プレイ時に考えていたモーゼス編展開です。
あっけらかんとしているモーゼスに黒い霧が発生する理由を考えたらこういう展開になりました。
一応、前向きな風に終わっていますが、後味は悪いと思います。死ネタです。
魔獣使いであるモーゼスが首領と務める山賊集団には、当然ながら魔獣使いが多く存在していた。元々、彼と同じ部族の出であった者もいれば、遺跡船に至るまでの道のりでモーゼスに心酔した者もいる。魔獣使いでない者であったとしても、彼らと過ごすうちに魔獣の優しさ、そして魔獣化の恐ろしさを知ることとなった。
無論、モーゼス自身も魔獣化の恐ろしさはわかっていた。だからこそ、聖爪術を手に入れ、グランドガルフに負けぬ力を手に入れようとしていたのだ。いずれくる別れを覚悟した夜もあった。魔獣化の壁に敗れぬと誓いをたてた夜もあった。
ただし、そのいずれにも属さぬ事態が起こるということは考えもしなかった。
「魔獣化……?」
チャバから魔獣使いの宿命を聞かされ、セネル達はここ最近感じていた違和感の正体に気づいた。
黒い霧や地震、魔物の凶暴化に気を取られて気づきにくくはなっていたが、山賊達の態度がおかしかったのだ。あれほど愛想の良かった者達がどことなくよそよそしい雰囲気をかもし出していた。それも、首領であるモーゼスに対してだ。
血の繋がりを重視しないモーゼスは、部下達に平等な情をそそいでいた。故に、彼らの間にはとても暖かな空気が流れていた。傍から見ていても、心地良いくらいのそれが、この頃はなりを潜めてしまっていた。
「ギートがそげなことすると思っちょるんか!」
「思ってません!
でも……皆が、兄貴みたいに強いわけじゃないんです」
モーゼスの叱咤に、チャバが眉を下げる。
彼も辛いのだろう。首領に勝るとも劣らずな瞳がわずかに揺れていた。
部下と首領の間に挟まれているチャバの気持ちを察したのか、モーゼスも言葉を詰まらせる。彼とて、チャバを叱咤するのは的外れだと思っているのだ。ただ、他に感情のぶつけどころがないだけ。
「――ワイは、ギートを信じちょる」
やっとのことで絞りだした声は、平素の彼からは考えられないほどに小さかった。
セネル達は二人を見ていることしかできなかった。彼らもギートのことは信じている。しかし、魔獣化というものを恐れる部下達の気持ちも痛いほどわかるのだ。戦いの中に身を置いてきた彼らは、幾度となく死の恐怖に直面してきた。ただ狩猟をしてきていただけの者が、すぐ近くに己の命を脅かす脅威があると考えたとき、その恐ろしさは現実の何十倍にも見えてくる。
チャバはモーゼスの意思を尊重し、部下達のことはどうにか抑えてみる、と言ってくれた。だが、現実というものは、苦難に苦難を重ねてくるものだ。ウェルテスの住人達が、ギートのことを疑い始めたのだ。
始めはガルフに襲われた、という遺跡船においてはそう珍しくない事態だった。けれども、それが二度、三度、と続けば人々の中にも不安が宿る。次は自分の番かもしれない。そんな恐怖は、身近な脅威を摘み取ることで解消されようとしていた。
「ギートはやっとらん。
ワイが証明しちゃる」
力強い目でモーゼスが言った。彼の傍らにギートの姿はない。
「そうだな。ギートがそんなことをするはずがない。
オレ達も手伝うぜ」
「うんうん。ギーとんはやっさしいからねー」
現在、ギートの姿が見えないことなど、彼らにとっては憂うべき事柄ではなかった。街の人々にギートの無実を主張する材料が一つ少なくなっているというだけ。それも、真犯人を見つけてしまえば必要のないものだ。
仲間達の申し出にモーゼスは久方ぶりに心の底から笑みを浮かべていた。気丈に振舞ってはいたが、やはり精神的に辛いものがあったのだろう。信じているはずの部下から疑われ、相棒の無実を主張しなければならない。そのような状況にモーゼスが慣れているはずがない。
「まずはガルフの目撃情報があった場所に行ってみるか」
ウィルの言葉に全員が頷く。
すぐさま行動に移り、目撃情報があった場所を巡ることとなった。だが、成果は一向に上がる気配を見せなかった。広い遺跡船の中には、多くの魔物が生息している。ガルフも相当数が生息しているのだ。暗がりでみれば、多くのガルフはギートとよく似た姿をしている。決定的な真犯人を挙げることは困難を極めた。
それでも、セネル達は誰一人として諦めなかった。姿を現さぬギートに不安を覚えることはあったが、それでも彼らは己の目で見てきたギートを信じていた。モーゼスと家族のように過ごしていたギートが、今さら人に牙をむけるとは思えなかったのだ。
「今日は帰らずの森へ行くぞ」
「次こそ、ギートの疑いを晴らせるといいのだが……」
「そうねぇ。街の人達も、とーっても怖いものねぇ」
いくらウィルが保安官として信頼されているとはいえ、あまり長い間人々を抑えておくことはできない。もはや、一刻の猶予もなかった。ギートがモーゼスの傍にいない今、街の人々の不安と疑心は最高潮に達している。
モーゼスの方も、部下達のことを抑えることができなくなっているらしい。大丈夫だ、と笑みを浮かべてはいるものの、そこに覇気はない。どこもかしこも崖っぷちの状態だ。
帰らずの森に期待を込めて足を踏み入れる。難解な構造をしている森ではあるが、数回ここを巡ったセネル達にしてみれば庭のようなものだ。特に迷うこともなく歩を進めていく。
「――ったぞ!」
「これで――――」
中間辺りにさしかかった頃、どこからか声が聞こえた。
「誰だ……?」
「もしかしたら、道に迷ってしまった人かもしれません」
シャーリィの言葉にセネル達は声のした方向へ行ってみることを決めた。
ただの旅人がこの森に迷い込んでしまったのだとしたら、かなり危険なことだ。まして、今は魔物が凶暴化している。保護できるのであれば保護し、安全な場所まで送り届けてやらねばならない。
人々を襲っているガルフの捜索もしなければならないが、モーゼスも困っている人間を見捨てるような男ではない。仲間達の考えにも賛同し、いの一番に駆け出したほどだ。
「そこにおるのは誰じゃ?」
「モーゼスさんが一番に出て行ったら、追い剥ぎか何かと間違えられますよ」
草むらを抜け、モーゼスが声の主のもとへ顔を出す。後ろからはジェイの声が聞こえる。
そこにいた人物達は声を失くした。けっして、モーゼスを追い剥ぎだと勘違いしたわけではない。彼らは正しく、モーゼスを認識していた。山賊の首領であり、家族を思いやる、とても心優しい人物である、と。
「ワレら……」
呆然と言葉を零す。同時に、手にしていた槍を落としてしまった。
「あ、兄貴」
モーゼスに追いついたセネル達も、目の前の光景に言葉を失う。
何を言えばいいのかわからなかった。それどころか、現状を認識することだけで精一杯だった。
「どういう、こと、じゃ」
目を見開き、揺れる瞳で状況を見つめる。
己の目の前にいる部下と、彼らが囲んでいる赤い毛並み。横たわったギートの姿を。
「これは……」
「説明せんかい!」
怒声に鳥達が枝から離れ、木々が揺れる。
言い訳の一つもできずにいる部下達に苛立ったのか、モーゼスは一歩前へ進む。
叱られると思ったのか、彼らは肩をすくめた。しかし、足を進めていたモーゼスは彼らに目もくれず、ギートの傍らに膝をついた。
無骨な手がギートの毛に触れる。存外、柔らかい毛は、モーゼスの手を優しく包み込む。暖かく、寒い場所でも彼がいれば暖を取れるということを思い起こさせる。だが、それでも、そこに命の鼓動はなかった。
「ギート」
小さな声だった。
絶望とも、失墜とも取れる声だ。
「起きんかい」
一等柔らかい首筋に顔をうずめる。呼吸を感じることはできない。
「飯食おうや。
散歩も行こ。
風呂に入って、一緒に寝て、狩りして、走って――」
声が震えていた。
顔は見えないが、モーゼスが涙を流していることは誰の耳にも明らかだ。
「あんた達!
どうして、どうして、ギーとんを!」
ノーマが叫ぶ。彼女の声も震えていた。思えば、モーゼスを除けば、彼女がもっともギートと接していたかもしれない。
「オレ達は、ま、魔獣化が、怖くて」
「それで? だから?」
山賊達の手にはギートの血が付着した獲物が握られている。対して、彼ら自身には大した傷がついていない。ガルフの王、グランドガルフであるギートが、彼らごとこに遅れをとるはずがないというのに。
「ギートは魔獣化なんてしてなかっただろ?」
セネルが激情を抑えながら言葉を叩きつける。
家族を愛するモーゼスの相棒は、家族を傷つけることができなかった。それ故に命を落とすことになったとしても、大切な相棒の意思に反することだけはできなかった。
「ギート、ワイは、ワイは……」
己と同じく家族を愛し、家族を傷つけまいとしたギートの心を嬉しく思う。と、同時に、それでも生き延びて欲しかったとも思う。共に過ごした日々が走馬灯のようにモーゼスの脳裏を駆け巡る。
彼が信じたギートは、その信頼に応えてくれた。五体満足なまま立っている部下達が何よりもの証拠だ。けれど、その代償に命を失ってしまった。愛する家族が、同じ家族の手にかかってしまった。
せめて、己が殺してやりたかった。モーゼスは涙を流しながら思った。
魔獣化という宿命が立ちはだかり、どうにもできなくなったならば、己が屠ってやるのだと考えていた。それが、魔獣使いとしての役割であり、今まで傍にいてくれたギートにできる最後の贈り物だと決心していた。
「う、あ……ああああ!」
モーゼスはとうとう叫び声をあげた。獣の慟哭のような声に、セネル達は胸を突かれる。あまりにも痛々しく、切ない悲鳴だ。
泣き叫ぶ彼は、一度に失ってしまったものの多さに心を砕かれてしまっていた。
家族を失しなった。彼を傷つけた家族を許すことはできず、それもまた失う。遠い昔に秘めた決意を奪われた。どれも、モーゼスを構成する上で必要不可欠なものだった。それらを一度に失ってしまった彼の苦しみは推し量ることができない。
それでも、彼は家族を愛していたのだ。
「あれは……」
いつにない真剣な声をしたグリューネに、セネル達は彼女の視線をたどる。
「黒い、霧……!」
モーゼスの背後に現れた霧は、無形から徐々に一つの塊となり形を作りだしていく。
今までにもその光景を見たことはあった。全員の脳裏に黒い分身が思い浮かんだ。
『ギートは、一番の家族じゃった。
それを奪った奴を許すわけにはいかん』
黒い霧はモーゼスを象り、槍を握り締める。その瞳には憎しみの色が宿っていた。
「家族に、一番も二番もない……」
赤い毛並みに顔をうずめたまま、どうにか反論を口にする。
『一番は一番じゃ。
それに、家族を傷つけるような奴は許せん。
そげな奴らは、家族やない』
振りあげられた手に、山賊達が小さく悲鳴をあげて尻餅をついた。
いくら彼らがならず者だとはいえ、ここまで純然たる殺気に当てられることはないだろう。無様な姿を晒してしまったことを責められるような人間はいない。
「やめろ!」
セネルが地面を蹴り、黒いモーゼスと山賊達の間に割り込む。
目の前で人が殺されるのを黙って見ているわけにはいかない。
『邪魔すんなや。
セの字を傷つけとぉないんじゃ』
彼は山賊達だけを見ている。彼らだけを殺そうとしている。
黒とセネルの口論を耳にしながらも、モーゼスは顔をあげることができなかった。徐々に冷え、固まっていくギートの体から離れることができない。離れてしまえば、全てが消えてしまうような気さえした。
『哀れな子よ。心までも失うのならば、そのまま消えるがいい。
何もない世界でならば、何も失うことはない』
甘美な誘いがモーゼスの鼓膜を揺らす。
消えてしまえば、部下を憎むこともしなくてすむ。また、家族を失わずにすむ。
「モーゼス! 目を覚ませ!」
ウィルの声も、ノーマの声も、誰の声も届かない。
部下が悲鳴をあげたような気がするが、確かめる気もおきない。
『許さん。
ギートを殺した奴も、そいつを庇う奴も』
「ギャァ!」
黒の投げた槍が山賊の一人に突き刺さる。それは黒の狙い通りなのか、山賊の足に刺さっている。痛みで動かぬ足ではろくに逃げられない。腕の力でどうにか逃げだそうとするが、黒がそれを許すはずもない。
軽い跳躍で飛びあがり、山賊の上に跨る。
『死ね』
槍が振り降ろされる。狙いは脳天だ。
「シューティングスター!」
ウィルのブレスが黒を止める。しかし、彼はすぐに立ち上がり、槍を構える。この程度のダメージでやられてくれるほど柔ではないようだ。
「モーゼスさん!
あなたは、これでいいんですか?
許せなくても、家族なんでしょう! そんな、簡単に殺してしまえるんですか!」
ジェイがモーゼスの肩を掴み怒鳴りつける。
反応のない彼に舌打ちをし、髪を掴んで無理矢理に顔をあげさせた。
涙に塗れた顔には生気がない。虚ろな目は、すでに現実を見ていないのではないかと思わせる。それでも、ジェイは語りかけることを止めようとはしない。
「しっかり目を開けてください!
あなたから家族をとったら、何も残らないじゃないですか!
唯一の取り得でしょうが!」
家族、とモーゼスの唇が形を作る。
ゆるりと瞳が動き、山賊達の姿を視界におさめた。
「兄貴……。
オレ達……」
道に迷ってしまった子供のような顔をしている部下達がいる。血を流し、苦痛に表情を歪めている部下がいる。モーゼスの思考は、ゆっくりとではあるが、少しずつ巡り始めた。
許せない人間だ。しかし、家族だ。だが、ギートを殺した人間だ。
思考がぐるぐると回る。終わりが見えず、一つのことを考えるたびにモーゼスの胸に激痛が走る。
何もかも消えれば、この苦痛からも逃れられるはずだ。
「兄貴に殺されるなら、それでいいです」
一人が叫ぶように言った。
モーゼスの目がわずかに動く。
「罰は受けます。それが、死なら……受け入れます」
それだけのことをしてしまった、山賊達は覚悟を決めた目をしていた。もう、彼らは悲鳴をあげない。黒が槍を構えても退こうとしない。
「ワレら」
呆然と呟いたモーゼスには、わかってしまった。
彼らも、ギートを家族として見ていた。恐れと疑念に負け、彼を手にかけてしまったのだとしても、彼らは愛を持っていた。そして、その過ちと罪の大きさも認識している。いや、彼らもモーゼスと同じく、胸に宿る苦痛から逃れたいだけなのかもしれない。
人が背負うにはあまりにも大きすぎる、罪悪感という痛みから。
「――そうか」
許せないという気持ちはまだある。だが、殺したいという気持ちは消えていた。
モーゼスはジェイの腕を払い、自分の力で立ち上がる。
「ワレ、そいつらはワイの部下じゃ。
勝手な真似は許さんぞ」
『こいつらはギートを殺した』
「そうじゃ。
じゃが、それをワレに裁いてもらいとぉないわ」
家族の尻拭いは、家族がしなければならない。
つい先ほど生まれたばかりの黒に、それをさせるわけにはいかない。
同じ姿をした二人が向かい合う。
鏡あわせのように互いに槍を取りあい、間合いを取る。
「まったく、世話が焼けるんですから」
ジェイは肩をすくめた。
この戦いの勝敗はわかりきっている。
いくら同じ形をしていたとしても、感情を持っていたとしても、本物の意思の強さに敵うはずはないのだ。
END