酷くつまらない旧式だと、スネークは毎日のように口にしていた。
 熱を持たぬ冷たい瞳は言葉の棘を鋭利にする。聞かされる側の身にもなって欲しいと仲間達は思う。
「スネークはフラッシュ先輩が嫌いなんだね」
 タップが言うと、当然のことを問うなと睨まれる。彼は仲間の中では最も扱いに注意しなければならない人物だ。怒らせるのは得策ではない。タップは愛想笑いを浮かべてことを流そうとする。スネークも仲間相手に冷酷さを出す気はないのか、鼻を鳴らして再び言葉を続ける。
 フラッシュとスネークは互いの性質上、任務内で関わることは多い。時には先輩であるフラッシュのもとでスネークが任務を遂行することもある。
 好意を持つことができない相手と任務をこなすのは苦痛でしかない。それも、他の者と組むよりも圧倒的にフラッシュと組む方が多いのだ。愚痴も多くなって当然だろう。
「大体、何を考えてるのやら」
 自分のことを棚に上げてよく言う。心の中でタップは呟いた。
 フラッシュもスネークも表情が読めない。それが二人の性格でもあるし、情報を扱う系統の任務を多くこなす機体としては感情が薄いのはおかしくはない。そんなタップの考えていることを読み取ったのか、スネークは舌打ちをした。表情が読みにくいことは自覚しているが、悪いことだとは思っていない。
「オレのとは違うんだよ」
 彼が言うには、フラッシュにはまともな感情がないらしい。
 何を言っても、何をしても、怒らないし喜ばない。悲しむことすらしない。感情を出さないのではなく、感情がないのだ。
「確かにスネークはすぐ怒るよね」
 つい口から出た言葉にないはずの血の気がひいた。
 恐る恐るスネークを見れば、予想通りの不機嫌な顔があった。自分の短所を指摘され、笑顔でいられる者は少ない。スネークは短気な方なのでなおさらだ。どうにか気まずい雰囲気を消してしまおうと頭を働かせるが、焦る思考回路ではまともな案はでない。
「おい、スネーク」
 救世主。いや、生贄の声が聞こえた。
「……なんッスか」
 青い機体をじっと睨む。対するフラッシュは感情を見せずに紙の束を渡す。どうやら次の任務らしい。今日は休みじゃなかったのかと文句を言うスネークに、それは明日の分だと告げる。
「一週間後までにやってくれればいい」
 続けられた言葉にスネークは少し驚く。紙に書かれている任務内容ならば、二日もあればゆうにこなすことができる。何か意図があるのかと目を向けると、フラッシュは肩をすくめた。
「ちょっと調子が悪くてな、ちょっと細かいメンテナンスをするんだ。一週間後までお前達と会うこともないだろう」
 メンテナンスに一週間もかかるということは、コアや電子システムにいたるまで調べることになるのだろう。毎日のようにフラッシュと顔をあわせているスネークではあるが、そこまでのメンテナンスを必要とするほど調子が悪いようには見えなかった。
 タップがそれほど調子が悪いのかと、心配そうな声で尋ねる。
「いや、大したことはない。だが、博士達が念のためにとうるさいもんでな」
 強引にメンテナンスを了承させられたときのことを思い出しているのか、小さな笑みがこぼれた。
 本当に小さな笑みではあったが、それは二人にとって始めてみるフラッシュの表情だった。
「ま、そういうわけだから」
 驚いている二人に気づいていないのか、フラッシュは片手を振ってその場から去って行く。その気配が消え、ようやく驚きから解放された。
「……笑ってたね」
 タップが言葉を投げるが返事はない。怪訝に思い、スネークの表情をうかがってみる。しかし、不機嫌であるということしかわからない。これ以上ここにいれば、意味のわからない怒りの矛先を向けられることになるだろう。
 触らぬ神に祟りなし。さりげなくその部屋から離れることにした。
「んじゃ、またねー」
 意外にも引き止める声はなかった。
 他人のことを気にする余裕もないのかもしれない。スネークにしては珍しいことだ。短気ではあるが、怒りで周りが見えなくなるタイプではない。
「何かいいことでもあったでござるか?」
 知らぬうちに鼻歌を歌っていたらしく、シャドーが問いかけてくる。
 自分でも何故これほど楽しい気分なのかはわからない。なので、一つだけ確かなことを告げた。
「執着はいい感情だけじゃないよね」
 他人に興味がないスネークの心をフラッシュは捉えている。
 それはけっしていい感情ではない。憎しみや、怒りといった感情だろう。それでも、確かに執着しているのだ。
「執着は愛に変わる可能性も秘めているでござるよ」
 誰に対する言葉なのかわかっていないらしく、シャドーは若干的外れな言葉を紡いだ。ふと、スネークがフラッシュへ愛を向ける姿を想像して、気持ち悪いなと身震いする。
 仲が悪いのも困ったものだが、あの二人に関しては仲が良すぎても気味が悪い。
「そういえばさ、さっきすごく珍しいものを見たんだ」
 先ほどみたフラッシュの笑みについて話したが、返ってきたのは驚きの声ではなく、不思議そうに傾げられた首だった。
「確かにフラッシュ殿は感情が薄いとことはあるでござるが、笑ったり怒ったりは普通にするでござるよ」
 曰く、激怒や爆笑などといった大きな感情を見たことはないが、微笑みや眉間によったしわくらいならば、よく見かけると言うのだ。そんなはずはないとタップが否定すると、それはお主がフラッシュ殿と関わらないからだと返される。
 思い返してみれば、タップはフラッシュと任務をこなしたことはない。顔をあわせれば挨拶くらいはするが、進んで会いに行くこともない。今までタップが認識していたフラッシュ像というのは、スネークの口から聞かされてきたフラッシュ像であったことに気づく。
「まるで恋をわずらっている者のようでござるな」
 一人の人物についてずっと語っているのだ。顔見知り程度でしかない相手の性格や言動を、明確に考えることができるほどの量を毎日口にしているのだ。
 歪んだ愛情だと言われれば納得できないこともない。もしも、あれを愛とするならばだ。
「……でも、気味が悪いよ」
 交わることのない平行線の愛情だ。


END