自分がアッシュのレプリカだと知り、しばらく寝込んでいたルークが目を覚ました時、ルークはすっかり人が変わっていた。
己の罪をしっかりと見て、罪を償いたいとティアに言った。
「本当にできるの?」
「できるできないじゃないんだ。やるしかないんだ」
自然な笑みを見せたルークに、ティアは安心した。
もしかしたら、ルークはあのまま壊れてしまうのではないかと心配していたのだ。
クリフォトから脱出したルークを迎えたガイにもルークは同じことを言った。やるしかない。できることをやると。
「なんか、明るくなったな」
罪を犯したことに対して卑屈になるわけでもなく、ただ純粋に罪を償いたいと前を見るルークは少しまぶしかった。
「そうかな?」
今まで笑えなかった分も笑おうとするかのようにルークは笑った。
ジェイドやアニスに嫌味を言われてもルークは笑っていた。何を言われても当然なのだと笑うのだ。ナタリアにアッシュと間違われても笑った。双子みたいにそっくりだからと。
罪を償うために一生懸命で、明るくて、笑ってばかりのルークを仲間達は見直した。
ナタリアが王の本当の子供じゃないと告げられ、罪人として捕まったときも、ルークは笑ってナタリアを励ました。
「ナタリアは何か悪いことをしたわけじゃねーんだからさ、大丈夫だよ。王様を信じてやれって」
自分すら信じられなくなっていたナタリアにとって、ルークの言葉はとても暖かく、優しいものだった。ルークの言葉があったからこそ、ナタリアは自分と父を信じることができた。
ガイがルークを傷つけ、落ち込んでいるときもルークは笑っていた。
「ガイの意思じゃないんだろ? 落ち込むなよ。オレは大丈夫」
ティアに治してもらったとはいえ、けっして傷は浅くなかったはずなのに、ルークは自分よりもガイを優先した。
今は主従の関係ではないとはいえ、殺害を目論んでいた元使用人にかけられる言葉としては優しすぎるものだった。
イオンを殺してしまい、己の罪に押しつぶされそうなアニスにもルークは笑いかけた。
「泣いてたらイオンも悲しむぞ? アニスは大切で失いたくないものがたくさんあっただけだろ?」
これでもかというほどルークを責め続けたアニスにもルークは優しかった。
昔のルークなら……とアニスは考えかけたが、すぐに思考を変えた。今も昔も、ルークはルークだったとイオンは言っていたから。
ルークの優しさに気づけなかったのは自分が悪いのだ。ルークは優しくする術を学んだにすぎないのだ。
真っ直ぐで、優しくて、太陽のようなルークを仲間達は好きだった。
ルークがずっと笑っているから。ルークが傷ついたそぶりを見せないから。誰もが忘れてしまっていた。自分達が、ルークに何をしたのか。
そう、運命の時が来るまで忘れていたのだ。
「私は、もっと残酷なことしか言えませんから……」
公私混同を是としないジェイドが言いよどむほどのこと。仲間達はその言葉の意味を理解していたが、それを口に出すことはできなかった。それを口に出してしまうということは、世界のためにルークを捧げるということだから。
アクゼリュス崩壊直後ならば、簡単にルークを捧げたかもしれない。だが、今ではルークは何者にも変えられない大切な仲間なのだ。
「……?
みんな、何言ってるんだ?」
重い空気の中、ルークがいつも通りの口調で言った。
「オレが行くのは当然だろ?」
何百年も昔から決まっていることのようにルークは言ってのけたのだ。
「ル、ルーク……?」
あまりにもキッパリ言いきったルークに、ガイは違和感を覚えた。
死ぬのだ。瘴気を中和したら、死んでしまうのだ。だというのに、ルークはいつもと同じなのだ。
「オレが行けばみんな助かるんだ。オレが行くしかねーじゃん」
いつも通り太陽のような笑顔を見せる。
キラキラ光る笑顔に全員が呆然となった。
「逃げたければ、逃げてもいいんだぞ……?」
「誰もお前を責めたりはせん」
両国のトップが言うが、ルークは首を傾げるばかり。
「何でそんなこと言うんだ? 逃げるわけねーじゃん。オレのするべきことは瘴気の中和だろ?」
心底不思議そうなルーク。
「お前ッ!!」
ただ純粋に不思議がるルークを殴ったのはガイだった。
「ふざけんなっ!! お前……わかってんのか?!
瘴気を中和するってことは――」
「死ぬんだろ?」
怯えたようすもなく、ルークは言った。
「わかってる。オレだってそこまで馬鹿じゃねーよ」
笑う。笑う。
「じゃあ……なんで…………」
聞きたくない。そう思いつつも、ガイは聞いてしまった。
「だって、死んでもいい存在じゃん」
死んでもいい存在なんているはずがない。誰かがそう言ってやる前に、ルークが言葉を紡いだ。
「ガイ。お前にはもっといい友人や主人がいるよ。
ジェイド。オレぐらいさっと切り捨てれないとだめなんじゃねーの?
ナタリア。安心してくれよ。オレは元王族らしく立派に死ぬから。
アニス。オレはイオンみたいに生きるべき奴じゃねーから泣くなよ。
ティア。もうオレは何も罪を犯してないよな? もう、償いはできねーから」
仲間一人一人にルークは言葉を残してゆく。
「……ミュウ。ごめんな」
ミュウにだけルークは謝罪した。
ルークを責めることなく、いつでも傍にいてくれたミュウにだけ。
「じゃあ、いってきまーす」
「待て! ルークっ!!」
笑顔で走っていくルークにガイが手を伸ばした。
「待ってください!!」
ナタリアの声にも振り向かない。
ルークの赤い髪が見えなくなるまで誰も動くことができなかった。
「……ルーク」
始めにティアが膝をついた。
「…………なんで?」
次にアニスが泣き崩れた。
次々に崩れてゆくルークの元仲間達。
「どういうことだ」
ピオニーが唯一崩れることなかったジェイドに尋ねた。
「……………………おそらく、ルークの精神は壊れていたのではないかと思います」
ジェイドもショックが大きかったようで、いつもの冷たさが声に欠けていた。
「いたって普通に見えたが……?」
「あなたと会ったのはアクゼリュス崩落後でした。
憶測になりますが、ルークは目覚めたときにはもう……」
「嘘だっ!!」
ジェイドの言葉をガイは否定した。
「だって……笑ってたんだぞ?! ルークは……ルークはっ!」
いつも笑っていた。そう、いつも、どんな時も。
「それが、おかしかったのですよ」
笑えるはずがなかった。
たくさんの人を殺したという罪を背負って、笑えるはずがなかったのだ。
一人では到底背負いきれない重荷をルークは全て一人で背負っていた。背負わせたのは、誰?
「彼を壊したのは、私達です」
ヴァンとルークの密会を知りながら何も言わなかったのはナタリア。
ヴァンの作戦をある程度知っていたのに何も言わなかったのはティア。
自らの罪を棚に上げ、ルークを責めたのはアニス。
自身はなにも告げなかったというのに、ルークが何も言わなかったのを責めたのはジェイド。
最後の最後まで支えてやることができなかったのはガイ。
選択を誤った代償は大きかった。
END
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(ちょっと説明?)
ルークは本編のように、アッシュの中からみんなを見たりしてません。
ただ、アクゼリュス崩壊の光景と、その後責められる自分を延々と見続けてました。
結果、目覚めたときには 自分=いらない。の方程式が完成してしまい、それが当然だと思うようになったので卑屈の欠片もない子になってしまいました。