手持ち無沙汰な時間があったとしても、その時間を誰かと共有できるとは限らない。誰かと共有できたとしても、肝心の人でないならば意味がない。スネークは不満気にため息をついた。
「退屈そうでござるな」
「あ? うっせーよ」
 声をかけてきた相手の方を見ることもなく言った。
 天気のいい休日を共に過ごす相手としては、ただの仲間でしかないシャドーは役不足だ。
「フラッシュ殿が忙しいのは仕方ないでござろう」
「だからうっせーって」
 赤い目を鋭く光らせ、背後にいた男を睨みつける。
 スネークマンが今を共に過ごしたいと思える唯一の相手は、今もまだ仕事の真っ最中だ。電脳系の仕事なので、フラッシュに白羽の矢がたったのは不思議でもなんでもない。現実世界での情報収集ならば力になれるが、電脳世界が相手となるとスネークは手を貸すことすらできない。
「まあまあ。フラッシュ殿の仕事が終わったとき、お主も休みたいでござろう」
 そこでと続け、シャドーは一枚の紙をつきつける。
「この仕事を拙者の代わりに――」
「はあ? ふざけてんじゃねーぞ」
 素早い動きで彼の顔を掴む。スネークの力に、装甲が軋む音がした。
「痛いでござるよ! 離してくだされ!」
 顔を掴んでいる手を数回叩くと、あからさまな舌打ちと共に、手が離される。顔が歪んでいないか自分の手で触り確かめる。
「何でこのオレがお前の仕事をしなきゃいけねーんだよ」
 休日を共に過ごしたい人がいないのは残念である。しかし、それとこれとは話が別だ。スネークも連日の仕事で疲れている。休日を返上して仕事をするくらいならば、メンテナンスやメモリの整理をしていた方がマシというものだ。
 第一、通常時のシャドーの言葉は信用してはいけない。特に、約束事に関しては他の仲間達の誰よりも信用できない。
 その場で思いついたことを口に出しているだけなので、しばらくしてからそのことについて言及してみても当の本人が覚えていないということが度々あるのだ。
 自覚も悪意もない分やっかいなのだ。
「お主はフラッシュ殿以外には厳しすぎるでござる」
 割りと真剣な顔をして口を開いていた。
「当たり前だろ」
 フラッシュは思い人だ。甘くなるのもしかたがない。
 仲間が大切でないというわけではない。ただ、比較するのも馬鹿らしいほどフラッシュのことを大切に思っているだけだ。
「その優しさの半分でも、拙者に向けてくださらんか」
 ヘラヘラと笑っていながら言う。先ほどの紙を揺らしながら言っているあたり、先ほどの痛みでは足りなかったのだろう。再びスネークが手を伸ばしたが、今度はあっさり避けられてしまう。
 サードナンバーの中ではシャドーに敵うスピードの者はいない。相手が攻撃を予測していたのであれば、避けられても不思議ではない。
「情けは人のためならず。でござるよ」
 人を小馬鹿にしたような目をする。
 その言葉の正しい意味はわかっているが、今の状態で言われても誤用の方の意味しか浮かばない。
「まあ、短気を起こさず、一度目を通して見るといいでござろう」
 紙が投げられる。一枚の薄い紙だというのに、それは風の抵抗をものともせずに真っ直ぐスネークへと届いた。
 受け取ってしまった紙に目を落とす。そこに書かれていた任務の内容に、スネークは目の前にいる意地の悪い男を睨んだ。シャドーは相変わらず口元を緩ませたままだ。
「わかったよ。やってやる」
 紙を握りつぶしながら答えた。
「そう言ってくれると思っていたでござる」
 紙に書かれていたのは情報収集の任務だった。集めた情報は直接フラッシュに届けて欲しいと記されている。つまり、フラッシュにとって必要な情報だということだろう。この仕事が速く終われば彼も休める日が早くやってくるだろう。
 二人で休日を過ごすため。大切な人に休みをプレゼントするため、任務を代わってやるのも悪くはない。
「ところでさ」
 その声を聞いた瞬間、シャドーはここから逃げようと一歩後ずさった。けれど、彼はスネークの赤く光る瞳と視線を交わらせてしまった。蛇に睨まれた蛙のように、動くことができない。
 笑顔の内側に闇を秘めた彼が、次に何を言うのかをじっと聞くしかない。
「お前はこれを誰から言い渡されたの?」
 フラッシュに関することならば、それが任務の内容であっても把握しておきたいのだろう。自分の知らぬ情報を前にしたスネークは細く長い舌で己の唇を舐める。答えによっては仲間であれども容赦しないと目が告げていた。
「嘘はやめとけよ?」
 言われなくとも、嘘などつく気はない。
 シャドーにも言えることであるが、情報収集を主な任務とする機体には様々な角度から言葉の真実性を見極める術が備わっている。任務時以外では相手の言葉の真実を計ろうとはしないのだが、スネークからしてみれば、フラッシュに関することは任務以上の重要性がある。
「……フラッシュ殿から、直接」
「そうか。シャドーは正直者だな」
 笑顔で肩を掴まれる。顔を掴まれたとき以上に力は強く、下手に抵抗すれば引きちぎられてしまうだろう。
「つか、何でお前先輩のとこ行ってんの? オレでさえ遠慮してんのにさぁ。
 マジ意味わかんねぇんだけど。大体、先輩もこのくらいオレに頼んでくれたらいいのに。マジで意味わかんねぇ」
 言葉が紡がれるごとに力は強くなる。機械の体ではあるが、シャドーは血の気が引いた。
 シャドーがフラッシュの元を訪れたのは呼び出されたからだ。スネークにバレれば、こうなることが予測できていたため、断りたかったのだが急ぎの用事と言われては断れない。何故、彼が選ばれたのかはフラッシュに聞かないとわからない。
 つまり、現状でシャドーが何を言ったところでスネークの機嫌を逆なですることしかできないのだ。
 小さく意味がわからないと呟き続けていたスネークが手を離した。
「さっさと終わらせる」
 冷たい瞳だった。
 フラッシュには見せたことがないだろう瞳を見て、シャドーは小さく安堵のため息をもらす。
 怒りを向ける対象が己から、任務に変わったらしい。任務が終われば、フラッシュに苛立ちをぶつけるのだろう。彼の扱い方を心得ているフラッシュならば、どうにでもできる。



 思ったよりも情報収集には時間がかかった。
 じっとしていることは苦でないが、フラッシュに会いたいという気持ちばかりが募り、どうしようもない焦燥感があった。ようやくのことで仕事を終えたスネークは早足でフラッシュの自室へと向かう。
 鉄の扉をノックすると、中から開いてるとの声が聞こえた。横にあるスイッチを押し、扉を開ける。
「おー。どうだった……スネーク?」
 フラッシュが驚いたように目を見開く。
「これ、資料ッス」
「……サンキュ」
 USBを受け取りながら、スネークの表情をうかがう。
 スネークが自分の知らないところで、フラッシュと他人が関わることを良く思っていないことは知っていた。
「すまん」
 椅子に座ったまま見上げたスネークは酷く悲しそうだった。
 今にも泣きそうとまでは言わないが、隠し事をされて傷ついている顔をしている。追求したいけれど、それをすることを恐れている。だから、先に謝った。
「お前に頼もうかとも思ったんだ。でもな、わかってるだろ?」
 小さく頷いたのが見えた。
 同じ情報収集でも、スネークとシャドーでは使いどころが微妙に違うのだ。
 相手のテリトリーに侵入し、情報を収集するような任務はシャドーに向いてる。逆に、外側から監視をするように情報を収集するような任務はスネーク向きだ。今回の任務は明らかに前者だった。
「せっかくの休みを無駄にさせるのも悪かったし」
 バツが悪そうに言うフラッシュには、疲労感が漂っていた。
「すみませんでした」
 他にも言葉を続けようとしていたフラッシュを遮る。
「謝ります」
 余計なことをしてしまったと、スネークは唇を噛んだ。
 フラッシュは適材を使ったにすぎない。謝る必要はどこにもないのだ。この任務もシャドーがやっていれば、もう数時間は早く終わっていただろう。フラッシュが心を痛め、言い訳を紡ぐこともなかった。
 体力的に疲れているフラッシュをこれ以上追い詰めたくはない。
「ですから、ここにいさせてください」
 邪魔はしない。大人しくしているから、傍にいさせて欲しい。苦労をかけたくないと思いながらも、寂しさが上回る。傍にいることだけは許してくれと、申し訳なさそうに口を動かす。フラッシュはゆっくりと立ち上がり、スネークの頭を撫でた。
「いつだってきていいんだぜ? 相手はできねーけどさ。お前が傍にいるのはい嫌じゃねぇ」
 むしろ嬉しいと言葉にはしなかったが、嬉しそうな表情がすべてを物語る。
「ありがとうございます」
 思わず目の前にある青い体に抱きついた。
 久々の感覚に、スネークは生きている実感がした。
「ほら、とっとと離れろ」
 ほんのわずかな幸せの後、無理矢理離された。口を尖らせると、邪魔されるのは嫌いだと言われ、大人しく椅子に座ることにした。その様子を見届けてから、フラッシュは再びパソコンに目を向けてキーボードをいじり始めた。
 画面を真剣に見ている姿も悪くない。
「好きですよ」
 聞こえぬように呟く。今はまだ口に出すだけでいい。伝えるのは彼の仕事が全て終わり、存分に照れた顔が見られるようになってからだ。
 そのときを思い、スネークは唇を舐めた。


END