セカンドとサードは任務時以外はお互いの居住区を行き来することはない。
 苦手意識を持っているわけではない。むしろ、仲は良い方だ。プライベートで会わないのは、兄弟や同期という心地の良い空間からわざわざ出ようとは思わないという理由からだ。
「先輩」
 任務に支障が出るようなものではなかったが、壁は確かに存在していた。それを壊したのはスネークだった。
 毎日のようにやってきてはフラッシュに愛の言葉を届けた。受け取る側は無感情な視線を返しつつも、自室にスネークがいることを許していた。フラッシュの仕事の邪魔をしなければ傍にいることは許される。
「愛してます」
「はいはい」
 一日一回。フラッシュが仕事から現実に帰ってきた一瞬を狙って言葉を紡ぐ。おの一瞬を逃してしまえば、返事がないだけではなく、邪魔だと言って追い出されかねない。
 適当な返事をしただけで、フラッシュは再び仕事の世界へと戻ってしまう。日が暮れるまでスネークはフラッシュの姿を見つめているだけだ。仕事がなければもっと多くの愛しているを伝えられるのだろう。言葉にしたいとは思っているが、タイミングが掴めない。
「せめて表情が読めたらな……」
 一つ前の世代であるセカンズはサードと比べて感情回路の性能が低い。特に、フラッシュは感情を表に出すという機能が欠落してしまっているのではないかと思うほどだ。彼の兄弟曰く、感情はあるらしいが、表に出されていなければわからない。
 言葉を拒絶されたことはないので、まだ何とか希望を捨てずにいられるというレベルだ。近々フラッシュにも休みがくるらしいという情報は手に入っているが、久々の休暇を邪魔するというのも気が引ける。
「好きだ。好きだ。愛してる。好きなんです」
 何度もそれらの言葉を口にする。今日、言い足りなかった分を空気に溶かす。
「まったく。情けないでござるね」
 気配もなく後ろに現れたのはシャドーだった。睨みつけながらうるさいと返すと、肩をすくめられる。
「昔はずっとそんな目をしていたでござる。フラッシュ殿に骨抜きにされるまでは」
 蛇型だけにと言って笑うシャドーの顔面を一発殴り、スネークは平然と歩き出す。オレ以外が彼の名を口にするなと言いたげな顔だった。
 自分が抑えられなくなりそうだという理由から、彼のことを名前ではなく先輩という立場で呼んでいる者とはとても思えない。八つ当たりと惚気はいい加減にしてくれとシャドーは薄く笑う。
 一日も逃さず愛を囁かれた者が、囁く者を気にしないなどありえるわけがないのに、スネークは気づかない。
「恋は盲目、でござるな」
 遠く離れてしまったスネークの口元が、再び先ほどと同じ言葉を紡いでいることがわかった。
 しばらくして、フラッシュに休暇がやってきた。スネークはフラッシュの元を訪れなかった。任務が被ったわけではない。久々の休暇を邪魔することによって嫌われるのが怖かった。しつこいほどに愛を語っていた自分とは方向性が違い過ぎると、スネーク自身笑うしかない。
「あー。好きだ。好きだ。好きだ」
 今日一日言えない分をひたすらに溶かしていく。明日からはまたいつも通りこの言葉を捧げることができる。そんな風に考えると、彼に与えられた休暇が憎らしく思えてくるから不思議だ。
 暖かな陽射しを送る太陽を見上げながら呟いていると、聴覚に足音とは思えないような足音が聞こえてきた。
 この足音を出すことができるのは、スネークの知る中ではただ一人だった。ナンバーズの中で最速の人物。フラッシュの兄だ。
「スネーク」
「……なんッスか」
 室内で出すべきではない速度を出していたのだろう、クイックの向こう側に見える壁が薄く焦げている。自分が修理に駆り出されなければいいと、ぼんやりと考えながら愛しの人の兄弟機を見る。
 フラッシュに比べ、感情を表現するのに長けた回路を持つ彼は感情がわかりやすい。セカンドの感情の有無は重視された機能によって大きく左右されている。全員が平等に感情回路を持っているサードとは、旧型と新型の差があるのだ。
「お前、何でのんびりしてるんだよ」
「は? 別に仕事がないからに決まってるじゃないッスか」
 言葉が言い終わると同時にメットの尾を捕まれる。驚きの声を上げると、走るぞと声をかけられた。
 旧型とはいえ、クイックのスピードに勝てる者などどこにもいない。この状態のまま走られれば、メットが破損するだけに留まらないだろう。
「待ってください! どこに行くのか知りませんが、自分で行きます!」
 悲鳴にも似た頼みに応えてくれたのか、クイックはスネークを解放した。
 恨めしそうな目を向けると、少し怒ったような顔でフラッシュのところに行けと言われる。
「……でも、今日は久々の休暇と聞いてるんスけど」
「連れて行って欲しいのか?」
 再び手を伸ばされそうになり、慌てて自分で行きますと走りだした。今日はいい天気だ。風景の写真でも撮りに行っているのではないかと危惧したが、クイックが何も言わなかったところをみると、大人しく自室で休養しているらしい。
 いつも通りの道順をたどり、いつもと同じ扉の前に立つ。いつもとは違ったコアの高鳴りを感じながら扉を開けた。
「あ、先輩」
「何だ。今日も来たのか」
 相変わらず表情が読めない。やはり迷惑だったのだろうかと思い、視線が下にいく。目をあわせることができなかった。
「なあ、スネーク」
 フラッシュの視線を感じ、目をあわせる。普段は仕事の合間に返事を貰うだけなので、目があうことなど滅多にない。目など、ただの機械だ。機械でできた体の一部であり、細かくいうならばただのカメラだ。
 そのはずなのに、思考回路が激しく動き、オーバーヒートを起こしそうになる。
「オレは好きだとか愛だとかはよくわからん」
 兄弟機の中でも感情が薄い方だとフラッシュも自覚している。データ的に見て、相手が自分に好意を持っているのではないかなどを知ることはできるが、所詮はそれまでだ。好意の度合いも、方向性もわからない。
「でも今日一つだけわかった」
 表情は変わらない。いつも通りの冷たい目だ。しかし、その奥にスネークは感情を見た。
「お前が来ないというのは、どうにも落ち着かない」
 もしも、彼に表情があったのならば、苦笑いをしているのだろう。照れているのを隠すような笑い方をするだろう。
 スネークは顔を赤く染める。日々、己の思いを伝え、いつかそれが返されることを望んでいたとはいえ、現実にそれが叶うとは思っていなかった。嬉しさと気恥ずかしさが交錯する。口を動かすだけで、言葉が出なかった。
「どうした?」
 首を傾げる彼を見て、片手で顔を抑える。
「あんたは……もう」
 感情が薄いがために、何が殺し文句になるのかも理解していないのだ。さらに、こちらの心境を読み取ることができていない。データとしてはわかっているのかもしれないが、恥ずかしさや嬉しさなど理解していないに違いない。
 言葉を続けようとしないスネークを不審に思ったのか、フラッシュが近づいてくる。
 獲物を捕らえる蛇のように、近づいてきた彼にスネークは飛びつく。始めて抱き締めた感触は、鉄の冷たい感触がした。
「好きです。愛してます」
「おう」
 思いは伝わっている。前進もしている。それがわかっただけで、今は満足だった。


END