ルーイが目を覚ましてみると、そこは慣れ親しんだサイズで溢れていた。何もかもが巨大であった星ではないことがすぐにわかった。
 上半身を上げるのも面倒で、視線だけで周囲の様子を窺う。真っ白な空間は、普通に考えるのならば病院、もしくはそれに順ずる施設だろう。ある程度はカーテンでしきられているので、他にも人がいるのかどうかはわからない。少なくとも、医者や看護師は見当たらない。
 どうするべきなのだろうかと、少しだけ考えてみる。家に帰りたいような気もしたが、点滴が打たれているようなので、無闇に動き回るのはよくないだろう。医者が困るのは構わないが、己の身に不都合が出てくることは避けたい。
 世の中には、ナースコールという機能がある。しかし、入院などしたことのないルーイにとって、それを押すというのは不安が大きかった。騒ぎになったら面倒だったし、後々に怒られても嫌だ。
 思案の末、もうひと眠りすることにした。起きるころには誰かがいるかもしれない。
 ルーイは再び目を閉じた。暗い世界は洞窟を思い出させるが、特に恐怖らしい恐怖はない。彼はピクミンを連れずに最下層までたどりついた人間だ。並大抵の心臓ではない。
 美味しいものを食べる夢でも見よう。そう思ったとき、彼の耳に扉が開く音が届いた。
 タイミングが良いのか、悪いのか。どちらにせよ、医者の可能性は高そうだ。眠りにつこうとしていた意識を叩き起こし、目を開けた。
「ルーイくん!」
 すぐに閉じようかと思った。
 そこにいたのは医者ではなく、共に未知の星で生活してきていた先輩、オリマーだった。
 お人好しそうな顔についている目には、薄っすらと涙が浮かんでいる。年を取れば感情など消えていくのではないかと思っているルーイにとって、オリマーは自分よりも子供っぽいと感じる人間だ。
「よかった。目が覚めたんだね。
 覚えているかい? キミはもう三日も眠ったままだったんだよ」
 眠っている間のことなど知っているはずがない。思ったことをそのまま伝えてやろうかと思った。だが、面倒くささが優先され、その言葉はルーイの腹の底に飲み込まれた。彼に食べられないものは殆どない。言葉さえ近いうちに消化されることだろう。
 黙っているルーイに、オリマーは不安そうな顔を向けた。
 何かしらの障害が残ってしまったのだろうか。それもと記憶に問題が出ているのだろうか。目を覚ましたとはいえ、まだ言葉を発せられるほど回復していないのだろうか。
 様々な考えがオリマーの脳を駆け巡る。同時に、それは彼の顔にそのまま出ていた。
「……おはようございます。オリマー先輩」
 最低限の言葉を用いて、己に記憶があり言葉を発することも可能であることをオリマーへ伝える。
 途端に明るくなった顔を見て、ルーイはやっぱり子供のような人だと心の内側で呆れた。。
「入院費は一応、労災で降りるみたいだから安心してね」
 近くにあった椅子を寄せて、オリマーは座る。長話をするつもりなのだろうか。
 ルーイとしては、話すことを話したらとっとと帰って欲しい。
「キミのお婆さんもお見舞いに来てくれていたよ。
 明日も来られるだろうから、元気な顔を見せておあげ」
 返事がなくともオリマーは言葉を続ける。そもそも、ルーイからの返事はあまり期待していないのだ。彼は昔から無口で、未知の星にいるときでも、ろくに会話は続いていなかった。
 適当な雑談がしばらく続き、唐突にオリマーは口を閉ざした。
 話題がなくなったのならば帰ればいいのに。と、思ったのは一瞬だけで、ルーイは眉間にしわを寄せて首を軽く傾げた。
「……すまない」
 オリマーは先ほどまでとは打って変わった様子で謝罪の言葉を口にした。
 長い間、雑談をしていたことに対する謝罪だとは思えない。ルーイとてその程度の空気を読む力は持ちあわせている。
「私の不注意で、キミをあの星に置き去りにしてしまった。
 心細かっただろう。不安だっただろう。
 謝罪の言葉だけで許されるとは思っていない。
 だが……すまなかった」
 頭を下げて謝罪の言葉を並べていく。
 その様子をルーイは冷めた目で見ていた。
 別段、謝って欲しいわけではなかった。オリマーがどこか抜けていることは入社してすぐに気づいていたし、置いていかれたのは自身が宝を持ち帰ろうと少し離れていたからだ。己の非だと認めることはしないが、オリマーのせいにもする気はない。
 確認くらいしろよと言葉を吐いたことはあったが、ルーイはそれなりに暮らしていける自信もあった。現に、彼は原生生物を食べて生き延びていたし、誰にも縛られない生活を楽しんでいた。
「いいですよ」
 だから、簡潔に言った。
 怒っているわけでも、恨んでいるわけでもない。それを伝えた。
「いや、キミ自身が心の傷に気づいていないだけかもしれない。
 やはり、私はとんでもないことをしてしまった」
 ルーイには、オリマーがそこまで己を悪く言う理由がわからなかった。責任感のある人だとは思っていたが、もう少し融通が利くというか、他人の言葉を素直に受け入れる人だったように思う。
 頭を下げているオリマーを観察しつつ、過去の記憶をあさってみる。すると、一つだけ心当たりがあった。
「怒ってたわけじゃないんで」
 そう言うと、オリマーが顔を上げた。
 驚いたような表情をしている。
「ちょっと、お宝が欲しかっただけですから」
 馬鹿でかかったとはいえ、ルーイが巣食っていたのはショイグモの一種だ。
 背負ったものによって性格は変化するし、ルーイは意識を保ったまま、あの怪物を動かしていた。
 だからこそ、オリマーはルーイが彼を恨んでいると考えたのだろう。考察するのは悪いことではないが、考えすぎるというのは問題だ。ルーイは言葉を紡がぬまま思考していく。
 オリマーが社長と共にやってきたとき、ルーイにはある程度の意識があった。しかし、自我があったかといわれれば微妙なところだ。始めから持っていた欲望だけで動いていた。と、いうのが正しいところなのだ。
 故に、あの時は、オリマー達を見ても、全てのお宝は己のものであるべき。としか思わなかった。だから攻撃した。
 そこに、恨み辛みは一切存在していなかった。あったのは、一種の防衛本能ともいえるような、根本にある本能の部分だけだ。
「しかしだな……!」
「じゃあ、今度、奢ってください」
 まだ続けようとしたオリマーに、言葉を被せる。
 オリマーは目を丸くしてルーイを見ていた。
「……キミに奢るのは、大変だな」
 少しの間を置いてから、オリマーはそう言って笑った。

END