任務は成功した。しかし、こちらにもダメージがあった。
電子での任務だったので、外装に傷はついていない。ダメージを受けたのはメモリなどの体内にある機能だった。これならば、外装がやられている方が幾分かマシだったのではないかと思う。少なくとも、意識を落とさなければならないような修理は必要ではなかっただろう。ダメージはそれほど些細なものだ。
些細とはいえ、人間でいうならば脳に直接ダメージを負ったようなものだ。念を入れておかなければならないことくらい、フラッシュもわかっている。それに、外装がやられていれば、材料費などがかかる。高価な金属を簡単に変えるほどワイリーの資金は豊富ではない。
「本当に馬鹿ですね」
意識を落とそうとする横で、スネークが呆れたような声を出す。
「うるせー」
この任務が終わったら一緒に酒でも飲もうと思い、部屋に招き入れていたのが仇となった。こんな失態を見せるつもりではなかった。むしろ、たまには先輩としていいところを見せてやろうという思惑すらあったのだ。
もっと慎重にするべきだっと注意し、思うように動かない体をワイリーのラボまで運んでくれたのはスネークだ。恥ずかしさは幾重にも重なり、今もフラッシュの気持ちを降下させている。
「じゃ、今日はもう帰りますね」
「おー」
手を振ろうとしたが、やはり上手く動かなかった。
こちらを振り向きもせず、スネークはラボを出て行く。フラッシュは悲しげなため息を吐いた。ただでさえ、力では後輩達に劣るのだ。己の得意とする分野でくらい、雄姿を見せつけてやりたかった。
「……すみません。博士」
産みの親であるワイリーにも迷惑をかけてしまっている。フラッシュは静かに目を閉じた。今は何も聞きたくないし、感じたくもなかった。修理が終われば、また酒に付き合わそうと考えながら意識を落とす。
「まったく。何を謝っておるんだか」
サードの改良も終わった今、ワイリーは特に忙しいというわけではない。無論、常に研究を重ね、さらなる改良を目指してはいるが、大切な我が子以上に優先されるようなものではない。
枯れ木のような手で青い機体をそっと撫でる。
純粋な戦闘用ではあるが、力自体はサードの方が幾重にも上回る。少々考えすぎる気のあるフラッシュが、そのことを気にしていることはわかっていた。
「スネークにいいところ見せようとしたのだろうな」
小さく笑う。
フラッシュを見ていれば、スネークのことを気にかけているということはすぐにわかる。思いを伝えているのかは定かではないが、他の者と関わろうとしないスネークがフラッシュの呼び出しには応えているところをみると、同じ思いを寄せているのだろう。
それにしてはスネークの態度は冷たい。同じ感情回路をつけているというのに、機体によってこうも個人差が出る。
「素晴らしい」
我が子ながらとつけたして、ワイリーはフラッシュの修理を始めた。
今回の修理には助手となる者を呼んでいない。助手が必要なほど大変なことでもないという理由もあるが、一番の理由は記憶に関するものだった。
メモリをいじる際、近くのモニターに一部ではあるが記憶が映し出されるのだ。誰にでも隠しておきたい記憶というものがある。父なるワイリーにならばギリギリ許せるが、仲間達には見られたくない。
ワイリーにならば許せるとは言われているが、彼も息子達の記憶を無断で見るのは忍びないと思っている。そのため、できるだけモニターには目を向けず、音声も切ってある。
【おーいフラッシュ】
【この作戦なんだがな】
不意に聞こえてきた音声に驚いて顔を上げる。見ればモニターから流れてきていた。
「しまった。忘れておったわ」
常に切ってあるものなので、ついているとは思っていなかった。音声をオフにして画面を見る。見ないように心がけていたはずなのに、一度でも見てしまうとつい気になってしまうものだ。画面に映されているのはセカンドの日常風景だった。
平和なその世界を見ていると、彼らが戦闘用だと忘れてしまいそうになる。
息子達が健やかに育っているのを見て、ワイリーは静かに微笑んだ。世界征服の野望はもちろんある。しかし、こうして息子達に囲まれている暮らしも悪くはない。
修理は順調に進み、時計の針が日をまたぐ前には終了した。シャットダウンからスリープモードに移行させ、朝に起きるように設定しておく。背を伸ばし、ワイリー自身も眠ろうと自室へ向かう。
その途中でふと思い出した。
フラッシュの記憶にはほぼ全員が写っていたが、スネークの姿は見えなかった。じっくりと観察していたわけではないので、見逃していたという可能性も否めないが、フラッシュの記憶はスネークで満たされているのではないかと勝手に想像していた身としては疑問を感じる。
「あ、博士。先輩の修理、終わったんですか?」
廊下でスネークと会った。
「終わったぞ。朝には目を覚ますじゃろ。
それにしても、お主はまだ起きておるのか?」
「蛇型ですので、夜の方が活動しやすいみたいです」
ワイリーが設定したものではない。体に合わせて徐々に変化していったシステムなのか、ライトが設定していたシステムなのかはわからなかったが、スネークの言葉に嘘はない。ワイリーは朝でも昼でもいいので、睡眠はしっかり取るようにと告げる。
「はい」
わずかに口角を上げて返事をする。
そのまま二人は別れた。ワイリーは自室へと、スネークはワイリーがやってきた方向へと進んでいく。
「さて、先輩」
ラボを開け、中へ入る。中央に横たわっているフラッシュの横に立ち、固く閉ざされている目蓋を見る。
「あんたって、本当に馬鹿ですよね。オレにいいところ見せようなんて、百年早いですよ」
見る者を不快にさせるような、下種な笑みを浮かべる。
フラッシュよりも性能が上だという絶対的な自信がある。同じだけの自信として、フラッシュがもっとも愛し、必要としているのは自分だという自信もスネークにはある。
「愛してますよ」
聞こえることはないと知っている。だからこその言葉だ。
意識のあるときには言ってやらない言葉を口にした。
END