強欲であり、自由気侭な彼は唐突にセントラルへ行くと言い出した。
 グリードは兄弟を裏切り、この場にいると仲間ならば誰でも知っている。かつての兄弟に出会えばただではすまないということも聞いている。
「そんな人の多いとこに行かせれるわけないでしょ!」
 ドルチェットが叫ぶように言うが、当の本人は飄々と笑ってのける。
「何でオレがお前らの言うことを聞かなきゃなんねーんだ。
 心配させるとうるせぇから先に言っただけだ」
「グリードさん!」
 心配するということはわかっているくせに、グリードは意見を曲げない。
 大方、セントラルで開催される祭りに興味を抱いたのだろう。欲しいと思ったものは何をしてでも手に入れるような人間だ。興味を捨てるようなマネはしないだろう。駅へ向かって歩き始めようとするグリードの背に声をかける。
「わかりました」
 周りの仲間達が驚く。
 心配性が多い仲間の中でも、ドルチェットは特に心配性だ。忠誠心ゆえの心配性なのだろうが、はたから見ればそれは母親のそれだ。
「でも、オレもついていきます」
 瞳は真剣だ。
「お前、自分が何言ってんのかわかってるのか?」
 セントラルへ行けば、当然軍部の者の視界に入る可能性が高くなる。
 元軍人であり、実験体にされたドルチェットのことを知っている人間がいたところで不思議ではない。嫌なことを思い出すきっかけがそこらかしこに転がっているような場所だ。
「舐めないでくださいよ。
 オレだっていつまでも引きずってませんって」
 一人ではなかった。仲間がいたし、グリードという良き主にも巡りあえた。このための苦痛だったのならば、すべてを受け止めようと思えるほど今が幸せだ。
「あなた一人で行かせるわけにはいきませんしね」
 自然とグリードの隣に立つ。
「そうね。ドルチェットでも、盾くらいにはなると思います。連れて行ってください」
 頬を緩めながらも、瞳でグリードを守れとマーテルは言う。それをしっかりと受け取ったドルチェットは小さく頷く。
「ま、いいか。ドルチェットー。行くぞー」
 セントラルに行けるのならば、他はどうでもいいようだ。グリードはゆっくりと歩き出す。
「はい」
 彼の一歩後ろを歩くようにドルチェットも足を進める。
「……あいつに尻尾があったら、すごい勢いで振ってるわよ」
 背後で言われた言葉には気づかなかった。同じように、自分がどのような表情をしているのかもドルチェットは気づかない。
 しばらく歩き、駅につく。そこから列車に乗ればセントラルまでは寝ているだけでつく。
「あー酒が飲みてぇ」
「そんなこと言われても困りますよ」
 グリードはずっと酒を連呼するが、ドルチェットが酒を持っているはずもない。
 何度か同じやり取りをした後、グリードは口を尖らせて立ち上がる。その様子をじっと見ていると、彼は左右を見渡す。他の者も祭りが目当てなのか、いつもよりも客は多いようだ。そこでグリードは何か目的のものを見つけたのか口角を上げ、歩き出す。
 何をするのだろうとドルチェットは自分達の席から顔を出す。
「よお、おっちゃん。いいもん持ってるじゃねーか」
「な、なんだねキミは……」
 真っ昼間から酒を飲んでいる中年男性を見つけたようだ。
 背もたれに手を置きながら笑っているグリードの姿はチンピラにしか見えない。外見に反し、フェアなことを好むとドルチェットは知っているので、特に口出しをすることもなく見守る。問題があるとすれば、やけに注目を浴びていることだろう。
「これで、それを売ってくれ」
 上等な酒が買えるであろう金を出し、グリードは市販の酒を一つ要求する。
 男は目を丸くしたが、勢いよく頷き酒を差し出す。受け取ったグリードの表情は嬉しそうにほころんでる。
「サンキュー」
 ご機嫌な足取りで席へ戻ってくると、さっそく蓋をあけて飲み始める。
「あまり目立たないでくださいよ」
「はいはい」
 確実にわかっていなさ気な返事だ。
 心配のあまりついてきてしまったが、この様子では前途多難だ。
 視線を床に落としていると、頭に暖かい感触があった。見れば、グリードの手が頭に乗っている。
「そんな暗い顔すんなって」
 せっかくの祭りだと笑う。
 あなたが楽観的過ぎるんですよという言葉はでなかった。代わりに、肯定の言葉と笑顔がこぼれる。
 グリードが笑っていると、ドルチェットも自然と笑顔になる。これはもはや習性だ。
 二人を乗せた列車はセントラルへ向かう。



 セントラルの駅につき、一歩足を踏み出す。
「うわ……」
 人混み、その言葉につきた。
「大丈夫か?」
 あまりの人の数に思わず鼻を抑えたドルチェットへ問いかける。
 犬と合成されている彼には少々つらいかもしれない。
「まあ何とか」
 眉間にしわを寄せながらではあるが、何とか答える。無理をしているのは明らかだったか、男の意地というものもあるだろうと思い、グリードはそれ以上追求しなかった。
 人の波に流されていくと、大きな広場に出た。そこにはいくつもの出店が出ている。
「おお、すげーな」
「あ、待ってくださいよ!」
 目を輝かせて足を進めていくグリードを追いかける。こんな場所ではぐれてしまったら、再び出会うのは難しいだろう。
「しっかりついてこいよー」
 先を歩くグリードはそのことを知っているのに、面白がって先へ先へと行ってしまう。
 人の影に隠れていくグリードを見ていると、急激な不安に襲われた。
「グリードさん!」
 必死に手を伸ばす。
 置いていかれるのは嫌だと思った。影に飲みこまれて消えていくあの人をただ見ているなんてできない。
「何て顔してんだよ」
 手が掴まれた。
 確かな人の温もりが伝わる。
「あなたが、一人で突っ走るからでしょーが」
「悪かったよ。ほら、行くぞ」
 手を引かれる。一瞬、握る力を強くした後、自分達がおかしな行為をしているという事実に気づく。
「ちょっ、恥ずかしいですって」
 慌てて手を引こうとしたが、思いのほか強く握られており、逃れることができない。
 返答はなかったが、おそらくドルチェットの反応を見て楽しんでいるのだろう。
「お、おもしれぇもんやってるぜ」
 指差された先には、真剣を使い竹を切るという見世物があった。簡単そうに見えて、案外難しいのだ。現に、屈強そうな男が力任せにやってみても途中で刃が止まってしまっている。同じく刀を扱うドルチェットからしてみれば、刀の無駄遣いにしか見えない。
「やってこいよ」
 手が離され、背中を押される。
 拒否しようと口を開いたが、すぐに閉じられた。
「わかりました」
 己の刀を主へ預け、堂々と見世物の中心へ歩く。主催者のような男に刀を渡せと手を差し出す。
 馬鹿な若僧がきたとでも思ったのだろう。男はニヤケた面で刀を手渡してきた。
 新たに用意された竹の前に立ち、刀を構える。一瞬、周りの雑踏が聞こえなくなる。
 いつものように刀を振り、鞘へ収める。同時に、竹が真っ二つに切れた。
「さすがだな」
 歓喜の声に耳をつんざかれながらも、その声だけはハッキリと聞こえた。
「主の期待には応えないといけませんからね」
 背中を押したとき、グリードの目は期待にきらめいていた。うちの犬を自慢したいという色を持っていた。
「自慢してもらえるような働きができましたか?」
「おう。さすがだ」
 その言葉だけで胸が張れるというものだ。
「あなたが欲しかったのはソレですか?」
 不意にグリードの背後から声がした。
 首を傾げるドルチェットとは異なり、グリードは焦ったような目をして振り返る。
「お久しぶりです」
 そこにいたのは笑みを浮かべている男の子だった。
 ただ、その瞳は鋭く、年とは不相応だ。ドルチェットは本能的に一歩後ずさる。
「逃げるぞ!」
 腕を掴み、走りだした。しかし、すぐにその足は止まる。グリードがこけたのだ。
 ドルチェットは何が起こったのかわからなかったが、彼の足に黒い影が絡み付いていた。
「ここではさすがに人が多いので、こちらへきてくださいね」
 影はグリードの体に張り付き、その体を動かす。
「ドルチェット、とっとと逃げろ」
 睨みつけられるが、その命令を聞くわけにはいかない。刀を構え、プライドに飛びかかろうとする。
「おや。ダメですよ」
 だが、グリードを掴んでいる影と同じものがドルチェットの動きを封じた。
 呻くドルチェットを横目に、プライドはどんどん路地裏へ入っていく。
「よく大人しくしてますね」
「こんなとこで暴れたら、親父殿に丸わかりじゃねーか」
 吐き捨てるように言う。男の子は満足気に笑い、それでも帰ってきてもらうと告げた。
「ごめんだね」
「あまりわがままを言ってはいけませんよ。
 コレがそれほど欲しいなら飼ってあげますから」
 嫌な笑みを浮かべ、ドルチェットをさらに締め上げる。苦痛のあまり、思わずうめき声が漏れた。
「プライド!」
「こんな玩具に何をムキになっているのです?」
 締め付ける力は強さを増す。
「ソレはオレのものだ。この強欲のグリード様のもんだ!」
 手の先から硬化が始まる。
「……それほど大事ですか」
 冷めた目がグリードを射抜く。ドルチェットへの締め付けは緩められたのか、うめき声はやんだ。
「家族よりも大切なのですか」
「家族ごっこにはもう飽きたんだよ」
 沈黙の後、二人を拘束していた影は身を引いた。
「今日のところは見逃してあげましょう。
 さっさと何処かへ行きなさい」
「いいのか」
「ええ」
 グリードはドルチェットを呼び、振り返ることもなく去る。
 走りながら、ドルチェットはプライドの姿を思い出す。
「家族、か」
 寂しげだった。時折グリードが見せる瞳と同じ、満たされない悲しみを宿した色だ。
 ドルチェットは彼らのことなど知らない。だが、根本は同じなのだろうと感じた。


END