王宮の近くに小高い丘がある。そこは誰も足を踏み入れる場所だ。
新たに王の座についたリンはよくこの場所へ来ていた。理由は丘の端にある小さな墓石に会うため。
「ここからなら、オレの国がよく見えるダロ?」
小高い丘からでは、全てを見ることはできない。しかし、王宮以外で最も高いところはこの丘だった。
「明日からは少し忙しくなる。だから、しばらくこれないかもネ」
墓石の前に座り苦笑いをする。
手に持った酒を杯に入れ、一つを墓石の前へ、一つの己の口へ。
「オレの二つ名を知ってるカ?
『強欲』の王だって。きっとグリードのが移ったんだネ」
リンは国のために多くを欲した。民も、金も、物も、交易も。その強欲さがシンをさらなる栄光へと導いていることは誰もが知っている。だから、尊敬の念を込めて人々はリンのことを『強欲』と呼ぶのだ。リンもそれを拒否したことはない。
むしろ、その言葉を聞くたびに嬉しそうに顔を綻ばせるのだ。
「そっちは寂しくないカイ?」
グリードがリンの身の内にいたころ、彼は認めなかったがとても寂しがりだった。いつも孤独を感じていた。エドワード達と行動を共にするようになってからは、孤独感もずいぶん払拭されたようだったが、それでもリンだけはグリードの孤独を感じとっていた。
「ああ、仲間がいるのカ」
以前の記憶を取り戻すきっかけとなった彼もいるだろう。他に死んでしまった仲間達もいるだろう。
彼はとうとう昔の仲間達について詳細に思い出すことはなかったが、おぼろげに現れる記憶の中でグリードはいつも幸せそうだった。向かう先が地獄であろうと、天国であろうと、彼らに会えるのであれば幸せに違いない。
対して、自分はどうなのだとリンは問う。
仲間はいる。家臣もいて、民もいる。なのに、いつも心に隙間風が吹いていた。
恋しい。愛しい。胸の叫びをいつも聞いている。
「オレがそっちに行くの、待っててくれるカナ?」
行ったところで、追い返されてしまうかもしれない。リンは一人ほほ笑む。追い返す言葉を吐きながら、グリードの手はリンを引いてくれるだろう。そして昔の仲間を紹介してくれるだろう。
墓石に書かれている文字に目を向ける。
『強欲のグリード』と『デビルズネスト』とアメストリス語で書かれている。あの国で生まれ、死んだ彼らに対するリンなりの敬意のつもりだ。
質素な墓石に並べられている文字がリンは少しだけ羨ましかった。あの戦いのとき、グリードはリンを守るために死んだ。いや、消えたという方が正しいのかもしれない。ほんのわずかな時間だったが、一つの体を二人で共有していた感覚が唐突に消えたのだ。
寂しさと悲しさが一緒に押し寄せてきた。できることならば、一カ月は誰とも会いたくなかったし、話したくもなかった。けれど、リンは王にならねばならなかったし、グリードがそれを望んでいるとも知っていた。何せ彼は強欲だ。世界の王になれぬのならば、せめてシンの王になりたいだろう。
グリードとその仲間の体はこの世界に残っていない。彼らが存在した証など、どこを探してもないのだ。だから、リンは王宮のすぐ傍に墓石を置いた。自分が死んだら、体の一部はこの墓石の下に埋めてもらいたいと考えている。
同じ体を共有していたのだ。グリードの墓に入って何が悪い。
「そっちへ行ったら一発殴ってやるからナ」
最後の最期にグリードは嘘をついた。リンにとっては最悪で、グリードにとっては最高の嘘だった。
「金が欲しい。女も欲しい。地位も名誉も、この世の全てが欲しい」
だから。とリンは続ける。
「オレはお前も欲しい」
死んでしまった者に何を言っているのだろうか。リンは一人自虐的な笑みを浮かべる。
『お前が、オレ様のもんになるってんなら、考えてやるよ』
不意に、声が聞こえた。
振り返ってみるが、誰もいない。
『ダメっすよ! こんな得体の知れない奴!』
また違う声がする。
『一応、オレと体を共有してた奴だから、得体の知れないってことはないだろ』
『でもダメです!』
二つの声が口喧嘩をし、女の声がそれをなだめている。
「ああ、仲良くやってるみたいダネ」
直感的に声の主達を理解した。
「思い出したノ?」
『まあ、な』
「そう。よかった」
思い出したいといつも願っていた。それが叶えられたのだ。死んでしまったとはいえ、幸せだろう。
『ほら、とっとと行けよ』
「え?」
グリードの声に促され、首をかしげる。いったいどこへ行けばいいのだろうか。
『忙しくなるんだろ』
「ああ」
王になれば忙しさは尋常ではない。
今までこれていたのが不思議なくらいだ。
『もっとでけぇ国にしろ。でねぇと、マジで追い返すからな』
「……ふふ、それじゃあ、頑張らないとネ」
リンは立ちあがる。
立ちあがったつもりだった。しかし、実際は目が開いた。
「あれ……?」
周りを見ると、いつの間にか空は茜色に染まっていた。どうやら眠ってしまっていたらしい。
「リン様」
「あ、ランファ――」
「どこへ行ってたのですか!」
ランファンの小言を聞きながら、リンは歩き出す。しばらくはここへこないだろう。
グリードに胸を張って、この国を自慢できるようになるまでは
END