歴史捏造
戦争表現アリ







 一八七一年。ドイツ帝国が誕生した。
 幼さをまだ残していたドイツは兄であるプロイセンに語りかける。
「これで兄さんと対等だな!」
「ば〜か。お前はいつまで経ったって、オレの弟だよ」
 笑いあっていた。


 違和感はすぐにやってきた。


 プロイセンはぼんやりとすることが多くなった。
 直接、彼の手をわずらわせる仕事が与えられなくなったせいかもしれない。
 どこにいるのかわからなくなり始めた。
 影が薄いなんて問題ではなく、存在そのものを忘れそうになる。

 不安を抱えていたドイツへ、プロイセンは優しく微笑む。
「それでいいんだ」
 何がいいのかわからなかったが、聞くことはできなかった。
 ドイツは顔をしかめて、黙ることしかできない。

 その、数日後だった。
 プロイセンが消えたのは。
「……あんまり、落ち込まないほうがいいと思うよ」
 消えた瞬間を見たのは、ドイツではなくフランスだった。
 弟である自分ではなく、つい先日まで敵対していたフランスに最期を見せたのだと思うと、苛立ちを感じた。同時に、酷く落ち込んだ。
 最期を見取った者からの慰めはいらない。ただ、兄が戻ってくればよかった。

 子供のように笑っていて欲しかった。
 戦場にでないで欲しかった。
 「たいだいま」ではなく「おかえり」と言って欲しかった。
 そんな、淡い思いを抱いて国になった。それなのに、そんな望みは叶わない。

 プロイセン王国はドイツ帝国に吸収された。その言葉が全てを物語っている。
 国が亡国になるということが、どういうことか始めて理解した。フランスやイギリスと違い、ドイツはまだ年若い国だ。国が消えるのを見たことがなかった。

「ふわりとね……。元々なかったみたいに、消えるんだ」

 悲しげにフランスは言う。
 そんな言葉もドイツは聞きたくなくて、乱暴にフランスに掴みかかった。
「黙れッ!」
「あいつは、もういないんだ」
 ドイツに溶け込んだ。そこには、もうプロイセンという存在はない。
 あふれ出す涙を拭うこともせず、ただ流し続ける。
「泣きたいとき、泣かないとね」
 世界のお兄さんを語る人は、優しく涙を流す人を抱きしめた。
 その暖かさが、憎かった。



 幾度となく戦いが起こった。
 自分の中にいる兄に見せつけるように、大国になれるようにと、植民地を増やそうとドイツは戦った。
 気づけば、世界を巻き込むような大戦になっていた。

 新兵器の応酬。マシンガンが火を吹き、塹壕を掘る音がする。
 最大の敵は雨で、体が冷やされる。
 それでも戦う。物資を断ち切るために潜水艦をつかい、塹壕を無にする戦車が地上の支配者となる。
 毒ガスで盲目になる兵士など知ったことではない。

「ちくっしょう!」
 冷徹に、ただ戦いだけを見つめていると、敗戦国になっていた。アメリカの参戦は予想もしていなかった事態だった。
 兄に顔向けできないと、ドイツは胸の中にある淀みを抱える。
 大戦での痛手を癒すためにも、しばらくは大人しくしていた。プロイセンが消えてから、様子がおかしいドイツの様子を、スペインやフランスが覗きにきたが、一蹴する。
 そして、再び戦場へとドイツは身を投げる。

「兄さん……。あなたの、あなたのためだけの国を作ろう」

 狂気にも似た呟きを知る者はいない。
 彼の心配をしていたフランスは敵になった。その代わり、新しい友人ができた。
 頼りなくはあるが、気持ちを楽にさせてくれるイタリアと、考えが読み取りにくいが、あなどれない力を持つ日本。苛立ちや、淀みに侵されていた心が、軽くなっていくのを感じる。
「ドイツー」
「またかイタリア!!」
 イタリアの世話を焼くのも楽しく、いつの間にか、プロイセンを復活させるということも忘れていた。ただ、枢軸として勝ち、国民のため、仲間のためにこの戦争を終わらせたい。
 そんな矢先の出来事だった。

 イタリアが裏切った。

「ごめんね……」
 ドイツも、日本もわかっている。上司が変われば、国の方向性も変わる。
 わかってはいても、昨日までの仲間を敵に回すことは辛い。
 胸の中に再び這い回る淀みを感じている間に、戦争は終わった。最後まで抵抗を続けていた日本は、アメリカの最新兵器によって、強烈な痛手を負ったらしく、しばらくは自宅待機だという。
「終わった」
 何もかも。全てが終わってしまった。
 二度の敗退。もう、ドイツに残されているものは何もない。
「――というわけだからね」
 ロシアの恐ろしい笑みと共に、告げられたのは死刑勧告。
 戦いで傷ついた身が、裂かれる。世界の二大大国、ロシアとアメリカの戦いに、巻き込まれてしまった。
 今のドイツの状態で、国を二つに分断するというのは無茶な話なのだ。
「おいおい……。何もそこまで……」
 フランスが止めにはいる。
「何でだい? 彼は敗戦国。勝戦国のボクらがどうしようと、勝手でしょ?」
 無知なアメリカが笑う。彼は今からドイツに与えようとしている苦痛の一割も知りはしない。
 唇を噛み締め、身の内にいるであろう兄に謝る。
 大国になることは叶わず。身は裂かれ、消えて行く。誇り高きプロイセンがそれを許すとは到底思えない。
「ああ。そうだな。お前らが勝戦国。オレ様が直々に配下に下ってやるよ」
 場違いなほど明るく、間の抜けた声が聞こえた。
 床を見つめていたドイツの青い目が煌く銀色に向けられる。
「オレ様が『東ドイツ』になってやろうじゃねーの」
 独特な笑い方をするその男は、まごうことなきドイツの兄だった。
「プ、プロイセン……?」
 フランスやイギリスが口を開けている。
「そう? じゃあ、行こうか」
 平然とプロイセンの手をとり歩き出すロシア。
「あ…………」
 小さな声しかドイツは出せない。
「じゃあな」
 振り向き、昔の変わらぬ笑みを見せたプロイセンへドイツは言葉を向ける。
「兄さんっ……!」
 返ってきたのは、言葉ではなく軽く上げられた右手。


 何という皮肉なのだろうか。
 プロイセンを復活させたいがために始めた戦いに負け、領土を失い、彼と再会することができた。
 しかし、すぐに二人は分断される。
 統一のとき、再び彼は消えるのだろう。
 統一されなければ、彼の顔を見ることはできない。


「始めまして『ドイツ民主共和国』君」
 真っ白な雪の中で、一つの国が生まれた。


END