「先輩はこの会社、辞めないんですか?」
 とある日、オリマーは尋ねられた。
 質問の内容も驚くべきものだった。しかし、彼を何よりも驚かせたのは、その質問を投げてきた相手がルーイだったことだ。無口で何を考えているのかわからないことで有名な新入社員だ。言葉を発する姿を見るのは始めてだったかもしれない。
 感動の一つも覚えそうになったのだが、問いかけがあまりにも不穏で、オリマーは硬直してしまっていた。
 ルーイの疑問は、社員が次々と辞めているような状況でもなく、転職ブームだったということもなかった平凡な一日のとある時間に発せられたのだ。
 遠まわしに会社を辞めろと言われているようにしか聞こえない。
 後輩に嫌われているのだろうかと、オリマーはその日悩み続けていた。


未知の星の住人


 オリマーはちょっとした不注意から、未知の星に不時着した。命があったことに喜んだのはつかの間で、彼は三十日以上その星に滞在することはできず、ロケットは到底脱出できるような状態ではなかった。
 未知の星で出会った生物、ピクミンの協力を得て、彼は散らばってしまったロケットのパーツを集めた。全てを取り戻す必要はない。心残りではあるが、私物などは最悪、放置でも構わない。
 そう決心し、一日一日を大切に過ごした。
 けれども、心構えだけではどうにもならないことはたくさんある。オリマーがどれほど頭を捻ったところで、未知の星に生息している原生生物が大人しくなることはない。目覚めれば、本能に従ってピクミンやオリマーを捕食するべく迫ってくるのだ。
 重たいパーツを集めるには相応数のピクミンが必要になる。食べられてしまったのならば増やさなければならない。悲鳴をあげて死んでいった彼らを思って胸を痛めることもあった。
 その日の出来事を書き残しておかなければ、とてもではないが正気を保っていられる自信がなかった。誰かに未知の星や生物について伝えることを意識することで、ようやく自分という存在を確認できているような日々。
 時には、故郷を懐かしむこともあった。小うるさい上司や、家族のことを思い、ここで死んだら。と、不安になることもあった。冒険をするのは幼い頃からの夢だったが、家庭を持った今となっては命の危険は勘弁願いたい。多少は楽観的に生物の観察なども行っていたが、オリマーの心はいつも不安で満ちていた。
 誰も知らぬ星で死ぬ。それは恐ろしいことだ。
 死を伝えることすらできず、遺体を弔ってもらうこともできない。想像するだけで背筋が凍る。
 けれど、いざとなってみれば、何も怖くなかった。
「――駄目、だったな」
 ロケットの中でそう呟いた頃には、ある種の悟りさえ開いていた。
 落ちていくロケット。停止した生命維持装置。衝撃で死ぬのか、空気中の毒をもって死ぬのかはわらかない。どちらの方がマシかという選択はできるかもしれないが、結果はどうにも選びようがない。
 遺書でも書いて置くべきだったかと思う反面、書いたところで届くことはないのだと笑う。
 そして、彼の意識は一度途絶えた。
 一度、ということは、次があったということ。
 オリマーは目を覚ましたのだ。
 頭が引っ張られるような感覚。次に広々とした世界へ飛び出した感覚。それらを経て彼は目を開けた。
「……ルーイくん?」
 首を傾げる。
 目の前にいたのは、後輩のルーイだ。宇宙服を身にまとった姿は、常日ごろから見てきていたものと寸分違わずそこにある。無言の時間が流れる。
 こんな時でもルーイは無口だった。
 もしかすると、これは夢なのかもしれない。オリマーはそう判断して、頬をつねった。痛い。そして気づく。
 現在の光景は夢でも何でもない上に、己は生命維持装置を付けずに活動している。有害な空気の中で、平然と呼吸をしていた。まるで、この星で生きている生物のように。
「私は、これは、どういう」
 年下の前でみっともないと思いつつも狼狽してしまう。何が起こっているのか、見当もつかない。
「日誌、見ました」
 混乱しているオリマーへ、声が届く。久方ぶりに聞いた、意味があり、理解ができる生の言葉だ。落ち着いた状況だったならば、涙の一つも流していたに違いない。
 オリマーは眉を下げながらルーイを見る。
 彼はいつもと変わらず無表情で、何を考えているのかわからない。
「頭、触ってみてください」
 そう言われ、オリマーは頭を触る。手に何かが当たった。髪のような、柔らかいものではない。硬すぎるということはないが、弾力があり、滑らかな質感を持っている。
 同じような感触のものを、オリマーは知っていた。三十日間、触れ続けていたものだ。
「私は……」
「ピクミンと同じですね」
 呼吸ができるのも当然だ。オリマーは、もはやホコタテ星人ではなくなっていたのだから。
「何故、私が、ピクミンに……?」
 ルーイは肩をすくめる。知っているはずがない。
 彼は先ほどこの星にたどりついたばかりだ。会社が潰れ、再就職先を探しながらぶらりとしていたときに見つけた星へ着陸したまでのことで、未知の星に対する知識など何一つ持っていなかった。
 ピクミンという言葉も、潰れたドルフィン号から持ち出したデータから知っただけだ。
 オリマーは頭を抱えてうずくまってしまっている。己が身にふりかかっている事態を理解しきれていないのだ。始めてみる先輩の狼狽ぶりをルーイは黙って見つめていた。
 しばらくして、どうにかオリマーが冷静さを取り戻す。
「そういえば、キミはどうしてここへ?」
「会社が潰れたので」
「え?」
 端的な言葉で伝わるはずがない。
 オリマーは目を見開いて、疑問符を浮かべている。
「先輩が埋まっている間に、潰れました」
 もう職がどうのと言っている場合ではないだろうに、オリマーは再び頭を抱えた。家族がどうのと唸っているが、彼の家族は既にオリマーのことを諦めているだろう。それだけの時間は経っている。
「ありがとうございます」
 ぽつりとルーイが言い、オリマーは顔をあげる。
 何に対する言葉なのかわからない。
「私は、お礼を言われるようなことはしていないよ」
「いえ」
 ルーイは首を横に振った。
「先輩がいなかったおかげで、すっぱり会社を捨てられたんで」
 それだけ言うと、ルーイは周囲を探索してくる、とその場を去ってしまった。
 残されたオリマーは呆然としているだけだ。
 彼が知る必要のはまったくないことだが、ルーイはキャプテン・オリマーに憧れていた。どう考えても、己に向いているとは思えない職を選んだのはそのためだ。
 うるさい上司に嫌気がさしてストレスが溜まっていた。オリマーが会社を辞めてくれさえすれば、自分も新しい場所へ行けるのに。そればかりを考えていると、食欲がわいてきてしまった。ルーイは、ストレスが溜まると自棄食いをするタイプの男だったのだ。
 そうして得たのは借金だけ。ただし、それは会社のもの。
 ルーイはオリマーが帰ってこないことで諦めをつけ、さっさと会社を辞めたのだった。
「未開の星、か」
 面白いものも、美味しそうなものも、山のように存在している。
 ホコタテ星へ帰って報告すれば、一挙に大金持ちにだってなれるだろう。だが、ルーイにその気はまったくなかった。
 ピクミンと化したオリマーがホコタテ星で生きられる保障はどこにもない。彼の命を思えば、ここに残ったほうがいいに決まっている。それに何より、ここにいる限り、面倒な呪縛から逃れることができるはずだ。
 ルーイとしても利点が多い。多少の面倒はあるかもしれないが、差し引きしてみても、プラスが多い。
 わずかに口角を上げた彼は、とても満足そうだった。

END