あれから十年たった今、私はあの時のことをよく思い返しています。
たくさんの人と出会い、関わっていましたが、常に行動を共にしていたメンバーの中では私が最年長でした。他のメンバーの多くは十代。唯一ガイが二十代でしたが、まだまだ子供の域をでていませんでした。
私は、大人として、もっとやってあげられることがあったはずなのです。
あの時、私は多くを語りませんでした。
未確定な情報を与え、ルークを混乱させるくらいならば何も告げぬほうがいいだろうと考えていたのです。ですが、それは間違いでした。
何も告げない私に不信感を覚え、何も話さなかった。
いえ、そもそも、ほぼ初対面の人間と、昔から敬愛していた師匠を比べさせるというのが無理な話なのです。私だってそんな選択を迫られたら昔から知っている人を選びます。
ですが、私は何も言わなかったルークを責めた。自分の非を認めることもせずに。
私もまだ若かった……。アクゼリュスが崩落したことがあまりにも非現実的すぎて、自分の許容範囲を超えていたのでしょう。
あの時、ルークに優しくしてやれたならば、せめて、素直に謝るという行為を教えてあげることができていたのならば、結末は変わっていたかもしれません。
彼がレプリカである可能性を疑っていたにも関わらず、私は彼の無知を馬鹿にした。彼の知識が十七歳のものであるはずがないとわかっていたはずなのに。結果、彼は人に尋ねるということをやめた。
知らないことは悪いことではない。知らないことを知らないと言えるのは勇気がいるけれども、正しい判断なのだと教えてやることができなかった。
普通の七歳以上のことをやってのけていたアッシュの変わりに送りこまれた0歳の感覚とはどういうものなのでしょうか。
できないこと、知らないことがおかしいと言われる毎日。周りの者が皆、自分じゃない自分を求めている。ゆっくり覚えるということはさせてもらえなかっただろう。
一気にたくさんの情報を与えられ、それを処理させられた。
失敗すれば怒られ、呆れられる。そして、昔は……と言われる。そんな毎日をルークはどう思っていたのだろうか。
誰も彼を責めなかっただろう。ただ、無言で圧力をかけただけ。
周りは誰も彼に謝罪を求めなかった。謝罪は必要ない。ただ、記憶を取り戻し、誰もが知っている『ルーク』になってくださいと願っていた。
彼は、知っていたのだろうか。
『ありがとう』や『ごめんなさい』の意味を。
その言葉を知ったのは、彼が死ぬ少し前だったのではないのだろうか。
甘く、冷たい檻に閉じ込められていた彼。親友兼使用人のあの男も当時は子供だったのだから、本当の親のように教えられたとは思えない。
たぶん、私は未だに二つの言葉を教えることはできない。
ルークに会って私は少し変わりました。変わって、ようやく彼が二つの言葉を知らなかったのではないかという仮説にたどりつきました。
もしも私に子供がいたのならば、もしも私に死の意味が理解できていたのならば、二つの言葉をルークに教えられたのでしょうか。
檻というなの城で積み上げられたちっぽけなプライドと、師匠との絆でしか自分を形作ることができなかった彼に自分の形を作る方法を教えられたのでしょうか。
彼にとっての『ごめんなさい』とは一体なんだったのでしょう。
謝罪の言葉? 罪を軽くする呪文?
おそらく、答えは『許されることのない罪の再認識』
答えを知っている人はこの世に存在してません。ですが、彼にとって『ごめんなさい』は、いいよ。と返されるものではなかったのでしょう。
彼は『ありがとう』と心の底から言えていたのでしょうか。
許されることもなく、重い罪をただ背負わされるばかりのルーク。
ルークはあまりにも急速な成長をとげました。周りの人々がそうしろとルークの背を押したのです。無理に背を押されたルークがこけようとも、傷だらけになろうともかまいもせず。
休むことも許されず走り続けた。
ルーク。あなたは今、ゆっくり休めていますか?
もしも、あなたがこちらの世界に還ってくることがあるのならば、お願いですから私とは関わることのない場所で生まれてください。もう二度とあなたの背を押すことがないように。
『ありがとう』と『ごめんなさい』をちゃんと教えてくれる人のもとに生まれてください。
そして、次こそは、幸せに。
END