基本的、モーゼスは唐突に訪ねてくる。約束を取り付けるという発想がないのか、家族というくくりの中に遠慮はいらないと考えているのか。その両方である可能性は非常に高い。
そんな彼なので、ウィルが娘のハリエットと恐ろしくも穏やかな昼食を取っているときにやってきたのも、特に不思議ではなかった。
「昼飯中じゃったか。すまんの」
ノックもなしに入ってきた男の言う言葉ではない。
ウィルは呆れたように息を吐いたが、説教をすることはなかった。同じ街に住み始めてから、長い時間が経っているとは言い難いが、モーゼスの行動に慣れてしまうのには十分な時間と頻度が積み重ねられてきている。
だが、歓迎できるわけでもない。ウィルは扉を開けたままにこちらを覗いているモーゼスを半目で睨んだ。
「それで、今日は何の用だ」
ハリエットが料理をするようになる前は、食事をたかりに来たこともあった。しかし、今ではそれを恐れている節すらあるので、そういった類の用ではないのだろう。他にモーゼスが訪ねてきそうな用件といえば、面白そうなモノを見ただとか、ノーマが呼んでるだとか、そんなところだ。
日常と呼ぶこともできる事象ではあったが、面倒なことに変わりはない。
「大したことやない。
そろそろ、ワイらもアジトへ戻るいうこと伝えにきただけじゃ」
あっさりと告げられる。いつもと同じ顔、否、笑みさえ浮かべて口にされた。だが、ウィルはそれを何事もない風に受け取ることはできなかった。目をわずかに見開き、言葉を詰まらせる。
思えば、いつもならば無遠慮に上がりこんでくるはずのモーゼスが、今も扉の所にいる。長居するつもりはない証拠であり、今までとは違った用件であったことは察せられたはずだ。
「……戻るのか」
やっとのことで吐き出せたのは、こんな言葉だけだった。
「おぅ。アジトの修復も終わったからの」
モーゼスは嬉しそうに笑う。
それもそのはずだ。彼にとって、アジトは我が家のようなもので、雑魚寝を強いられることもなければ強風に悩まされることもない。修復も帰宅も喜ばしいことでしかない。
問題があるとするならば、彼の喜びをウィルが同じように受け止めてやることができなかったという点だけだ。
頭の片隅では、モーゼスには帰る場所があるのだとわかっていた。しかし、それよりも強く、ウェルテスにいることが当たり前だと思ってしまっていたのだ。
山賊の騒ぎにウィルが駆けつけたこともある。早朝の散歩に出くわしたこともある。セネルの家でパンを食べている姿を見かけたこともある。それら全てが日常の中に組み込まれてしまっていた。
「えー。どこに行っちゃうの?」
ハリエットが不満気に言った。
彼女にとって、山賊達のいる場所は灯台の下でしかない。元々、モーゼスが住みかとしていたアジトは、彼女が遺跡船にやってくる前に壊滅状態にされてしまっていたのだ。
「ワイらのアジトじゃ。ウィの字がえぇ言うたら、いつでも遊びに来るとえぇ」
ジェイの住んでいる場所や眺めのいい場所と比べれば、モーゼスのアジトは近い位置にあると言える。ダストを使えばなおさらに近い。山賊達もハリエットのことは知っているので、何かあったとしても対応してくれるはずだ。彼らは首領に似て面倒見が良い。
行く行く、と元気な声を上げた娘を軽く小突き、再びモーゼスに言葉をかける。
「ずいぶん時間がかかってしまったな」
「ほぅじゃの。
ワの字に壊されるわ、ヴァーツラフに壊されるわ……」
モーゼスが遠い目をしてしまうのも無理はない。
シャーリィを誘拐し、破壊の原因を作ってしまったのは彼であるが、アジトの破損っぷりは凄まじいものがあった。
「修復が必要な場所や必要な材料を調べとるうちに水の民と争うことになってしもうたし」
今となっては、あの争いも過ぎた過去だ。あの時期も山賊達はアジトの破損状況を調べていたのだが、紆余曲折の末に水の民との争いが始まり、カカシにウェルテスが包囲されてしまった。陸の民が街の外に出ていけるはずもなく、彼らの作業は一時中断を余儀なくされてしまっていた。
仕方のないことだと笑いつつ、どこか心配そうにしていた山賊達の表情をウィルは今でも覚えている。またアジトが破壊されるのではないかと不安に感じていたのだろう。
「その後は地震に加え、魔物の凶暴化があったしな」
ウィルが小さく笑い、モーゼスは肩を落とす。
争いが終わり、ようやくアジトの修繕ができるかと思いきや、魔物の凶暴化によってアジト修繕をしていた部下が怪我をした。加えて地震が頻発したため、生き埋めになる可能性も出てきた。そうして、山賊達の作業はまたまた中断することとなった。
彼らの様子を見るに、不運とは重なるもののようだ。しかし、流石に不運もネタが尽きたらしく、今になってようやくアジトの修繕が叶ったというわけだ。
「まぁ、ようやっと帰れるようになったちゅうわけじゃ。
チャバにも苦労させてもうたからな。今の今日じゃが、セの字達にも一言伝えたら行くわ」
「あぁ。そうだな。彼は本当によくやっていた」
モーゼスの右腕であるチャバは、街の人間と山賊達の間を取り持つ役割を担っていた。何度かいざこざはあったものの、今までそれなりにやってこれたのは彼の働きがあったからこそだ。
「ウィの字にも世話かけたな」
「そうだな。だが、街の人間もお前達のことを受け入れ始めていた。
ハリエットの面倒を見てもらったこともある。お互い様ということにしておこう」
始めこそ、街の人間は山賊達に近づこうとしなかった。だが、時間が経つにつれ、彼らに好意を抱く者も増えていった。元来、気の良い連中だ。困っている人を見れば手を貸すことも多かったとウィルは耳にしている。
モーゼスが家族として認めたウィルやセネルが街の保安官めいた立ち位置にいることから、盗賊行為もすっかり行わなくなっていた。もはや、山賊とは名ばかりの集団と化していたのだ。
「クカカ。ほうじゃの。この街を気に入った奴も多かったわ。
これからは魔物退治と狩猟で生活することになるじゃろうな」
「そうしろ。またお前達の悪評を聞いたら、オレとセネルとクロエがアジトに乗り込むぞ」
揶揄するように言えば、モーゼスも正しくウィルの言葉を受け取ったらしく悪役のごとき表情を浮かべた。
「それもええのぉ。あの時を思い出すわ。
ほなら、嬢ちゃんにも協力してもらわなあかんか」
「セネルに殺されても知らんぞ」
「クカカ。そりゃそうじゃ。流石のワイでもブチ切れたセの字の相手はごめんじゃ」
モーゼスはウィルとハリエットに背を向け片手を振る。
「いつでも遊びに来い。ワレらやったら歓迎するからの」
それだけ残して、モーゼスはウィルの家を後にした。
余談ではあるが、その後、セネル、シャーリィ、クロエ、ノーマに伝えたが、その頃には日が沈み始めてしまっていた。そして、送別会ができなかった腹いせと称して、ノーマにより山賊のアジトで大掛かりなパーティーが開かれた。
END