二人で任務をこなす。今までならば、スネークが外で任務をこなし、フラッシュが内で任務をこなすのが常だったが、今回の任務では二人とも外にいた。
外にいるとはいっても、実際に外での情報収集をするのはスネークで、フラッシュは臨時の建物の内部で作業をこなしているので、いつも通りと言っても過言ではない。ただ一つ、スネークにとっての苦痛は、基地にいるときとは違い、顔を何度もあわせなければならないことだ。
無表情。無感情。無機質。旧型。嫌いな部分など、上げればきりがないというのに、休むためにはこの建物に帰ってこなければならない。小さく、区切りの壁などないここでは嫌でもフラッシュの作業が目に入る。
苛立ちを覚えながらも、あと数日の我慢だと必死に自分を抑えてきた。
「おい、スネーク」
今日も情報収集に向かおうとしていたスネークを呼び止める。面倒くさげに睨みつけると、コードを回収している姿が目に入った。
「もういい。お前はこれを持って先に帰ってろ」
渡されたのは小さなチップだった。ここに今までの情報が入っているだろうことは予想がついた。しかし、何故今なのかは理解できなかった。
「十分なんですか」
「いや、十分とはいいがたい。が、博士ならそれでどうにかしてくれるだろう」
セカンドの面子はサードの面々以上に博士のことを敬愛している。あの人のためならばその体を投げ出すことも厭わないだろう。そんな彼が、どうして不十分な情報でここから逃げ出すのか。スネークの怪訝な表情を見たのか、フラッシュは無感情に告げる。
「もうすぐここは襲撃される」
「はあ?!」
そんな話は聞いていない。そもそも、何故ここがばれるはずがない。
一瞬の後、体が冷える。自分がつけられていた可能性。情報収集の際にばれていた可能性。いくつもの可能性が頭を駆け巡る。息ができないような気がした。
「とにかくお前はさっさと帰れ」
ばれた理由には触れもせず、スネークの背を叩く。
「……あんたはどうするんですか」
情報が入ったチップを渡したということは、答えは一つなのだろう。想像はついたが聞かずにはいられなかった。
フラッシュはやはり無感情で、無表情だった。
「戦う」
逃げるための時間稼ぎだとは言わなかった。
「何体くらいいるんですか」
「さあな。でも数十はいるだろう」
「無茶ですよね」
旧型で、一度戦いに負けているフラッシュに数十体の相手が勤まるとは到底思えない。真っ直ぐにフラッシュを見るが、彼の意思もまた揺らがない。
「オレは足も速くないし、お前みたいに木に登ったり、地面に潜ったりはできない。
お前の方がそれを持って帰れる確率は高い。わかってるだろ?」
わかっていると頷くと、フラッシュはそれに、と続けた。
「旧型でもな、オレは純粋な戦闘用なんだよ」
始めて見る瞳だった。擬音をつけるのならば、ギラギラというものがしっくりくる。
戦闘用ならではの、戦闘欲だとでも言うのだろうか。普段から瞳にだけでも感情を宿してくれれば、もっと好きになれていたかもしれない。そんな風に心の隅で呟いて裏口から出て行った。
森を走っていると、後ろの方で爆発音が聞こえる。戦闘が始まったようだ。振り返りたい気持ちを抑え、ただ真っ直ぐに走った。何があっても、手の中にあるチップだけは持ち帰らなければならない。
追っ手はこなかった。基地に帰り、仲間達の表情を見たとき、がらではないと思ったが安心した。情報が詰まったチップを博士に渡し、無事に任務が終了する。軽いメンテナンスを受けてスリープモードに入る。
意識が落ちる寸前、フラッシュのことが脳裏を過ぎったが、どうにもできなかった。
目を覚ますと、隣にはシャドーがいた。いつもヘラヘラしている表情が、今日は何故か暗い。
「……起きたでござるか」
あまりにも暗いその声に、何かあったのかと尋ねる。しばらくの沈黙の後、シャドーは口を開く。
「フラッシュ殿がやられたでござる」
思考回路でシャドーの言葉を繰り返し、意味を読み取る。
結果、やはり数十体の敵には勝てなかったのかということにいたった。知らずに口角を少し上げる。純粋な戦闘用だと言い、瞳を光らせていたわりにはあっけない結末だ。やはり旧型よりも新型である自分達の方が幾段も上をいっている。
「へー。んで、今は修理中?」
ベッドから起き上がり、ラボへ向かおうとする。しかし、シャドーは静かに首を振っていた。
嫌な予感がした。何で首を振るのだと言葉にすると、声は驚くほど震えていた。
「コアごと破壊されたのでござる」
嘘だろ、とか細い声で呟く。コアはロボットにとってもっとも大切なものだ。命であり、記憶であり、その者を作り出す源だ。例えボディが残っていたとしても、目を覚ますのはフラッシュマンではない、別のロボットだ。
言葉にはせず、ただ嘘だと頭の中で叫ぶ。電子信号があちらこちらをせわしなく行き来するのを感じ、ようやく自分が混乱しているのだと理解した。
「スネーク。フラッシュ殿は、もういないでござる」
「嘘だ」
シャドーの言葉をすぐさま否定する。
制止の言葉を口にしたシャドーを無視して、ラボへ向かって走った。何かの間違いだ。そうでないのならば、シャドーの悪い冗談だ。
「フラッシュ!」
ラボの扉を開け、叫んだ。
中にいたのはセカンドの面々と博士、そして、青いボディの破片と砕かれたコアだった。
「……すまん。スネーク、今は……」
メタルが悲しそうに目を伏せながら言う。
誰もがそれ以上の言葉を口にしなかった。彼らは兄弟だったのだ。悲しさも大きいだろう。
その場の雰囲気に圧倒され、スネークは後ろに引き下がることしかできなかった。
「スネーク殿」
それでも、スネークはラボの前から離れなかった。壁に背を預け、床に座り込む。
「最後に見たあの人の瞳を見てさ、いつもそうならもっと好きになるのにって思ったんだ」
心配そうに近づいてきたシャドーへ告げる。
あの時は疑問にも思わなかった感情だが、ずっと嫌っていた相手に向ける思いではなかったと今さらながらに気づく。
「オレ、あの人のこと……好きだったのかもしんねぇ」
涙は流れない。ただ、コアの一部が破損してしまったような、空洞を感じていた。
失ってから気づくなど、どこぞの三文小説のようだ。ありきたりで、誰からも飽きられているような話なのに、こうして自分自身に振りかかるとおそろしく悲しい。悲しいなどという形容詞では伝えきれないほどの悲しみだった。
END