地下の見張りというのはあまりにも退屈で、グリードは眠ってしまった。この機会を逃さないのが、同じ体に住まうリンだ。体の主導権を奪い取る。しかし、リンの中には脱出するという考えはなく、見たこともないような物が存在する地下を探検することが目的であった。
 靴の音を響かせながら地下を歩く。辺りは暗く、歩きにくい状況であったが、リンは障害物を軽々と避け地下を回る。
「何をしているのです」
 不意に地下に響いた幼い声には聞き覚えがあった。
「プライドカ」
「……まったく、本当に魂が弱い子だ」
 暗くてプライドの表情は見えないが、声からして呆れていることがわかる。
「グリードは今寝てるヨ」
「我々は本来睡眠を必要としていません。
 本当に寝ているのだとすれば、それは貴方の影響を強く受けているためでしょう」
 淡々と紡がれる言葉にリンは目を薄く開く。
 まだ体を共有してそう時間は経っていないが、グリードは退屈になるとよく寝る。大抵はリンも一緒になって寝ているので、体の主導権を奪い取ったのは今回が始めてだ。
「そうカ。それは悪いことをしたナ」
「悪いこと……?」
 眉を下げて呟いたリンにプライドが首を傾げて尋ねる。
「いつもうなされテル」
 胸に手を当て、まぶたを閉じる。
 見えるのは悲痛な声を上げる魂達と、その中心部分でうなされているグリードの頼りない姿だ。
「どうして、お前達はグリードを縛るんダ?」
 お父様も含め、ホムンクルス達はグリードを外の世界に出すまいとしている。縛られている本人はそのことに気づかず、自由に生きていると思いこんでいた。
 暗闇の中、お互いの姿は見えていない。しかし、視線が交差しあっていることはわかる。
「いいじゃないですか。あなたには関係ありません。
 これは、家族の問題ですから」
 プライドの言葉にリンは笑い声を上げた。
「何ですか?」
 馬鹿にしたような笑い声に、プライドは眉間にしわをよせる。
「家族。ねぇ」
 リン自身、普通の家族というものを知らない。だが、この家族も大概腐っていると思った。
「貴様達は、怖いんダロ?」
 鋭い瞳が闇の中で光ったような気がした。
「何のことです?」
 疑問に疑問で返す。
「強欲なこいつが、こんな狭い場所で満足するはずがナイ。
 前のグリードのように外に憧れを持つのが怖いんダ」
 外の世界を知らぬ子供は外へ出たいとは言わない。広い世界を知らなければ世界が欲しいとは言わない。
「グリードの悪夢はお前達のせいダ。
 可哀想ニ。失いたくないと何度も言っていル」
 空気がざわついた。
「その口、縫いつけてあげましょうか」
「影もないここデ?」
 睨み合いは以外にもあっけなく幕を降ろす。
「――っ」
 リンが顔を抑え、その場にうずくまる。
「……ったく。面倒くせぇ」
 開かれた瞳は赤く煌いていた。
「グリード」
「ん? 兄ちゃんか?」
 寝起きなのだろう。事態をまったく理解していないグリードに呆れる。
「今からお父様のところに行きます」
「こんな暗いのに大丈夫か?」
 心配そうな言葉が胸に刺さった。
「電気つけてきてやるよ」
 地下に縛りつけられている間に、暗闇の中でも自由に動けるほど物の位置関係を頭に叩きこんだのだろう。グリードはその場から離れ、電気をつけに行く。
 見えない背中を眺めながら、プライドは前のグリードを思い出していた。
 自由を欲したわけではない。ただ、ここにいては得られないものを得るために外へ出た次男。彼が連れ戻され、お父様の中へ戻されたと聞いた時はほんの少し、悲しみの気持ちがあった。
 結局、彼は何も手に入れることができなかったのだ。
 俯いていると自分の影が瞳に映った。
「よっと。これで歩きやすいだろ?」
「ええ。ありがとうございます」
 行きよりも早く帰ってきたグリードの瞳はどこか退屈そうだった。
「…………」
 プライドは悟った。
 外を見せずとも、縛ることはできない。強欲はその名に恥じぬよう、外へ出るだろう。
「グリード」
「ん?」
 父に命じられた場所へ戻ろうとするグリードに声をかける。
「その体を共有している人間は、お前の持つ賢者の石が欲しいだけです。外にはその体の持ち主を慕う者がいます。友と呼ぶ者もいます」
 唐突に並べられた言葉にグリードは首を捻る。
 リンを慕う者がいたとして、友と呼ぶ者がいたとして、自分に関係があるとは思えない。
「今のあなたを必要としているのは我ら家族だけです。
 だから、ここにいなさい」
 優しい声なのに、プライドの瞳は寂しげだった。
「……オレは強欲だからよ」
 頭をかきながら口を動かす。
「家族だって大切だぜ」
 恥ずかしそうに笑うその顔が愛しかった。
 続けられた言葉には耳を塞ぐ。
「オレの所有物に手を出さなけりゃな」
 彼は近いうちに家を出るだろう。
 二度目の別れは近い。


END