【グリードside】
双子の弟探しは上手くいかなかった。
どこかで外食をした形跡もなく、野たれ死んでいるという情報もない。不思議なほど彼に対する情報は少なかった。
「なんか、すまん」
「いいヨ。オレが探すよりも、ずっとずっと、助けになってル」
今晩は部下達に用事が重なり、店は閉めることになった。グリードは珍しく昼間から起きるということになったが、だからといって特別することは何もない。しかし、目が覚めたときにおはようと迎えてくれる人がいるというのは、何故だか嬉しかった。
「そうダ!」
料理をしていたリンが声を上げる。
「グリード! オレ、ドルチェットって奴に会ってみたイ」
振り向いたリンの目は心なしか輝いている。
「ドルチェット? 別にあいつに会ったっていいことなんかねーぞ」
首をかしげる。
「いいノ!」
リンは一度でいいからドルチェットに会ってみたいと思っていた。
グリードの口からときおり聞くその名は、明らかな甘さを含んでいる。目の前にいる強欲な無欲をどのような人間が落としたのか気にならぬわけがない。ただでさえ、彼はリンの愛している弟とそっくりなのだから。
「……じゃあ、それ食ったらな」
「わかっタ」
案外、グリードは甘かった。
頼まれれば理由がなければ断らない。その理由には面倒だというものも含まれるが、休みの日にまで思い人に会えるのだからいい口実だ。本人は無自覚であるが。
「ごちそうさまでしタ」
二人は食事を終えた。食後の一服をと、グリードはタバコに火をつける。
「もー。早く行ク!」
「おっと」
火をつけた途端にリンが腕を引っ張る。
「おいおい。ちょっとは落ちつけよ。
別にあいつは逃げやしねーって」
「出かけるかもしれないダロ」
その言葉を言われ、確かにと納得する。
何故かグリードは自分が望めばドルチェットはその通りに行動すると思いこんでいた。実際に、言葉に出せばドルチェットはその通りの行動を起こすだろう。だが、今どれほど家にいろと念じたところでドルチェットに届くはずもない。
「……だな」
タバコを口にくわえながら上着を着て玄関に立つ。
「行くぞー」
「おー」
二人は家を出た。
【ドルチェットside】
グリードの体の調子はずいぶんよくなった。長い時間の外出はまだ控えたほうがよさそうだが、家の中を元気に歩き回る程度には回復していた。
「おい、何やってんだ?」
「飯」
「はいはい。作ってやるから、座っとけ」
こんな些細な行動一つにも、ドルチェットは愛しい人を思い浮かべる。
部下達が騒いでいる横で、こっそりと軽食をつまもうとする彼に、ドルチェットは作りますよと笑顔で言う。骨身を削って尽くすことは嫌ではない。そうすることにより、あの人が笑ってくれるのならば、なんだっていいのだ。
「どーぞ」
「うまそー!」
行儀はよく、食事の前後に挨拶はかかさない。
グリードが食事を頬張っているのを眺めていると、インターホンがなった。
「誰だ?」
普段、この家には誰もこない。来るとするならば、新聞や宗教の勧誘だ。
「はーい」
確認することもなく、ドルチェットは扉をあける。
「よっ」
現れたのは今日は会うことのないはずだった人物だ。
「……グリード、さん?」
目を丸くして、グリードを見上げる。
愛用の上着とサングラスをかけた姿は、いつもの彼そのものだ。
「お前がドルチェットカ」
驚いていると、グリードの横から少年が顔を出す。まるで値踏みをするような視線に一歩後ずさるが、すぐに違和感に気づく。まるで、初対面のような気がしなかったのだ。
「おい。どうしたんだ?」
背後から聞こえてきた声に、違和感の原因に気づいた。そして、彼の存在を思い出す。
「出てくんなっ!」
慌てて部屋の中へ戻る。
やましいことなど一切ない。ドルチェットはそう言い切れる。しかし、彼に隠しごとをしていたという罪悪感がその行動に移させた。
「……グリード」
小さな呟きが部屋に響く。
「……リ、ン」
お互いに向かい合う形となった双子の兄弟。サングラスをかけたグリードは目を大きく開いている。
「ようやく見つけタ!」
リンが素早く部屋の中へ入る。グリードは奥へと逃げる。
「あ、グリード!」
家具を壊されてはたまらないと、後を追おうとしたドルチェットの肩を大人の方のグリードが掴む。
「なあ、ドルチェット。いつ拾ったんだよ」
彼は人を縛ることを好まない。逐一なにかを報告しろとは言わない人だ。
普段ならば、この言葉は純粋な疑問なのだろう。けれど、今の言葉はそうは思えない。声色が明らかにいつもと違うのだ。サングラス越しに光る眼は怒りを秘めている。
「あの……その、ですね……」
双子の兄弟の喧騒を背後に、ドルチェットは視線をさまよわせる。嘘はつきたくない。しかし、正直に言ったところで彼の怒りは収まらないだろう。嫌われたくない。怒られたくない。そんな感情が頭の中を駆け巡り、言葉を消失させる。
上手く言葉を見つけられないドルチェットを追い詰めるかのように、グリードは沈黙を守る。背後の声達がどこか遠くの存在のように感じた。
「オレは帰らねぇ!」
「なんデ!」
双子のグリードがドルチェットの腕を掴む。
この忙しいときにと、ドルチェットが目を向けた。
「こいつの方が好きになった! だからお前は許嫁と結婚しろ!」
水を打ったような静けさが部屋に広がる。
誰もが言葉の意味を理解できないでいた。時計の秒針が三度進んだとき、すべては爆発した。
「はあ! お前なに言ってんだ!」
腕に絡みつくグリードを押しのけようとする。
「……嘘だロ」
目を見開き、小さく言葉を吐くのはリンだ。
「本当だ」
少し悲しげな目を見て、ドルチェットは馬鹿な子供だと心の隅で思う。
この小さなグリードが片割れのことを大切に思っていることはわかっている。片割れの幸せのために、身を引こうという気持ちも理解できる。しかし、そのために自分の身が危機に陥っているのだ。隣にいる愛しの人は黙っているが、未だに現状を把握できていないだけかもしれない。
いや、本当に恐ろしいのは、他人のものなどいらないと捨てられてしまうのが一番怖い。
「なら、そいつを殺ス」
不安を抑えきれず、グリードを方を見ようとしていたドルチェットに殺気が襲いかかる。
「なっ――」
熟練の殺し屋のような殺気に思わず身構える。だが、その構えはすぐに解かれた。
「引っこんでろ!」
隣から怒声が響く。
驚きの視線を向けると、歯を食いしばり、どうにか怒りを抑えているグリードの姿があった。
「……お前、話は聞いてるぜ」
サングラスをはずし、握りつぶす。かけらが手に刺さったのか、血が流れ落ちた。
「たいそうな強欲だそうじゃねぇか……」
グリードの怒声にリンも驚いたのか、殺気が消えている。
「だがな、オレ様も強欲なんでね」
ドルチェットの肩を掴み、自分の方へ引き寄せた。
白い服に赤いシミができたが、誰も気にしない。
「唯一は譲らねぇ」
赤い瞳が怒りに揺れている。
強制的にドルチェットから引きはがされた双子のグリードは悔しそうに目を伏せる。
「嘘つき」
苛立ちを込めた瞳で睨まれる。
二人のグリードに挟まれても、ドルチェットにはどうにもできない。何か言葉を発すれば、それだけで二人につぶされてしまうだろう。
「お前、いつも『あの人の眼中にオレは入っていない』って言ってたじゃねーか!
この嘘つき! そいつ、どうみてもお前見てるじゃねぇかよ!」
吐き出すような叫び声に、グリードも毒気を抜かれたのかいつも通りの瞳に戻っている。
「くそっ。なんだよ……。馬鹿、馬鹿、マジ馬鹿じゃねぇの」
幼いグリードは不意に寂しくなった。
この場を出て行ったとして、どこへ行けばいいのだろうか。暖かさなどもう捨ててしまった。
「グリード。泣かないデ」
うつむくグリードにリンが手を伸ばす。
「泣いてねぇよ!」
「泣いてるヨ」
見れば、リンが泣いていた。
「……泣いてんの、お前じゃん」
「グリードだヨ」
二人は鏡のように涙を流した。
「だって、お前、結婚しなきゃだろ」
「でも、一番好きなのはグリードダ」
「オレはお前に幸せになってほしい」
だから、と言って部屋から出て行こうとしたグリードをもう一人のグリードが止める。
「逃げんな」
「何を」
二つの赤い瞳が交じりあう。
「強欲なら、あいつもらって、んで幸せにもしてみろ」
オレはする。と言い、ドルチェットの額に口をつける。
「なっ、グ、グリ……!」
「真っ赤たぞ」
柔らかく笑う顔を見ると、驚いていた頭が少しだけ回った。
仕返しと言わんばかりに口へ同じことをする。
まさか仕返しがくるとは思っていなかったのだろう。グリードは目を見開く。
口を離し、ドルチェットが笑いかけると、グリードもぎこちなくそれに答えた。
「……リン」
「グリード。お前は好きにすればいいヨ」
リンは幼いグリードの手を掴む。
「お前はオレが幸せにスル。それが、オレの幸せだかラ」
暖かい笑みにグリードは飛びつく。
「言ったからな! 絶対、だからな!」
「はいはい」
顔はリンの胸に押しつけられていて見えないが、耳まで真っ赤だったことを他の三人は知っている。
「じゃあ、オレ達は帰るヨ」
「元気でな」
双子は家に帰ることとなった。
グリードの体調はリンがカバーするらしい。
「あ、そうダ」
リンは何かを思い出したかのように振り返る。
「ドルチェット!」
「おう?」
数日間一緒に過ごしていた顔に呼ばれ、返事をする。
「そっちのグリードも寂しがりだラ、同棲するといいヨ!」
衝撃的な言葉を大声で叫ばれ、ドルチェットは硬直した。代わりに、隣に立っていたグリードが余計なことを言うなと返す。その言葉がリンの言葉をそのまま肯定しているということには気づいていないのだろう。
双子の笑い声が聞こえなくなり、その後ろ姿が夕日に消える。
「……グリードさん」
「なんだよ」
手をつなぐなんてマネはしなかった。もうそんなことをするような歳ではない。
「オレん家、きます?」
顔を合わせることができなくて、視線を地面に向けて言う。
「……お前が、オレん家にこい」
返ってきた言葉に、勢いよく顔をあげた。
END