ようやく統一を成し遂げたとはいえ、その影響は大きかった。
ドイツはもちろんのこと、長い間北の地に閉じ込められていたプロイセンは体調を大きく崩した。
「大丈夫だ。だから、そんな顔すんなよ」
再会後、衰弱しきっていたプロイセンを見て、心配そうな顔をしていたドイツにプロイセンは優しく言った。四十五年ぶりに見たその笑顔に、ドイツは力強く頷き、国を支えるために仕事をしていた。
「ヴェストー。お兄様を構えよー」
体調が幾分か回復したプロイセンは、仕事に没頭しているドイツの邪魔をし始めた。
「貴方もまだ体調が完全に回復したわけではないのだから、静かに寝ていてください」
頬を引きつらせつつも、長い間閉じ込められていたプロイセンは人恋しいのだろうと、ドイツはできる限り優しく諭す。だが、プロイセンは一向に引かず、何度も何度もドイツを遊びに誘った。
「オレは忙しいんだ!! 兄さんはじっとしておいてくれ!」
とうとう、我慢できずに怒鳴ったドイツを見て、プロイセンは不満そうな顔を向ける。しかし、何も言わずに大人しく執務室から出て行った。
これで少しは大人しくなるだろうとドイツは思ったのだが、効力は一日ほどしかもたず、毎日のように同じことが繰りかえされた。
「ヴェストの馬鹿ぁ!!」
眉間に皺をよせ、執務室を飛び出しているプロイセンの姿はもはや日常になっていた。
だが、時が経ち、体調の不調や忙しい仕事も収まり始め、ドイツは構えとしつこく言ってきていた兄のわがままを叶えてやろうと思った。
今もまだ、自室で寝ているであろうプロイセンに顔を見せてやれば、今まで放置していたことに文句を言いつつも、嬉しそうにするに違いない。
「兄さん。仕事が一段落ついたから――」
たまにはどこかへでかけよう。そう続けるはずだった。
だが、ドイツの口からは言葉が出ない。
プロイセンは部屋にいなかった。
ちらかっているわけではないが、整理整頓がされているわけでもない部屋は、いつもと同じはずなのに、何故か寂しげで、ドイツの背筋を冷やした。
「兄さん……?」
呟くような声は部屋に溶けて消えた。
あの体調で、一人出かけてしまったのだろうか。しかし、それならば何か一言あるはず。
ドイツは何か置き手紙のようなものでもないかと、部屋を見渡した。どこかへ出かけているという証明か欲しくて。
「――あ」
手紙はあった。
机の上に。静かに置かれている。
封筒にはプロイセンの字で、ドイツ宛てだと書かれていた。
わざわざ封筒にいれる必要などないのにと、苦笑しつつも、ドイツの心は落ち着かない。
『オレの愛する弟。ドイツへ。
最近、忙しくしているお前に、お兄様からありがたいお言葉を聞かせてやる』
手紙はそんな出だしで始まっていた。
『一、体調管理は万全に』
長い間北にいたため、ずっと体調を崩していた貴方こそ、体調管理をしてくれと思いつつ、ドイツは先を読む。
『一、いかなる時も、体を鍛えろ』
忙しい今でも、最低限の訓練はおこなっているドイツには不要の言葉。
『一、たまには笑え』
笑うというのは、意識してすることではないとドイツは考える。
『一、ジャガイモとビールは最高だ』
ありがたい言葉なのかは別として、確かにそうだと、ドイツは頷く。
『一、泣くな』
最後の一文だった。
どこへ行くかは書かれておらず、最後の一文にはやけに力が入っていた。
ドイツは手紙を握りしめ、リビングへ向かう。
「泣かない。だから、だからどこにいるか教えてくれ」
最後にプロイセンの顔を見たのはいつだったか考える。
声は何度も聞いた。不満そうな声に、拗ねたような声。嬉しそうな声を聞いたのはいつだっただろうか。
飽き性のプロイセンのことだから、行き先を書く前に、手紙を書くのを飽きてしまったに違いないと、ありえないことを考えて自分をたもつ。
「ようやく、兄弟で暮らせるんだ」
震える声に気づかないフリをして、受話器を取る。きっといつもの悪友と遊んでいるのだという期待を込めて電話をかける。
「もしもし? 世界のお兄さん、フランスだよ!」
「すまない。兄がお邪魔していないか?」
いつもならば、フランスの言葉に何かしらの言葉を浴びせるところなのだが、今のドイツにはその余裕がない。
「きてないよ?」
「フランスー! オレの話を聞いてるか?!」
「あーはいはい。
……ごめん。今、イギリスの愚痴タイムなんだ」
受話器の向こうから聞こえてくるイギリスの酔っ払った声に、プロイセンはいないというのは本当なのだろうと、ドイツはお礼を言って電話を切った。もう一人に希望を託して。
「ん〜? なんや〜」
「兄が、お邪魔してないか?」
スペインは、無常にもいないと告げた。
「こらー。ジャガイモ野郎なんて放っておけよ〜!」
「今ロマーノがきとんねん。ごめんやけど切るで?」
「ああ。すまない」
静かに受話器を降ろし、ドイツはその場に膝をついた。他にプロイセンが行っていそうな場所を考えなければと思うと同時に、もうプロイセンはどこにもいないのだという考えが頭をよぎる。
「兄さん……っ!」
呼べば返事をしてくれていた。それが当然だと思っていた。もう二人を阻む壁は崩れ去ったのだから。
「兄さん!!」
『ヴェスト。泣くなよ?』
耳もとで囁かれたような気がした。
「――――!」
振り向いたドイツの目に映るのは、いつもと変わらないリビング。そこに望んだ姿はない。
「兄さん! 謝るから……」
震える声を絞りだし、ドイツは立ち上がる。
「一緒に出かけるし、テレビも見る」
玄関へ走る。外に行きさえすれば、きっとそこに欲しい姿があるはじだと信じて。
「そうだ、イタリアのところに遊びにいこう。あいつのところは美味しいものもある」
玄関の扉を開ける。
そこには人の姿などなかった。
「だから……帰ってきてくれ!!」
憎らしいほど青い空へ向かって、ドイツは叫んだ。
涙は流さなかった。
END