教をされるよりも心が重くなる。まるで、見放されたようだ。
「ほら。お前らとっとと帰れ」
 野次馬達を見つけ、フラッシュは手を揺らして帰れと言う。見るからに機嫌の悪いフラッシュをからかうこともできず、野次馬達はすごすごと帰っていく。唯一、長男であるメタルだけがその場に残っていた。四男と同じで、目立つ色をした機体にフラッシュがあからさまに舌を打つ。
 何の断りもなく部屋に入ってきたメタルは、先ほどまでスネークが座っていた椅子に腰をかける。
「フラッシュ。あまりスネークを苛めてはダメだよ」
「オレがいつ苛めたんだよ」
 部下達と同じように、後輩のことも可愛がっているつもりだ。スネークの方はフラッシュを先輩として見ておらず、説教や怒鳴りあいなど日常茶飯時であるが、それでもフラッシュからしてみれば大切な後輩の一人であることに違いない。
 一体何が不満なのかもわからない。データを入手するということは、多少の無茶をしてでも遂行しなければならない任務だ。データがあれば、スネークの仕事も楽になるはずなのだ。
「わけわかんねー」
 どうしてこんな子に育ってしまったのだろうかと一瞬考えるが、これが本来あるべき『ロボット』の感情なのだろう。
 愛を知らず、友を知らない。
「ねえフラッシュ」
 優しい声にフラッシュが目を合わせる。
「せっかく私達には心があるんだ。それを大切にしないとね?」
「心ねぇ」
 この体を与えてくれたのは父なるワイリーだ。心も同様に彼が与えてくれたものだ。
 父を敬愛しているフラッシュは、心も体も大切にしている。ただ、それ以上にワイリー自身が大切であり、兄弟達が大切だというだけの話だ。
「お前は馬鹿なんだか賢いんだか……」
 頭をぽんぽんと叩かれ、子供扱いされていることに気づく。
「電脳戦ならあんたにだって負けやしないさ」
「怖い怖い」
 マスクをしていても、その表情が穏やかな笑みであることは十分にわかる。
「ほら。ちょっとおやつでも食べよう」
 手を引かれ、抵抗することもなくついていく。
 思えば少し疲れてしまった。先ほど無理をしたのがいけなかったのだろう。
「そういや、あんたから甘い匂いがする」
「クッキーを焼いたからね」
「そりゃいい」
 ヒートもウッドもクッキーが大好きだった。あの幼い弟達の喜ぶ顔を頭に浮かべ、フラッシュは満足そうにしている。
「ちゃんとみんなの分もあるよ」
「兄貴ってか、母親みてぇ」
 苛立ちも収まったのか、いつものようにフラッシュはケラケラと笑う。
 スネークの方も誰かがフォローしてくれていると安心なのだが、先ほどの野次馬達を見るかぎりそれは難しそうだ。誰もがこの先の展開に期待している。ただ傍観するのが楽しいのだろう。サード達は仲間意識でつながっていることもあってか、誰かが困っていても傍観していることがある。
 本当に危険な状態に陥ればもちろん助けてくれるのだが、そのボーダーラインを越えるまではあくまでも第三者を貫く。
「まあ、クッキーでも食べながら考えようか」
「何がだ?」
 こっちの話と言えば、フラッシュはふーんと興味なさげに返す。
 兄弟とはいえ、プライベートにまで踏み込んではこない。
「フラッシュ殿!」
 焦燥感に駆られているような叫び声が廊下に響いた。
 嫌な予感がしながら振り返ると、取り乱した様子のシャドーがいる。
「どうした」
「スネーク殿が……」
 敵陣にて傷を受けて帰ってきた。その言葉を聞くやいなや、フラッシュはシャドーを押しのけて走る。
 何かを考える暇はなく、ただスネークが無事なのかを自分の目で確かめたかった。どのような答えであったとしても、他人の口から聞きたくはない。
「博士! スネークは……」
「大丈夫じゃ。今はスリープモードに入っておる」
 横たわっているスネークの体は無数にある小さな傷と、胸にある大きな破損だった。コアには達していないようだが、一歩間違えば危ないではすまなかっただろう。
 それでも再び起動するのだと安心し、フラッシュはその場に膝をつく。フラッシュを追いかけてきたメタルがそっと肩に手を置いた。
「フラッシュ。今、どんな気持ちだ」
「メタル殿!」
 あまりにもひどい言葉だと思った。安心したばかりのフラッシュに追い打ちをかけるなど、メタルらしくない。
「……今? 最悪な気分だ」
 吐き捨てるように言葉を紡ぐ。
「でも、任務だったんですよね」
 ワイリーは少し躊躇したが、静かに頷く。
「スネークが頑張れば、その分誰かが楽になる」
「嫌だ!」
 落ち込んでいた目が怒りを宿し、メタルを映す。
「こいつはオレのだ。誰にも壊させやしねぇ。
 こいつがいない世界なんて今さら想像できねぇよ!」
「フラッシュ」
 今にも泣きそうな頬を撫でてやる。
 スネークがフラッシュのことを好きだと言っていたように、フラッシュもスネークのことが好きだと知っていた。兄だからこそわかっていた。
「彼はいつもそんな気持ちでお前を見ていたんだよ」
「っ!」
 同じ立場になってみて始めてわかることもある。
 自分は戦闘用だから、壊れることは当然だと思っていた。けれど、こうして立場を変えて見ればよくわかる。
 待たされる者、残される者。それは自分自身が消えること以上に恐ろしいことだ。金属でできた体が震えるような気がした。
「……先輩?」
「ス、ネーク」
 見れば片目を薄く開けたスネークの姿があった。
 まだ起動してはいけないとワイリーが言うが、彼はそれを聞きいれようともしない。
「どうしました」
 彼にとって、目を開ける理由など至極簡単で、当然のものだった。
「だって、お前が」
「大丈夫ですよ」
 自分と同じような気持ちだけは、大切な人が一生知らなくてすむように。
「オレは絶対あんたを置いていきませんよ」
 そう言って笑う。


END