田舎町の一角に、二人の少年と一人の男がいた。彼らは親子だ。
「うわーすごい!」
「でも、何か変だよー」
「オレのセンスに文句あるのか!」
「兄さんやめなよ……」
 少年達は幼い子供達に囲まれている。
 彼らは錬金術を使い、玩具を作っているのだ。自然は多いが、玩具は少ない。子供達にとって、玩具を作り出してくれる二人は尊敬すべき先輩だった。時には、いつかは二人のような錬金術師になると言ってくれる子供もいる。
「あー疲れた。ちょっときゅうけーい」
「えー」
 倒れるように寝転がったエドワードに子供達が群がる。小さな子供とはいえ、何人も上に乗られると辛い。ひしゃげた蛙のような声を出す彼を、弟のアルフォンスは笑って眺めている。
「そういえば、そろそろお昼の時間なんじゃない?」
 増えるばかりの子供の数に、アルフォンスが助け舟を出した。
 太陽はすでに真上にある。子供達もそれに気がついたのか、次々にエドワードの背中から降りていく。思い出したかのよに、何人かのお腹が鳴った。早く帰らないと。と、誰かが言う。遊ぶのは楽しいが、ご飯は楽しみだ。
 走っていく子供達の背中に、アルフォンスは転ばないようにと注意の言葉を投げる。
「はーい!」
 返事は元気だが、果たして何人の子供がその注意を脳にまで送っただろうか。
「元気だなぁ……」
「お前達も昔はああだったぞ」
「えー」
 子供達の姿が見えなくなり、エドワードが立ち上がる。彼らがまたやってくる前に、昼食を済ませておかなければならない。
「何が食べたい?」
 息子達と並ぶ。穏やかな笑みを浮かべ、我が家の台所を思い浮かべる。数年前に妻が死んでからというものの、台所がその能力を存分に発揮したことはない。レシピ通りに作っているのだが、彼女の料理には到底敵わない。
 以前、ピナコにそのことを話してみると、レシピ通りに作るからだと言われた。ならば、と自作で作ってみると酷いものができあがった。それからというものの、この親子達はそこそこの美味しさを持った料理だけを作ることにした。
「ホーエンハイム」
 親子の団欒に口を挟んできたのは、エドワード達の父であるホーエンハイムと瓜二つの男だ。手には似合わぬバスケットを持っている。彼の後ろには、エンヴィーとラストがいる。二人も男と同じくバスケットを手にしている。
「ピナコさんとウインリィちゃんからだ」
「持ってきてやったんだ。ありがたく思えよ」
「ごめんなさいね。エンヴィー、その言い方は直しなさいと言ったはずよ」
 騒がしい三人からバスケットを受け取る。蓋を開けてみると、サンドイッチやフライドポテト、アップルパイが入っていた。三人で食べるには量が多かったので、エンヴィー達とも食べれるようにしたのだろう。
「ま、座れよ」
「んじゃボク、このサンドイッチもーらい」
「あ、それオレが狙ってたんだぞ!」
 サンドイッチを巡って、エンヴィーとエドワードの二人が言い争いを始める。この二人が喧嘩をするのはいつものことなので、アルフォンスも苦笑いをするだけだ。彼らを止められる人間は少ない。
 段々とヒートアップをし始める二人の間を、鋭い何かが遮る。
「二人とも行儀が悪いわよ」
 鋭く細いものを目でたどると、笑顔のラストがいた。最強の矛の名は伊達ではない。二人は静かに頷く。彼らを止められる人間は少ないが、この人造人間はあっさりとそれをやってのける。
 途端に大人しくなった息子達を見て、父親達は小さく笑う。よく似た顔をした二人は笑顔もよく似ていた。
「いい娘さんを持ったな」
「ああ、羨ましいだろ?」
 黙々とサンドイッチを口にする息子と、それを見て微笑む娘。その姿は本当の家族のようだ。
 いや、彼らは確かに家族なのだ。
「……幸せか?」
 ホーエンハイムが尋ねる。自分とよく似た顔をしている男は最初の人造人間だ。人間ではない。過去に多くの人間を殺した生き物だ。それでも、こうして笑っているとただの人間に見える。
「そうだな」
 彼は目を伏せる。
「家に篭りっきりのスロウスが出てきてくれたり、ラースとプライドが顔を出してくれたり、家出したグリードが帰ってきてくれたりすれば、もっと幸せだな」
「欲張りめ」
「おっと、強欲はグリードの役目だというのにな」
 ラースとプライドはセントラルに、グリードはどこに行ったのかもわからないのだそうだ。他の四人は家にいる。一緒に居ないスロウスとグラトニーは留守番といったところだろう。
「グリードなんて帰ってこなくたっていいよ」
 エンヴィーがムッとした口調で吐く。隣にいたエドワードは口角を上げた。
「何だ? 大好きな親父を取られるとでも思ってんのかー?」
「何だよ!」
「図星かよ」
 昼食を終わらせ、二人は走りまわる。もう食事は終えているので、ラストも口を挟まない。暴れる二人を横目に優雅な食事をアルフォンスと楽しむ。
 しばらくして、エンヴィーがエドワードを止めた。あまりにも真剣な口調だったので、反論もせずに拳を解く。
「……お父様」
「ん?」
「グリードだ」
 少しばかり目を丸くして、エンヴィーが指差す方向を見る。
 小さな人影だが、気配でわかる。賢者の石がそこにある。
「グリード……?」
 影は一つではない。いくつかの影が見える。
 徐々に近づいてきた影の姿が、エドワードの目にもはっきりと映った。
「よお、親父殿」
「久しぶりだな。我が息子よ」
 人相の悪いサングラスの男と、その後ろには男が二人。女が一人いた。
「どういう風の吹き回しだ?」
「んーどういう風だろうな」
 サングラスを外すと、赤い目が現れる。
「そちらは?」
「オレの家族だ」
 引き連れていた三人を引き寄せる。
「まだまだいるけど、まあ三人だけ紹介にな」
「そうか」
 最初の人造人間は穏やかな笑みを浮かべ、ドルチェットに手を差し出した。
「私はグリードの父親だ」
「あ、初めまして……」
「強欲な息子に振り回されて大変だろう」
「いえ! 全然、そんなことないです」
 ロアもマーテルも頷く。グリードは照れくさそうに頭を掻いた。
「なーに照れてんのさ。気持ち悪い」
「何だいたのか。ゲテモノ野郎」
「再会して早々喧嘩しないでよね」
 久々の再会にも関わらず、兄弟達は軽口を叩きあう。これが彼らのコミュニケーションなのだ。
「なんか、濃い面子だな」
「ボクら普通の兄弟でよかったね」
 人造人間の親子、兄弟は楽しそうだ。家族が多いというのは楽しそうだ。けれど、二人兄弟というのも悪くはない。
「エルリックお兄ちゃんたーちぃ」
 騒がしい面々を眺めていると、子供達が帰ってきた。彼らは増えた人達を見て何を思うだろうか。素直で真っ直ぐな子供達の反応は一つだろう。
「うわー。エンヴィーお兄ちゃんとラストお姉ちゃんもいる! あれ、その人は?」
「遊んでー!」
 人間も、人造人間も彼らには関係ない。
「ああ、幸せだな」
 最初の人造人間は呟いた。まるで、夢の中にいるような声だった。


END